fusion 5-8






脳死した美優の身体に、心停止した僕の脳が移植されたのだ。
脳移植がすでに技術的には可能になっているというニュースをどこかで見た覚えはあるが、実際にそんな手術が行われたというのは聞いたことがなかった。
だいたい倫理的に問題があるからできないんじゃなかったのか?

この身体は美優だ。
僕は右手を毛布の中に滑り込ませる。
病室には僕一人だった。
白髪の医者も公務員みたいな背広男も帰った後だった。
これからどうなるのか。
不安は大きかったが、そんな生活面でのことよりも、美優と一体になれたという喜びもまた大きかった。
事故で脳を取り出す手術を受けたくらいだから、僕は正常ではないのだろう。
両親が死んだ悲しみはあまり感じなかった。
あまりの事に心が麻痺してるようだった。現実感が乏しい。

右手を胸に当てる。
いつも触っていた妹の胸のふくらみが、今は自分のものとして感じられる。
いつもは触る感触だけだったのに、今は触る感触と触られる感触が同時に沸き起こる。
つんとくる痛みと快感。
乳首を軽くつねっただけで、美優の身体は大きく反応している。
ここをこうされると、こんな感じだったのか。
すごく敏感だ。男とはまるで違うんだな。
僕は夢中で新しい身体を触りまくった。
そしてゆっくり下半身に手をやってみる。

そうか。
ここには、もうおちんちんは無いんだ。
いつも右手でいじくっては快感を感じていた、あの男の印はもうないのだ。
それって、やっぱり悲しいものだった。
男の印がなくなったことで、自分の身体はもう既に死んでいるのだとその時初めて自覚した。
もう火葬場で焼かれて骨になっているのかもしれない。
僕は、死んだのだ。
自分の顔や身体のひとつひとつを思い出して胸が苦しくなった。
我慢できずに嗚咽がもれる。
涙が次から次に溢れ出て仰向けになった目尻を流れていく。

さようなら父さん、母さん。
笑顔で語り合う父母の顔が、ゆっくり浮かんで天井に消えていく。
さようなら、美優。
お兄ちゃんと呼ぶ美優の声が小さく消えていく。

そして、さようなら、僕。
鏡の中で笑う自分の顔が、永遠に消えてしまう。





鏡を見ると、包帯の取れた僕の頭は、五分刈りといったところだった。
手術の時にきれいに切られた髪の毛が、やっとそれだけ伸びてきているのだ。
目が覚めて一週間が過ぎている。
やっとトイレに歩いていくことを許されたのだった。
手すりにもつかまらずに歩いて部屋を出る僕を、院長は驚きの目で見ていた。
考えてみれば、脳と身体を一旦切り離してつないでるわけだから、細かな神経がすべて完璧につながっていることの方が異常なのだろう。
異常と言うより、奇跡か。
歩いた感じでは、しばらく寝たきりだった身体がまだ慣れていないのを感じるが、足取りは無意識のうちに僕の身体をトイレまで運ぶ。
万一転んだりしないようにと、右側でサポートする看護師が鬱陶しく感じるくらいだった。
ピンクの患者着を着て男子トイレに入ろうとしている僕を、付き添いの看護師が、その奥の女性トイレに誘導する。
手洗い場の壁にかかった鏡を見て、坊主頭の美優に笑いそうになった。
少し横顔にしてみたりしたけど、手術の痕跡はほとんど見えなかった。
微かに赤い線が見えるけど、髪が伸びればまったく見えなくなるだろう。
髪型は変だけど、美優は相変わらずかわいかった。
少しまぶたが浮腫んでるけど、普通の寝起き顔だ。
よかったな、美優。顔には傷ひとつないぞ。
眼の奥で誰かが微笑んだ気がした。
美優の脳は、この身体から取り出されたのだから、美優の心は死んでしまったのだと頭ではわかっているけど、こうして鏡の中で微笑む美優を見ると、完全に死んでしまったとはどうしても思えなかった。
周りに誰もいないのを確かめて、合わさった患者着の胸を開いてみた。
小ぶりなおっぱいが顔を出す。
少し膨らんだ乳首はややくすんだピンク色で、つんとすましていた。
その、おすまししているやつを、右手の指でつまんで、ちょっときつくひねってやった。
ずきんとくる痛み。
鏡の中の美優がせつなく眉を寄せる。
ベッドの中で何度か触った股間に手をやってみる。
美優のここを触ったり指を入れたりしたことはあったけど、自分の身体になると感じがまったく違ってしまう。
既にヌルヌルになったそこは、簡単に指を招き入れて、立っていられないくらいの気持ちよさを感じてしまう。
射精する直前の快感が、下半身を覆ってじんわり長引いているような感じだった。
物音がしたのですぐに着物をなおすと、看護師が心配そうな顔で覗き込んできた。
「すいません、もう少し待ってください」
そう言って僕は個室のドアを開いた。
自分の声が、美優の声として周囲に響くのは、何とか慣れてきた所だった。
最初のころは、自分で言った言葉に驚いて周囲を見回したりしていた。

