兄妹融合−Fusion





セミの声が何かのノイズのように耳のなかで唸っていた。
お坊さんの読経が延々と続いてるみたいな感じだ。
風呂場の窓ガラスはくもりガラスで、外は見えないけど、どこかのガラスに反射した直射日光があたり、キラキラと砂金をまぶしたように光っていた。
「お兄ちゃん、美優もいいでしょ」
二歳下の妹が風呂場のガラス戸を開いて顔を覗かせる。
僕の返事も待たずに、小学三年生の少女はワンピースをずり上げて、少しだけ膨らんだ胸を僕に見せつけた。去年までまったくの平地だった妹の胸は、おっぱいの芽が出てきたところのようだった。体つきも、子供体型は変わらないけど、全身にちょっぴり脂肪がついてきている。
その妹が黄色のワンピースを脱ぎ捨てると、白いパンツに指をかけた。
股間を隠していた布切れはためらいもなくずり下ろされる。
おへその横に小さなほくろが三つ、ほぼ正三角形に並んでいる。
浴槽の中の低い位置から見る僕の目に、妹の女の部分が一筋見えた。
僕の股間の物がきゅんと固くなる。
妹にばれないように、僕は後ろ向きになってシャワーの栓を開いた。
壁にかけたノズルから、勢いよく冷水が吹き出る。
「いやん、冷たいよ。お兄ちゃんの意地悪」
水の冷たさに慣れてない美優は、ちょっと離れた。
手を伸ばしてシャワーの水に触れている。
頭から冷水を浴びた僕の股間がやっと冷静さを取り戻した。

膝くらいまで水がたまった湯船に座る。
僕の目の高さに美優のかわいいお尻があった。
「美優、シャンプー取って」
僕が言うと、美優は、ちょっと待ってと言って洗い場に置いてあるプラスティック容器に手を伸ばした。
目の前のお尻がグッと突き出される格好で僕の目の前に迫る。
鼻を近づけると、つんとくる匂いに僕の股間は再び痛いくらいに起き上がった。
大きく匂いを吸い込んで美優のお尻のすぼまりに舌を伸ばした。
「きゃん、変なことしちゃだめだよ」
振り向いた美優は僕の頭にシャンプーをドバッとかけた。
そして片手で僕の頭をくしゃくしゃっと擦る。
脇にシャンプーを置いた美優は今度は両手で僕の頭を洗い始めた。
「お客さん。痒いところないですか」
父に連れられて理髪店に行った時に憶えてきた台詞を面白そうに使っている。
僕はされるまま、顔を美優の下腹部に近づけた。
シャンプーの泡が目に入るから目が開けられない。
目を閉じたまま、鼻先で確かめた場所に舌を出す。
スルンと股のくぼみをとらえた僕の舌は、少し塩味のする肉の隙間に入っていく。
小さなイボのような女の子の芽が舌に触ると、僕の頭を洗っていた美優の手が止まった。
小学三年生といえども、ここの感覚だけは十分大人になっているのだ。
あ、あん。
子供とは思えない悩ましい声が、頭の上から聞こえてきた。
舌の動きをゆっくりとしたものから、素早いものに変える。
美優の足が少し開きぎみなって、僕の頭を洗っていた美優の手は今度は僕の後頭部に回され、後ろからグッと僕の顔を自分の股間に押し付けてきた。
それと同時に美優の腰も前に突き出される。
「おしっこ漏れちゃうよ、ちょっと、止めて」
口ではそんなこと言ってるけど、美優の手はまだ僕の頭を押さえつけている。
次第に僕の首が反り返って、美優の股が僕の顔に覆い被さってくる。
身体をひねって美優の両足の間に僕が入り込むような形になった。
両手を後ろにして身体を支える僕の顔に美優がまたがる格好だ。
舌がさらに奥まで入っていく。
おしっことは違う種類のちょっと酸っぱい汁があふれるように出てきた。
う、うん。あ、だめ。
ガクンと美優の腰が揺れたかと思うと、口の中にちょっと苦い味わいのぬるい湯が溢れ出した。
僕はそのぬるいジュースをできる限りこぼさないように飲み込んだ。
美優のおしっこを飲むのはその時が三回目だった。





