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「つむちゃん」の考える「雷」とは―― まず、パートナーを呼ぶ。 できれば和室が望ましい。しかし、自宅に和室が無いので、リビングで代用する。 「そこ、座んなさい」と厳かに言う。 この時点でパートナーは基本的に萎縮してしまっている。 何故なら、叱られるべきことをしたからで、こんな風にきちんと「叱りモード」に入るということは、鐘(あつむ)がかなりマジで怒っていると理解しているからだ。 相手が座ったら――言われなくても正座するあたりが可愛らしいと、この時点で少しだけ怒りが解けそうになるので、ぐっと堪える――大きく息を吸って、低い声を腹の底から絞り出して話す。 早口にならないよう、気をつける。 「なんで怒られんのか、解ってるな」 感情的にならないように、静かに。必要以上に刺激しないように。 相手が頷いたら「なんでか言うてみ」と水を向け、確認する。 叱られてる内容を正しく理解していると判れば、時には「ゴメンナサイ」と言わせることで終了、若しくは、謝罪の後にお仕置きタイムを設けたりして、散々涙目のパートナーの様子を愉しんでから終了。 パートナーはこの段階で、ぐったりと立ち上がる気力も無い……ことが多かった。最近までは。 問題は、年齢と共に嗜好が変化したのか、相手がだんだんそれを平気で飲んでしまうようになったことである。 以前は、 「苦いのんは、嫌」 なんて言っている彼の口を 「あかん。開けてみ。ほら」 と無理くり開けさせて「飲みなさい」と命令するのが楽しかったのに。 慣れというのもあるだろう。好きになれないまでも、とろっと粘ったそれの飲み下し方のコツを覚えてしまえば、ダメージは小さくなる。 …他のお仕置き、そろそろ考えんとアカンかな。 お仕置きタイムという名の[鞭]の後にお約束として設けている、甘い甘い[飴]タイムを終え、ベッドで原田を腕に抱いた姿勢で鐘は考える。 「なぁ、ヒメちゃん」 いい年をした中年男の通り名を呼ぶと 「ん? なに」 彼は目を閉じたまま、情事の余韻に浸りながら返事をする。 目を閉じた彼の表情は意外なほど男っぽくて、同性同士で性行為をしている事実に念を押されるような気分だ。 「つらいことって、なんやろか」 「俺にとって、っていう意味やんな?」 原田はぱちりと目を開けて、鐘を見てから天井に目をやった。目を閉じていても開けていても男前やなと鐘は見とれてしまう。 「つむちゃんと離れ離れになること」 …それは俺もつらいから使えへんな。 肌と肌で直に彼の体温を感じながら、それは絶対に嫌だと鐘も思う。「他に、ない?」 「つむちゃんがヒモを辞めてまうこと」 「それはないない。他は?」 「つむちゃんがヒモの仕事を放棄すること」 「せぇへんって」 「つむちゃんが浮気すること」 「しませんて」 「むつかしなぁ…」 原田が鐘の腋の毛を引っ張りながらため息をついた。鐘は彼の額に落ちた前髪の一筋を指で払って 「ていうか、俺関係のこと以外で、ないか?」 と条件を追加する。 「ええー……」 原田は素直に一生懸命考えて、眉間にしわを寄せた。表情がどんどん険しくなる。 険しくても男前度は変わらない。男前だからこそそんな顔をしても絵になるのだ。 「つむちゃんが、訳わからん質問ばっかりして、それに答えるネタがないこと。…て、これもつむちゃん関係やんなぁ」 原田は少し機嫌を損ねたようだ。眉間のしわは寄ったままだ。 鐘の胸に額を擦り付けるようにして、これ以上答えるのは面倒だと言わんばかりの拗ねた目で、目の前の空間を睨んでいる。 「つむちゃんが関わることやったら、いっぱいある。俺が歳いって見た目も中身もいっぱい衰えて、がっかりされたり愛情が冷めたら嫌やなつらいなって思うし。今の幸せな毎日が消えてなくなったらホンマにつらい。それを考えたら、つむちゃん関係以外のことて、どうでもエエ感じや」 原田の手が鐘の胸の上に回され、横から胴を抱きしめた。鐘は困ってしまった。 原田がどんなジジイになろうとも愛が冷めることはないと言い切れる。彼の方が鐘を見限らない限り、二人の関係が壊れることはないと思う。 とすると、原田がつらいことは、イコール、自分がつらいことになるのではないか。 …じっくり考えんと、新しいお仕置き見つからんな。 原田の前髪の生え際に口付けてそれを潮に、鐘はお仕置きの新ネタを考えることを中断した。 そもそも。雷を落とし、お仕置きをするような事態が起こらないのが一番なのだ。 今から次のそんな事態の為に、新たに相手にダメージを与えるネタを考えるなんて間違っている。 それよりも、他の楽しいことを考えたり話したりしたい。 他愛ない会話、自分の胸の音を聞いている原田、彼の髪を撫でる満ち足りた時間。そしてそのまま眠りに落ちて、目が覚めたら朝が来ている。そんないつもの繰り返し。今はそっちが大事だ。 「ほな…話、変わるけど。日替わりランチの新しいネタ、なんか食べたいもんない?」 「今度は仕事の話かいな、もう」 原田が呆れたように返した。ため息をついて、さらに 「…俺の食べたいもん言うたら、今、俺の目の前に居てるもんしかないやろ」 鐘の股間に手を伸ばす。 「日替わりランチの話や、言うのに」 笑いながら鐘は[飴]タイムお替りの要望に応えるべく半身を起こした。 < 了 >
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