パンツを下げて、患者着の裾をまくり上げ、和式便器にお尻を下ろした。
つい、いつものようにおちんちんをつまもうと下げた右手が空振りする。
これからはおちんちんの狙いを定めることもなく、力を抜くだけでいいんだ。
力を緩めると、微かに尿道が開く感じがしておしっこが勢いよく噴出してきた。
一本線ではなくジャバジャバと乱れた奔流。
お尻の穴の方まで流れるのが気持ち悪かった。
この気持ち悪さは新鮮だ。男の時には感じたことのないものだ。
これから、僕はトイレの度に、この感触を感じなければならないんだ。
男じゃなくなるというのは、思っていたよりも些細な事で感じるものだと思った。

部屋に戻って、再びベッドに横になると、しばらくして原田が入ってきた。
原田というのは、最初に目覚めたとき、院長と一緒にいた公務員風の男の事で、実際公務員というか役人だった。
厚生労働省から来ているということだった。
「やあ、こんにちは。もう歩けるんだな。順調順調」
「こんにちは。今日は、なんでしょうか」
最初見たときから、こいつはなんだか嫌な奴だという印象がある。
笑顔にはどうしてもなれなかった。
「そろそろ、今後のことを話しておかないといけないと思ってね。君の今後の事」
「僕の……退院後のことですか?」
「まあそうだ。最初に言っておくけど、君は美優さんの身体に移植されたんだ。誰が見ても、君は瀬戸口芳樹くんじゃなくて瀬戸口美優さんだ。自分のことは私と言った方がいい。
僕とか俺じゃあ不自然だよ」
それはそうかもしれない。僕はこれから美優として生きていくんだから。
僕が頷くと、彼は続けた。
「だからと言って、君は瀬戸口美優さんじゃない。外見はそうでも別人だ」
僕はまた頷く。
「君は、ここから退院したらまったく二人とは別人になってもらう。名前は、君が決めていいよ」
意味がわからなかった。どうして瀬戸口美優じゃダメなんだ?
僕が聞くと、彼は首を振りながら答えた。
「二人共死んだことになってるからだよ。死んだ人間が生きていてはおかしいだろ」
「そんな。生きてるのに死んだことになってる方がおかしいでしょ」
いったいこれはどういうことなんだろう。
どうして生きているのに死んだことになってるんだ?
「脳移植は、まだ色々な問題があって公にはできないんだよ。でも技術の進歩を阻むのも問題だ。これまではちょうどいい具合に二人の人間が揃わなかったからできなかったけど、君たちのおかげで技術を確かめることができた。君たちは二人共死に瀕していたからね。
言ってみればダメモトだったわけだ」
「それじゃあ、僕の家は……」
「君の家族は全員死んだのだから、家や財産などは、親戚の人に引き継がれることになる。
君の生活費や部屋は、国が補助するから心配いらないよ。君たちのおかげでたくさんデータが取れたから、そのお礼と思って、遠慮せずに受け取ってくれたまえ」
「そんな。ひどいじゃないですか。僕達のものもすべて没収なんて」
「いいかい? 君たちは、この手術をしなかったら死んでいたんだよ。生活にはまったく困らない。就職するまで面倒見ると言ってるんだ。感謝しろとは言わないけど、国がこの手術にゴーサインを出したことをラッキーだったと思ってもいいんじゃないかな」
言葉が出なくなった。
もう家には帰れないなんて。それに、他人になって生きるということは、友人や知人にも会えないってことだ。
「友達に会ったら、すぐにバレますよね。瀬戸口美優だって」
「そうだね。だから知り合いには会わないようにしてほしい。もちろんこのことは口外しないように。退院したら、横浜に行ってもらうよ。そこに部屋を用意してある」
九州から関東に移れば、親戚を含めて知り合いは全くいなくなる。
「でも、偶然友達に町で出会うということもあるかも……」
「君から会いにいかない限り、そうそう偶然があるとは思えないけどね。それに数年もすれば、
他人の空似と言えるくらいに変わるだろうし。育ち盛りだしね」