僕が中学二年生になったとき、美優は小学六年生だった。
順調に美少女に育つ美優は、僕の自慢の妹だった。
クラスの友達も、一度うちにきて美優を見ると、すぐに妹のファンになった。
用もないのに遊びに行っていいかと聞かれるのが鬱陶しい時もあった。
背丈は僕よりやや低い程度で、小学六年生としてはまあ中ぐらいの背丈だった。
しかし女としての発育は、兄妹でのエッチが効果をあげたのか、早い方で、胸なんか、僕のクラスメイトと変わらないくらいに育っていた。
そろそろ初潮もくるころだろうから、あんまり過激な事はできないと自分に言い聞かせるようにしていた。

「お兄ちゃん、どっかいくの?」
デイパックに荷物を積めていると、最近髪を切ってショートカットになった美優が部屋を覗き込んで聞いてきた。
夏休みも残すところ三日。一応宿題は済ませているので、今日は裏山にでも登って汗をかいてこようと思っていた。
「ちょっとね。山歩きでもしてこようかと思って」
手を止めて美優を見た。首を傾げる仕草と、唇を突き出す表情。
次にくる台詞は想像がつく。
「一人でいくの?」
そうだと頷くと、
「美優も行きたいな、連れて行ってよ」
案の定だった。
「お前、ちゃんと登れるか? 足が痛いとか言うんじゃない?」
「大丈夫だよ。ちょっと待ってて、美優も着替えてくるから」
言い残して隣の自分の部屋に入って行った。
美優の、最近大きくなってきたお尻を、僕は思い浮かべた。
山の中の誰もいない谷川で、美優のパンツを脱がせてやろう。
水鉄砲を持っていって、小川の綺麗な水で浣腸してやってもいいかもしれない。
いやん、とかわいい声で拒絶するだろうけど、僕にはわかっている。
きっと、美優もその気なのだから、そのころには既にパンツの股の部分はヌルヌルになっているはずだ。
想像していると、すぐに僕の股間は反応して充血の痛みを伝えてきた。
美優とは、小学生のころ時々エッチな遊びをしていたけど、両親がいるときにはそんなことできないし、最近は二人共無邪気に裸を触ったりできないくらいに意識するようになっていて、ここ二ヶ月くらいはごく普通の兄妹関係を続けていたのだ。
しなくても構わないさと僕も、そして美優も変な強がりをしていた気がする。

「用意できたけど……」
美優が再び部屋に入ってきた。
レモン色のティーシャツにオレンジ色のジャージを履いている。
ティーシャツのサイズが小さめなのか、それともそういうものなのか、丈も短めだしぴっちりして胸のふくらみがはっきり見て取れた。
「ほら、これもしておいたほうがいいから」
僕は軍手を一つ放った。
受け取った美優はにっこり笑って、ありがとうとひとこと言った。
部屋を出て、居間にいる母親に声をかけると、僕等は家を出て裏山に続く階段を上り始めた。
つくつく法師が終わりゆく夏を惜しんでいた。
コンクリート舗装の狭い道は、坂道と階段が交互に現れる。
時刻は三時を少し回ったところだ。
登りに二時間、下りに一時間を見ておけば十分の低い山だから、暗くなり始める七時までには楽に帰ってこれる。
道の脇に生えている雑草をちぎって、前を歩く美優の首元をくすぐってやる。
「いやん。お兄ちゃん、止めてよくすぐったい」
振り向く美優は少しも嫌そうじゃない。
この妹も、いずれは彼氏ができたりして僕から離れていくんだろうな。
この子を好きなように触ったり脱がせたりする男がそのうち現れる。
そう思うと何だか焦ってしまう。
こうして美優と遊んでいられる日々は、あと、長くて五年くらいなものだ。
ずっと一緒に居たいのに。二人だけでずっとじゃれあっていたいのに。
このまま時間が止まればいいのにと思った。

