37 吉野広美


 山田がポロシャツを脱いで上半身裸になった。
 なかなかいい身体つきだ。引き締まっていて脂肪が少ない。
 ムキムキしてるほどじゃないけど、胸の筋肉から微かに割れた腹筋までスムーズに曲線を描く
上半身は、見ていてうっとりする。
 耕平も裸の山田を見つめて微笑している。
「あんまりジロジロ見るなよ」
 恥ずかしそうに耕平から目を逸らす山田がかわいいと思った。こういう山田は初めて見る。
「二人、向き合ってみて。そう。いい感じ」
 舞がスケッチブックに鉛筆を走らせながら、二人の向き合う角度を微調整している。
 覗き込むと、半裸の美少年と美青年の二人が悩ましく見つめ合う姿が、徐々に浮き上がっている
ところだった。
「耕平くん、左手で山田さんの腰を引きつける感じで、山田さんは両手を耕平くんの肩からたらす感じ
にお願い」
 人が変わったみたいなハキハキした舞の指示に、思わずという感じで二人がそれに従う。
 向き合う二人は、恥ずかしそうだが、それ以上にうれしそうに見えた。
 裸の二人が軽く抱き合うバストショットのスケッチが完成した。
「いいわね。次はどんなのにする?」
 広美が聞くと、舞はベッドを指差した。
「ベッドにさ、耕平くんが手前で、山田さんがその後ろで、こっち向きに寝てみてくれる?」
 耕平がすんなり横たわると、山田はコホンと咳払いをした後、その後ろに寝転んだ。
「こんな感じか?」
「いいね。右手を耕平くんのお腹の方にやって。そんな感じ」
 前に寝た耕平が後ろの山田を振り返るように見る。その目つきが一瞬すごく色っぽく見えた。
 下から山田の首を抱くように耕平が両手をあげる。
 スローモーションを見てるみたいだった。
 そのまま耕平の首が持ち上がり山田の顔に近づく。
 小首を傾げるようにして耕平は山田にキスをした。
 唖然とした山田は固まってしまってるみたいだ。
 舞を見ると、その構図を速やかにスケッチブックに写していた。
「うつくしー、いいよ。最高」
 舞の目がややつり目になって4Bの鉛筆のすべりがさらによくなる。
 アップで描かれる二人のキスシーンは普通に見れば美女と美男の顔だ。
 耕平を知らない人間が見て、この美女が男だなんて想像する人間はいないだろう。
 やっと正気に戻ったのか、山田が顔を離した。唾液が糸を引く。
「りゅうちゃん、耕平くんのパンツ脱がせなよ」
 ここは行くときだと、広美は山田に声をかけた。今なら耕平も抵抗しないだろうという確信がある。
 二人共まだ上半身だけ裸で、下半身はジーンズを履いたままだ。
 狭いベッドで、何とか体勢を入れ替えて、仰向けになる耕平の横に山田が膝立ちになる。
 山田がチラリとこちらを見た。広美は口パクでイケイケと山田を煽る。
 舞の方を見ると、既にその構図の二人を描き始めていた。
「いいですよ。山田さん、脱がしてください。自分じゃ恥ずかしいから」
 山田を見上げる耕平が言う。心なしか声も色っぽくなっている様だった。
 再び山田がこっちを見るが、心が決まったのか、すぐに行動に移った。
 山田の手が耕平のゆったりめのストレートジーンズのボタンを外した。
 ベルトはしていなかった。チャックを下ろす。
 耕平が腰を浮かせて脱がせやすくした。
 大きく息を吸って、山田が耕平のジーンズを下げた。最初に右足。次に左足。曲げた耕平の足から
ジーンズが引き抜かれる。
 思わず立ち上がって広美は覗き込んだ。耕平の下着は薄い黄色のビキニブリーフだった。
 太股からスラリと伸びたふくらはぎにはすね毛は一本もない。なんて完璧なんだろう。
 横を見ると、スケッチブックを持った舞も立ち上がって、斜め上から見下ろした耕平の寝姿を描いて
いた。
「あー、ちょっとそのまま、動かないで。胸からお腹のラインが微妙なんだよ。ここ重要だから」
 ここに来て舞のスケッチが邪魔に思えてきた。
 良い調子なのに、流れをぶった切られるのだ。横目で舞を見るが、舞はスケッチに夢中でこっちの
気持ちまでは気づけないようだ。
 次は当然ブリーフ。勢いで行ってほしいのにストップさせられてしまった。
 しかし、元々は耕平を脱がせるのはヌードスケッチのためなのだった。
 舞のスケッチが無ければ、耕平の裸を見る事は出来ないのだった。なんともじれったい。
「いいよ。次、ブリーフ脱がせて」
 淡々とした調子で舞が山田に指示を出した。こいつは本当に腐女子なのか?
 このすばらしく萌える構図を見て、興奮するということは無いのだろうか。
 自分の知らなかった舞の部分を見た気がした。
 しかし、そんな冷静な舞の指示だからこそ、山田の羞恥心とか耕平の抵抗とかが抑えられている部
分があるのも事実だと思った。
 見つめ合う二人の美しい男子。山田が耕平のビキニブリーフに手をかける。
 耕平の腰が再び持ち上がった。するすると下げられる耕平の下着。
 その中からうっすらとした陰毛に被われた、まさしく男子の証拠が現れる。
 上半身見ただけでは、まだ耕平が男だという確信は持てなかった。やや胸の小さい女の子として、何
もおかしい所が見当たらなかったからだ。身体のやわらかなラインも、女性ホルモンによるものだろうが、
男と言うより女っぽかったし。
 顔はもちろん美少女顔なんだから。
 しかし、やっとこの子が正真正銘の男の子だというのがはっきりした。
 山田もまじまじ見つめる耕平の股間に三人の視線が集中した。
 そんなに見ないででくださいよと、恥ずかしそうにするかと思ってたが、耕平は薄笑いを浮かべて上体
を軽く起こした。
「すっごく不自然じゃないですか?」
 耕平が小さな声で聞いた。こんな女っぽい身体にペニスがあることを言ってるのだろう。
「いや、不自然と言うより美しい。なんていうか、ただの女よりも完成された生物っていうか・・・・・・」
 ぎこちなく山田が言うが、広美も同感だった。多分舞も同じように思っただろう。
 見るとさらにつり目になった彼女は一心不乱にその完成された美を白い紙に書き写していた。
「生物だなんて、人間じゃないみたいじゃないですか」
 耕平がちょっといじけたふうに言った。
「同じ人間とは思えないよね。本当。神様みたい」
 舞がポツンと言う。良性具有の神といえば、阿修羅はそうじゃなかったか?
 そういえば憂いを含んだ耕平の微笑は、阿修羅像を思わせる。
 いつも帝釈天に戦いを挑み、いつも負けている神。帝釈天に反抗して神の世界を追われた堕天使。
 写真でみた阿修羅像の姿を思い浮かべる。興福寺にある三面六臂の像だ。
 少女のような細い身体に六本の腕。虚空を睨む目つきには怒り以上に悲しみが表れていた。
 美しさって、悲しみを含んでるのかな。そんなに美しければ何も悲しいことなんて無いはずなのに。
 阿修羅と佐川耕平がいつの間にか絡み合ってしまう。