原田は自分の言いたいことだけ言うと病室を出て行った。
くれぐれも口外するなといったけど、僕自身どうしたらいいのかわからなくなっていた。
自分の持ち物も、家も友人も親戚も、すべてを捨ててこれからどうすればいいんだろう。
全くの孤独。せめて友人に連絡できれば。
しかし、死んだ人間が電話するわけにもいかない。
僕は、手術で生き返ったことが、幸運だったのかそれともそうじゃなかったのか、わからなくなっていた。






 僕に用意された部屋は、意外といいものだった。
 真新しいマンションの9階。2LDKの部屋は一人住まいにはもてあますくらいだ。
家具なども趣味のいいものが揃えられていて、若い女の子用の部屋とすれば、文句なしだ。ホワイトの大型テレビ台の上には、最新型のデジタル大画面テレビが乗っかっている。
 モデルルームをそのまま買い取ったみたいに思った。

事故から二ヶ月が過ぎている。
退院して一週間。やっとこの部屋にも慣れてきた所だ。
この一週間は、毎日こちらの大学の病院にかよっていた。
MRIとか、脳波とか、いろんな検査をされて、診察を受けた。
今後は一週間に一度来てくれと言われて部屋に戻ってきたとき、ちょうど午後六時になっていた。
明日から、こちらの新しい中学校にいくことになる。
高校三年生だった男の僕が、中学三年生の女の子として、これから学校生活を再開するのだ。
美優の身体にはやっと慣れてきた所だけど、今度は女の子としての日常というのに慣れないといけない。
いろいろドキドキすることもあるけど、ちょっと億劫になる。
窓の外の暮れゆくオレンジ色の空を見ていると、股間がじんわりと不快な感触を伝えてきた。
生理が来たようだ。
パンツを軽く触った指から血の匂いがした。
チェストを開いて下着と用具を取り出すと、パンツを脱いでパッドを貼った下着に履き替えた。
テレビを点けて、始まったばかりの六時のニュースを見始める。
アナウンサーの言葉が部屋に広がるけど、それを聞いている僕には、そのニュースについて話し合う家族は誰もいない。
もう父さんのバカな冗談や、母さんの小言や美優のちょっとエッチな甘え声を聞くことはないのだ。
涙が出てテレビがぼやけた。
僕をこんなに悲しくさせることは罪な事じゃないんだろうか。
死んでるはずだった人間を勝手に生かすなんて、これっていいの?

なんだか食欲もなくて、僕はシャワーを浴びただけで食事も取らずにベッドに横になった。
つけっぱなしのテレビが時代劇のエンドロールを流し始めるころ、疲れた一日に幕が降りてきた。

夢を見ているのかと思ったけど、周囲は真っ暗。
なにもない所に立っている夢なんて見たことあったかな。
そんな事を考えていると、声がした。
『お兄ちゃん。悲しまないで。お父さんとお母さんは死んじゃったけど、私は居るから。お兄ちゃんと一緒に居るんだからね』
美優の声だ。
『美優、どこに居るんだ?』
僕が叫ぶと、周囲が明るくなってきた。
ここは、以前登った山道だ。
ハイキングロードの階段が急勾配で延々と上まで続いている。
その横の休憩ベンチに、美優が座っていた。
『美優!』
僕は駆け寄る。
『お兄ちゃん』
間近に見る美優の顔はいつも鏡で見ている自分の顔と、同じようだけど少し違って見えた。
作りは同じでも、表情が違うんだ。
夢の中で会える、か。夢の中でしか会えなくても、会えないよりましかな。
『夢じゃないよ。現実でもないど。私はここに居るの。お兄ちゃんの夢の中でしか会えないけど、私は生きてるからね』
何だかよくわからない言葉だ。
夢の中でしか会えないけど、生きてるだなんて。
僕は自分の手を見てみた。ずっと見慣れた手相。これは芳樹だった頃の手だ。
夢の中では僕は芳樹に戻ってるということか。
『明日から学校だね。大丈夫?』
『わかんないけど、何とかなるだろ。校長には話がいってるって原田が言っていたから、いくらかフォローしてくれるだろうし』
『そうだね。頑張ってね。一人ぼっちじゃないからね』
美優はそう言うと顔を近づけてきた。
唇を重ねる。
何度も体験した快感が湧き上がってきた。
僕は夢が覚めないうちにと急いでズボンを脱ぐ。
美優のパンツも下げると、スカートを捲りあげて腰を入れた。
僕の勃起したものが美優の濡れた裂け目に滑り込む。
イキそうだと思った瞬間、頭の中にベルが鳴り響いた。
目覚ましベルだ。もう少しなのに。もう少しで発射する所なのに。
何度か腰がヒクついたけど、結局発射できずに目が覚めた。
目が覚めてから、僕は今は女だから、発射する感覚を感じれなくなったのかも知れないと思った。