周囲にあった民家がなくなり、道はいよいよ登山道になる。
神社の鳥居をくぐって、山の中腹にある境内を過ぎると、周囲は木々で閉ざされたトンネルのような坂道が続くだけになった。
「綺麗だね、キラキラしてるよ」
一旦立ち止まった美優は、木漏れ日のシャワーを浴びながら上空を見上げた。
額の汗をタオルで拭っている。
「疲れたんじゃないか? ちょっと休もうか」
ちょうど見えていた、階段の途中の休憩用ベンチに僕は歩いた。
「まだ全然大丈夫なんだけど、お兄ちゃんが休みたいなら、休んであげるよ」
雑草の中のベンチに二人で腰かけた。
周囲はセミの声で充満している。二人きりだ。
抱き寄せてキスしたいけど、ここはグッとこらえた。
デイパックから500ml入りのスポーツドリンクを取り出してキャップをひねった。
ほら、と美優にさし出すと、嬉しそうに笑って受け取った。
美優の白い喉が動いて、冷えたドリンクが通っていく。
「その辺にしておけよ、あんまり飲んだら歩けなくなるから」
僕は美優の手からボトルを取り上げると、美優の咥えたボトルに口をつけた。
「ところでさ、学校で好きな奴とかできた?」
デイパックにボトルをしまうと、登ってくる途中で気になったことを聞いてみた。
「さあね。どうかな。恰好いい男子は何人かいるけど、別に好きとか、そんなのないよ」
「お前を好きな男子はいるんだろうけどな」
僕がカマをかけると、
「そりゃいるよ。何度か告白されたし」
自慢そうにそう言った。
「じゃあ、そんな男子が付き合ってくれとか言わないの?」
「小学生が付き合うって言ってもねえ、まだ子供だもん」
意味深な笑い。チラリと視線が下がった。
僕は我慢の限界のようだった。
美優の顔に近ずく。
美優は嫌がらずに僕を向かえてくれた。
半開きになった美優の唇に自分の唇を合わせる。
舌を出すと、美優も同じように舌を絡めてきた。
ん、ん。美優の気持ちの高ぶりが僕自身の気持ちも引き上げる。
絡み合う舌の感触はすごく敏感になってきて、キスだけでも最高に気持ちがいい。
キスなんてしたことないころは、テレビでキスシーンを見ても、なにがそんなにいいのかわからなかったけど、ディープキスの快感は直接性器を触るのと同じくらいに興奮するし、気持ちいいものだった。
美優も同じなのか、両手で僕の背中を抱きしめてきた。美優の心臓の早い鼓動が僕の胸をくすぐる。僕の鼓動もすっかり早くなっていて、二人はエイトビートのリズムで共演を始める。
僕は左手を背中側に回して美優のジャージのなかに差し入れる。
汗をかいた薄いパンツ。その中に掌を入れると、美優のお尻はひんやり冷たかった。
少し腰を浮かせるようにさせて、お尻の谷間をまさぐる。
キュンとすぼまったお尻の穴に軽くタッチしてみた。
ん。あん。
美優の喘ぎ声が高音側にシフトした。
「お兄ちゃん、大好き。お兄ちゃんと結婚したい、ずっと一緒に居たい」
唇を離した美優がそう呟いて、僕の胸に顔をつけた。
よかった。美優も僕と同じ気持ちなんだ。
でも、いつかは離れ離れになるだろう。
愛し合う兄妹は、やがては常識とか社会通念とか道徳とかに引き離されることになる。
お互いに適当な相手を見つけるのだろう。