 38 吉野広美


 微かな声を聞いてふと目が覚めた。
 寝る前の記憶をたどってみる。
 ヌードスケッチが終わってからまたみんなでお酒飲んで、結局雑魚寝になったのだった。
 部屋の主の耕平と山田が狭いベッドで横になり、自分たち女性陣は座布団を枕に、どけたテーブルの
横に寝転んだ。何とか寝られるだけのスペースはあったが、寝返り打つ舞の手が時折殴りかかってくる
のが難点だった。
 雨が降った所為か気温はやや下がって、エアコンを消しても網戸からの風が涼しくて寝苦しくは無かった。

 しかし、若い男女が狭い部屋の中で雑魚寝だなんてなんともふしだらなことだが、ここで男と女の夜
の宴が催されることはありえないのだからまあいいだろう。
 とはいえ男同士の性宴ならありえるのだ。そして、それは今、現在進行形なのではないだろうか。
 微かな声がまた聞こえた。耕平のうめき声の様だ。これは決まりだ。
 広美の鼓動が早くなる。隣の舞は知らずに寝ている様だ。これは教えてあげないと一生恨まれるだろう。
 逆の立場なら、自分も一生許さないだろうから。
 しかし、ここで舞を起こしてうっかり声をあげられるのはまずい。
 せっかくの性の宴が中止に追い込まれてしまう。それじゃあ元も子もない。
 ゆっくりと頭をあげてベッドを伺う。オレンジ色の常夜灯にほのかに照らされたベッドには、手前に
耕平が寝ていた。仰向けになった耕平の横顔が見えた。スラリと通った鼻筋、つんと上を向いたところ
が色っぽい。
 その横顔の顎がくっともち上がり、また微かな声が漏れる。
 閉じた眼の長いまつげがふるえている。
 奥にいる山田が愛撫してるのだろうけど、下から覗く形だから山田までは見えなかった。
 これはまさしく美味しい展開だ。BL漫画の二次元以上に美しい美少年と美男子の愛の行為を眼にする
機会なんて、これから100年腐女子を続けていられたとしても二度と眼にすることは無いだろう。
 耕平の膝が持ち上がった。快感に、思わず片膝持ち上げた感じだ。細くて美しいふくらはぎだ。
 すね毛もまったく生えていない。
 耕平の胸のあたりに山田の髪の毛が動くのが見えた。
 どうやら胸元にキスしているみたいだ。
 広美は隣に寝ている舞の肩を軽くつねってみた。規則正しかった寝息が少し乱れる。
 寝返りを打つ舞の耳元にささやいた。耕平くんが襲われてるよ。BLだよと。
 舞がピクリと反応した。そしてゆっくり広美の方を向いた。
「起こしてくれて、ありがと」
 微かな声でささやく。その後寝返りうつようにしてベッドの方を見た。
 ベッドの上では、目覚めた広美たちに気づかないまま美男子二人の痴態が続いていた。
 上にかぶさっていた山田がずり上がってきて、二人は濃厚なキスを始める。
 二人の舌が口の中で絡まりあい唾液が交互に行き来する。涼しい夜とはいえ夏の夜だ。
 抱き合う二人の身体はすっかり汗にまみれている。
「好きだ。愛してる・・・・・・」
 山田の声が微かに、しかしはっきり聞こえた。
「はい。思いっきり、来てください」
 耕平の声が続いた。
 いよいよ挿入する時が来たらしい。漫画では何度も見た挿入シーンだが、実演は初めてみる。
 漫画のシーンは無音で無臭だが、現実は身体が動く衣擦れの音や軽いうめき声に汗の匂い、その汗に
含まれる雄の体臭でめまいがしそうなくらいの高ぶりを覚える。頭の芯にお湯を注がれたような感じが
する。舞も同様なのだろう。身体がこわばったのが感触でわかった。
 耕平くん、お尻の処理はしてるのかな? 部外者なのにそんなことが気になった。