校門はバス停から五分ほど歩いたところにあった。
やっと夏の暑さが遠のいた十月の第一週。
秋晴れと言うには不似合いな入道雲が残っている。
校門には、市立桜ヶ丘中学校と刻んである。
これが今日から通うことになる学校だ。
市立の、普通の中学校だ。
僕と同じ制服を来た女子生徒や、学生服を着た男子生徒がゾロゾロと門の中に吸い込まれている。
僕もその流れに逆らわないように、足早に門をくぐった。
狭い前庭の奥に、すぐに校舎があり、靴脱ぎ場に下足箱が並んでいる。
僕は前もって支給されていた上履きに履き替えると、とりあえず自分の靴は端に寄せたままで、校長室を探した。
右手の奥に職員室があって、その先に校長室の札が垣間見えた。
校長室の、重そうなドアをノックすると、すぐに、どうぞと言う声が聞こえた。
ドアを開いて中に入る。
部屋の中には、二人の男が立っていた。
白髪頭に眼鏡をかけた長身の男と、頭の禿げ上がった小柄な男。
禿げている方が若く見えた。

「やあ。おはよう。君が相川美優さんですね」
長身の男がにこやかに挨拶した。
僕も頷いた後、お辞儀をする。
美優の名前を捨てるのは嫌だったから、無理言って、名前は姓を瀬戸口から相川に変えるだけにしておいたのだ。
「どこから見ても、普通の女子生徒ですね。手術で脳を入れ替えているなんて、聞いても冗談にしか思えない」
若い男の方が言うのを、年配の男がたしなめた。
「教頭先生、そのことは口に出さないでくださいよ。誰も聞いていないところでもね」
その言葉で、年配の方が校長だとわかった。
「はじめまして。私がこの学校の校長をしている、守山喜一郎です。こちらは教頭の佐々岡先生。
私たちは君の手術の事は聞いているから、もし何か困ったことがあったら、我々どちらかに相談してください。何か質問は?」
質問はと聞かれても、特に思いつかない。
僕はいいえと一言答えた。
「では、私が案内するから、着いてきなさい」
佐々岡教頭が校長に会釈をすると、僕を促すように部屋のドアを開けた。

既にホームルームの時間になっているんだろう。静かな廊下を、教頭のつやつやした後頭部を眺めながら僕は歩いた。
「しかし、高校三年の男子が中学三年の女子の身体になったら、さぞかし違和感あるだろうなあ」
佐々岡教頭は、前を向いたまま、独り言のように言った。
「自分がそうなったらと思うと、ちょっとドキドキするね」
そう言って、こっちをふり返る。
急に足が止まって、お互いの距離が近くなった。
思わず何かされるのかと身構えそうになったが、目の前の教頭はニヤリと笑うと、横のドアに手をかけて開いた。
上を見ると、三年三組と言う札が貼られているのが見えた。

教頭の入っていった教室を覗くと、若い男の教師が教頭を迎え入れていた。
若い男がこの教室の担任だろう。
ということは、担任の教師は僕の手術のことは知らされていないということだ。
ちょっと不安がわいてくる。
二言三言、二人の間で交わされた後、じゃあしっかりねとひとこと言って教頭は出ていった。
「では、今日から新しくこの教室の仲間になる相川さんです。皆さん仲良くしてあげてください」
まだ二十代前半に見える教師は、大声でそう言うと、僕は担任の三島ですと付け加えた。
「相川美優です。ええと、急に九州からこちらにくることになって、まだよく慣れていないんですけど、よろしくお願いします」
三島に促されるまま、教段に上がると、僕は美優のかわいい声で自己紹介した。
声のだし方も入院している間にすっかり学んでいる。
男の時はあんまり意識していなかったことだけど、発音や抑揚のほんのちょっとした事で俄然とかわいらしい言葉になるのだ。