膝の上に美優の腹を乗せるように抱くと、僕は美優のジャージをずり下げた。
パンツも一緒に下ろすと、ぷるんとした向き卵のような白いお尻が現れた。
うっすら汗で湿ったシミひとつないツルツルの卵。
軽く掌で叩いてやる。
パンという小気味いい音が木立のトンネルに広がる。
「きゃん、痛い」
美優の言うのも構わず、二発目、三発目と振り下ろした。
セミの合唱の中に、風船を割るような音が響く。
「ほら、痛いのが嫌ならおしゃぶりしなさい」
僕の命令で、美優は身体をずらせると、僕のジーンズのジッパーに手をかけた。
美優のやりやすいように、僕は手を離すと、ベンチの背もたれに背中を預けた。
前にしゃがんだ美優が、僕のものの皮を剥くようにして顔を近づけた。
バナナでも食べるように口を開けると、その棒の先端を口に含んだ。
ズキンとくる、痛みにも似た快感。
興奮した僕はそれだけでも発射しそうになる。
あ、ちょっとヤバいかも。
そう思ったときは手遅れだった。
美優の舌の刺激に、僕のものはブレーキペダルが故障したスクーターみたいに、曲がるべきカーブを脱線していく。
ガクンと腰が揺れる。何度かピクピクと痙攣してしまう。
美優の口の中に、たっぷりたまった精液を、僕は思い切り発射していた。





あの時は、美優、少し怒ったのだった。
美優に飲ませたのは何度かあったけど、こんな所で飲まされたら、うがいしたり歯を磨いたりできないから、ずっとお兄ちゃんの味が残っちゃうんだよ。
変な味なんだからね。そう言ってしゃがんだ美優が下から睨んできた。
僕は、自分でも失敗したと思っていたから、素直に謝った。
「しょうがないな。でも、もうずいぶんご無沙汰だったから、仕方ないかな。本当はお兄ちゃんの味、美優も割と好きなんだよね。なんだか男らしくてさ」
美優は、僕の差し出すスポーツドリンクで軽くうがいをして、濡れた唇を左手の甲で拭った。
僕の方はすっきりしたから、山登りの先を急ぎたかったけど、あいにく美優がそれを許してはくれなかった。
「自分ばっかり気持ちよくなっておしまいじゃ、女の子に嫌われるよ。責任取ってください」
今度は美優がベンチに座って、僕が前にしゃがんだ。
靴を脱いでジャージから片足出すと、膝を両手で抱えあげるように曲げて、既に濡れ濡れになった亀裂を、恥ずかしげもなく露出させた。
ネットのアダルトサイトで見た大人の女性のそことは、まったく違う。
あんなにヒダヒダが飛び出ていないし、陰毛もうっすらと淡い影を作るくらいなものだ。
妙に長く感じる縦の溝。
そのままお尻の穴までつながってるかと思ってしまう。
僕はその縦割れに口をつけると、つんとくる酸っぱい匂いの溝に舌をはわせる。
あ、ああ。
頭上から降ってくるかわいい声を楽しみながら、美優の一番恥ずかしい部分の味を味わった。
どうしてこんなに美味しいんだろう。
本当に食べてしまいたくなる。
ヌルヌルの溝を舌で行ったり来たり、割れ目の中に舌を差し込んで奥にしまいこまれた控えめなひだひだを唇ではさんで引っ張る。
すっかり張り詰めた小豆を、舌でつんと舐めあげると、美優の腰がピクンと跳ねた。
う、くう。
美優も絶頂に達したのだ。
その後、ベンチの上に横たわって二人でしっかり抱き合った。

そこまで思い出して、僕はふと今は一体いつなんだろうという考えが浮かんだ。
うとうとと眠りから覚めながら、以前の記憶を探ってきた気がするが、僕は今どうなってるんだろうか。
目を開けているつもりなのに、何も見えない。
肌に感じる布団や毛布も、なにもない。
まるで死に瀕しているような感じだ。
何かの事故で、死につつあるような。
死の前の走馬灯というやつなんだろうか。
次第に意識がはっきりしてくるにつれ、僕は焦りを感じ始めた。
大声をあげてみるが、両耳には何も聞こえない。
金縛りにあっているのか?
僕はできるだけ新しい記憶を思い出してみることにした。
自分の年齢は?
確か……来年大学受験だったはずだ。
つまり今は高校3年生。高校生活最後の夏休み。
そうだった……。
家族四人で、夏休みの最後の週に温泉旅行に来たのだ。
そのドライブが、もっとも新しい記憶だった。
その後のことは何も憶えていない。
過去から現在までの渦巻く記憶の大海の中を深海からゆっくり浮上する感じだ。
一番新しい記憶の中に浮かんで上を見上げる。
そこには何もなかった。
いよいよ自分が死につつあるのかと思ってしまう。
もう数分もすれば、僕の意識は永遠に消えてなくなってしまうのだ。
身体の感覚がないと、時間の感覚もおかしくなってくる。
目覚めて、数分しか過ぎていないのか、それとも数時間、数日が過ぎているのか。
なんとかしてこの状況を脱出できないものか。
僕はさらに記憶の中に潜り込んで、脱出口を探した。