 シャワーを浴びる、と耕平が宴会を中座したときのことを思い出す。
「汗かいたから、シャワー浴びてきますね。順番だけど・・・・・・僕が最初でいいですよね」
 そう言って立ち上がった耕平は足元がややおぼつかない風だったが、一度首を振った後はしっかりした
足取りでユニットバスの中に消えた。
 短パンとティーシャツのままで、トイレで脱ぐつもりの様だった。
「りゅうちゃんも追いかけたら? 絶対いやがらないと思うよ」
 目元の赤くなった山田に広美が言うと、山田はあぐらをかいていた足を伸ばして背伸びした。
「俺もけっこう酔ったよ」
 そう言って後ろに寝転がる。
「告白まだでしょ、いつするの?」
 広美が、山田の固い太股を軽く叩いた。
「言われなくても告白はするよ。今日見ていて完全に参ったって感じだから」
 見つめる山田の目が悲しそうに思えた。
「玉砕覚悟?」
「どうだかな? しかし、なんというのかな。今まで女をふる立場だった俺が、男に告白だなんて。しかも、
ふられる心配してるんだから、因果応報ってやつか?」
 そう言った後、山田は舞の方を見た。
 彼女は一旦飲むのを止めて、スケッチブックに描き込みしていた。
 広美も、舞の手元を覗き込んで見た。
 同じような構図で何枚もかかれたデッサンに、彼女は色鉛筆で薄く色をつけている所だった。
 黒い線でかかれた耕平のなめらかな身体の線が、色付けされて白い紙の上で浮き上がっていく。
 胸元だけを描いたスケッチや、お尻のアップ、それにもちろん顔のアップなど、各部をできるだけ詳
細に描くために、何枚もの紙を使って耕平の身体が写し取られていた。
 やっぱり絵がうまいのはいいなと、心底思ってしまう。
 シャワールームから水音が聞こえてくる。

 その後、順番にシャワーを浴びたのだけど、二番目の山田がシャワーを浴びているときに、耕平に聞
いてみた。
 バスローブに着替えた耕平は、髪をドライヤーで簡単に乾かした後、テーブルの上をかたつけている。
 それを手伝いながら、広美は聞いてみる。
「ねえ、山田の気持ち、わかってるんでしょ。耕平くんは、あいつの事どう思ってるの?」
 舞も手を止めて耕平を見た。
 流しに食器を下げた耕平が、後ろ向きのまま小首を傾げた。
「山田さんの事は、好きですよ。でも、恋とは違うけど・・・・・・」
 言った後自分でこくんと頷いた。
「じゃあさ、女の子のこと、好きになったことあるの?」
 広美は言いながら、もっと早く聞くべき事だったと思う。
 しかし、美女とも美少女とも形容したくなる耕平を見ると、その質問がまったく頭に浮かばなかったのだ。
 耕平がするりと振り向いて二人を見た。
 そして腕組みをして、真剣な顔で考え始める。
「やっぱり、無いですね。幼稚園まで遡っても、女の子は友達としか見てなかったみたいです」
「そのことについて、悩んだりしなかったの?」
 今度は舞が質問した。
「同性に恋をしたとしたら、悩むところですけど、女の子を好きになれないからと言って悩まないです
よ。たまたま、今までタイプの女の子に出会わなかっただけとも思えるから」
 それもそうだなと広美は思う。
「でも、高校の寮では男同士で身体の関係があったんでしょ」
 舞が、さらに突っ込んだことを聞いた。
 ふっと耕平が笑った。昔の事を思い出した様だった。昔と言ってもまだ一年ならないのだが。
「男同士のエッチって、僕が思ってるだけかもしれないけど、テニスしたりキャッチボールしたりする
程度のものですよ。妊娠するわけでもないし、気持ちのいい遊びというか・・・・・・」
 ずいぶんさっぱりした感覚だ。恋愛感情のない身体の関係はスポーツと変わらないなんて。
「もちろん同性愛は変かもしれないけど、寮ではみんなやってることで、異常って感じがしなかったん
です」
 耕平がそう言ったところで、ウェーブがかかった真っ黒い髪の毛を白いタオルで拭きながら、山田が
バスルームから出てきた。


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