男子と女子が半々の教室だけど、男子から何かギラギラした視線を感じる。
以前は僕もあんな目つきをしていたんだろうか。
確かに、裸になった美優を見るときはあんな表情をしていたかもしれないな。
席はあそこにと言われて、僕は真ん中くらいの窓際の席に座らされた。
すかさず、隣の席の女子が、私は近藤みさきっていうの、よろしくね、と早口で囁いた。
腰までの髪を束ねた、涼しげな切れ長の眼の女生徒だった。

三年前に習った事の繰り返しは退屈だったが、余裕があるのは助かった。
勉強の事よりも、それ以外の事の方が考えなければならないことが多いから。
とりあえず、僕は親しい友達を作ることを最優先事項に決めていた。
家族も親戚もいない僕には、親友は絶対必要だ。
でも、友達と言えば普通同性をイメージするけど、僕の場合は男は異性ということになる。
女子生徒と気軽に友達付き合いができるか少し不安だった。

「相川さんって、ずっとショートにしてるの? 長い方が似合いそうだけど」
授業の合間の休み時間には僕の周囲に生徒の輪ができていた。
隣の席の近藤みさきが代表して質問した。
「最近切ったの。ちょっと切りすぎちゃったかな、今までは肩までだったんだけど」
すんなり女の子言葉が出てくるくらいには慣れてきたけど、言っていて何だかおかしくなってくる。
自分がオカマみたいだと感じるが、出てきた言葉はちゃんと美優の声で、全く違和感ない。
「なんだかスポーツ少女って感じ。クラブは何やってたの?」
美優は運動音痴でスポーツはからきしダメだった。
クラブは音楽部に入っていたが、逆に僕は音楽には向いていない。
美優と違って、僕の方はスポーツは割と得意な方だった。
「クラブやってなかったんだ。でも、スポーツは好きよ」
「じゃあさ、せっかくだからクラブはいるといいよ。私バスケットやってるけど、一緒にしない?」
みさきは気軽に誘ってくる。
バスケットなら結構自信があった。
「そうだね。やってみようかな」
僕はバスケットボール部に入部する事に決めた。
身体は美優だが、その司令塔の脳は男だ。
身体能力的に女の子離れした、スーパーなバスケット選手が活躍するシーンを想像していた。

しかし、その想像はクラブ活動をする前に、脆くも崩れ去った。
三時間目は体育の時間だったのだ。
体育館の更衣室で男女に別れての着替え。
思わず男子の中に混ざるような失敗はしなかったが、中学三年の女子に混ざって着替えるのはちょっと刺激的だった。
何、頬が赤いよ。とみさきがブラジャーからあふれんばかりの胸を揺らせて僕の顔を覗き込む。
スカートを脱いだ下半身は薄いショーツ一枚。
薄布一枚にくるまれたふくよかなヒップがあっちこっちにあふれている。
また、匂いが違う。汗臭い男とは明らかに違った、むせ返るような女の匂い。
軽いめまいを覚えるほどだ。
何でもない、と言いながらも、みさきの大きめの胸に視線は釘付けにされてしまう。
こんな事はこれから日常茶飯事なのだと自分に言い聞かせるけど、今はない股間が妙に疼く気がした。よく鼻血をださなかったものだ。
そして、体育の授業が始まった。
種目はバスケットボール。
まずは二人一組でパスとドリブルの練習。
僕は今までのことを思い出しながら五メートルほど離れて立つみさきにパスをする。
ボールは想像とは違って、みさきの足元に力なく落ちた。
それを拾ったみさきがドリブルで走り出す。
僕もそれと平行になるように走る。
一瞬足がもつれそうな気がして前のめりになる。
みさきのパスが僕の胸元に届いた。
それを受け止めてドリブル。
しかし、どうも考えどおりに身体が動かない。
ドリブルもうまくいかずにボールを足で蹴飛ばしてしまった。

「美優って、案外運動ダメみたいね。あ、美優って呼んでいいよね」
順番待ちの間にみさきが話しかけてきた。
「ごめんね。おかしいな、今日は調子でないみたい」
軽く返したが、実は心の中ではちょっとしたショックを感じていた。
自分の思ったように身体が動かないのは苛立たしい。
確かにこの身体は美優だから、芳樹の身体のようには力も出ないし反射神経も鈍いだろう。
理屈で考えれば、それはそうと理解できる。
しかし、自分の身体が急に鈍くて弱々しくなってしまっているのにはやはりショックを覚えてしまう。

二度目の時は少しうまくいった。
最初の時よりも、力は多めに、動きは早めに動く感じでちょうどいいのだとわかった。
日常的な行動の時は感じなかったが、美優の力は思ったより弱く、動きは遅いのだとやっと理解できた。


 つづく