『お兄ちゃん』
美優の声が聞こえた。
近くにいるんだろうか。
『美優か、どこにいるんだ』
声にならない声を出して聞いてみる。
『美優は……いつもお兄ちゃんと一緒だよ』
微かな声が遠ざかるように聞こえた。
『おい、どこにいるんだ、見えないんだよ、出てきてくれ』
叫び声は音にはならず、意識の中で響くだけだ。
ただ、その時、指先に何かを感じた。
右手の指先に、毛布か、布団のようなやわらかな感触を感じた。

光。真っ白な光が目にまぶしい。息が、息が苦しい。
苦痛は一瞬にして全身を走り抜けた。
体中が我慢できないくらいに痛い気がした。しかし、不思議な事に具体的にどこが痛いと言うのではなく、痛みはすぐに忘れてしまった。
残ったのは息苦しさ。
僕は顔を被っている何かを夢中で払いのけた。
ブザーの音が耳に響いていた。
それまでずっと夢の世界にいたのに、いきなり現実に、苦痛に満ちた実在に放り出された気がした。
周囲の慌しい動きが感じられる。
ここは病院なのか?
僕が寝ていたのは病院のベッドだった。顔を被っていたのは酸素マスクか?
周りにいるのは医者や看護婦なのか?
何か叫んでいるけど、意味がわからない。日本語だよな。
誰かに身体を抑えられた。
いつの間にか僕は起き上がっていたようだった。
腕や足にベルトをされて、身動きできないようにされている。
自分では暴れているつもりはないのに、身体が勝手に動いているみたいだ。
チクリと左腕に針で刺す痛みが走った。
大きく息を吐き出してしまう。
力が抜ける。
注射されたんだと気づくのと、意識が遠のくのがほとんど同時だった。





温泉街までもうすぐだ。
曲がりくねった山道を父の運転するプジョー207はエンジン音も健気に登っていく。
「やっぱり四人乗りだと1600じゃあ厳しいな。今度は二リットルにするか?」
ハンドルを握る父が横に乗った母に言った。
「何言ってるの。芳樹はすぐに大学生になって地元から出ていってしまうし、四人でドライブなんて、これが最後になるかもしれないのに、それにそんなお金はありませんからね」
車好きの父に釘を刺す母。
僕が物心ついてからも、既に五台くらい買い換えている父なのだ。
ふと見ると、隣に座っている美優の顔色が悪かった。
「美優、大丈夫? 酔ったのか?」
長い髪を揺らせて美優が首をふる。
「大丈夫、もう少しなんでしょ」
美優の声。
「おい。気分悪いなら止めようか」
父がルームミラーで美優の顔色を伺う。
「おとうさん、前見て」
母の叫び声が続く。
ガクンと車が揺れる。
身体の衝撃が続く。

思い出した。
あそこで事故にあってしまったんだ。
それで僕は病院に入院しているのだろう。
目が覚めた僕はゆっくり目を開けた。
前回は真っ白な光の中、ぼやけた人影が動き回るようにしか見えなかった視界が、今度は眼鏡のレンズでも変えたみたいにすっきり天井が見えた。
目の端に点滴台があり、黄色い輸液がゆっくり雫を落としている。
前回は顔にかかっていた酸素マスクは外されていた。
「気がついたかね」
ベッドサイドに立った、医師と思われる貫禄のある白衣の男が軽く僕の顔を覗き込むようにして訊いた。
僕はうまく声が出せなくて、仕方なくこくりと頷いた。
「自分が今どういう状況にいるのか、わかるかい?」
「山道で、車が事故を起こして……」
今度は声が出た。でも、喉の調子が変だった。
「君の名前は? 言えるかな?」
どうしてそんなことを、と一瞬思ったが、錯乱状態からどの程度覚めたか知るためなのだろう。
「瀬戸口芳樹です、あの、おとうさんたちは?」
自分の声がまるで女の声みたいに細く聞こえた。
美優の声みたいだと一瞬思った。
「今は、健康に戻ることだけ考えよう。お父さんやお母さんのことは心配しないで」
医師の言葉は歯切れの悪いものだった。
もしかしたら父母、それに美優も僕なんかよりもっとひどい怪我をしているのかもしれない。
今すぐ会いたい。僕は身体を起こした。
前回と違って、今度は自分の意志に忠実に身体が動いた。
医師は驚いてのけぞるようにした。
「すごいですね。もう普通に動けるのかな」
声の方を見ると、背広を着た男が、部屋の端に立っているのが見えた。
病院には似つかわしくない、堅苦しい国家公務員を思わせる風貌の若い男だった。
「家族に会わせてください」
半身を起こした状態で医者の顔を見上げる。
「まだだめだよ。君の身体はまだ本調子じゃないんだ。今は動かないほうがいい」
医者が恐る恐ると言う調子で僕の両肩を抑える。
その手を払おうと右手をあげた僕は、違和感を感じた。
ずいぶん手が白い。自分の手が細くて華奢で、まるで女の子の手のようだった。
両手のひらを見つめる。
手のシワの感じが違っていた。僕の手はこんなに弱々しくなんてなかったはずだ。
まさか、事故で気を失っている間に数年の年月が過ぎていたなんてないだろうな。
「これは、どういうことですか? 今、西暦何年ですか?」
「事故からは約一ヶ月が過ぎている。君の想像したほどじゃないだろうけど」
部屋の端に立っていた国家公務員がゆっくり近寄ってきた。
「今はまだ言わない方が……」
医者の言葉に背広の男が首を傾げた。
「先生、いずれは知るしかないんですよ。遅かれ早かれ……芳樹くんはもう大丈夫でしょう。
検査結果からも、異常は見られていないんだし」
背広の若い男に諭されるようにして、医者は重い口を開いた両親は事故で死んでしまっていた。
まず、そのことが僕にショックを与えた。
もしかしたらと、考えることもあったが、そんな最悪の事態が本当に起こるなんて、普通ありえないだろう? 人が最悪のことを想像するのは、最悪な事態なんてほとんど起こることがないからだ。最悪を想像していれば、かなり悪い事態であったとしても、最悪よりはマシと思えるからだ。

じゃあ美優は?
僕が訊くと、医者は困った顔をした。大怪我でもしてるのだろうか。
「説明しにくいんだが……美優さんの身体は、怪我もなく、まったく大丈夫だったんだ」
何を言ってるのだろう。
身体は大丈夫。
では、別の所が大丈夫じゃないということなのか?
「ただ、胸が圧迫されていたのか、酸欠で、脳死の状態だった」
背広の若い男が残酷な言葉を付け加えた。
美優が脳死。
死んだのか。
僕は、特に怪我もなく生き残ったというのに。
両親も、美優も死んでしまったのか。もう話すこともできないのか。
「でも、君の方は、美優さんとは逆に、身体がだめだったんだ」
ゆっくり発音される若い男の言葉は、しばらく何のことかわからなかった。
僕の身体がだめ? でも僕はもう治っているじゃないか。
こうしてベッドに座って、喋っているじゃないか。
男の顔を睨むと、彼は一つ頷いた。
「妹さんは完全に脳死状態。君は身体が心停止状態。四人全員が死に瀕していた。そのままでは四人とも死んでしまう。しかし、一人、いや二人を助ける方法があったんだ」
「まさか」
意識しないのに言葉がひとりでに出た。
「鏡を見てみればいい。それですべてわかるだろう」
男が手鏡を手渡した。
それを恐る恐る覗き込む。

驚きと恐怖に目を見開く、美優の顔がそこにはあった。