放送を語る会


情報通信法(仮称)とは何か

 ~市民・生活者の視点欠落、事業者の自由・マーケット重視の事業者法~

                                200922

 私たち視聴者・市民にはまだ馴染みの薄い「情報通信法(仮称)」をテーマに、第31回放送フォーラムが127日開かれました。講師は、水島久光東海大学教授。
 情報通信法(仮称)は、2010年国会提出をめざして総務省が現在急ピッチで準備を進めています。現在9つに分かれている放送・通信法制を一本化すること、縦割りの現行法制を横割りのレイヤー(層)構造に転換し世界最先端の法体系にするとうたわれています。
 水島教授は先ず名称の「情報通信法」に異議を唱え、まだ構想段階の法案を既成事実化させないために、現段階では「通信・放送の総合的な法体系」と呼ぶべきだと前置きし、いくつかの問題点を指摘しました。

 最も重要なことは法改定の目的が、主権者国民(市民あるいは一人の生活者)の立場に根ざしておらず、「情報産業分野の国際競争力強化」「規制を緩和・集約して事業者の自由で多様な事業展開を可能にすること」に置かれた事業者法である指摘、以下のように検討過程の論議を詳細に検証しました。

1. 改定の方向が最初に示されたのが、200111月経済産業省産業構造審議会情報経済部会。ここで早くも、「電話産業と放送産業はIPネットワークに吸収統合され、コンテンツ・ISP・IPネットワークの三層の水平的自由競争に変わってゆく」とレイヤー構造への転換に言及、同年12月のIT戦略本部の資料に「IT分野の規制改革の方向性」として取り入れられた。

2.小泉内閣の下、200512月通信・放送の在り方に関する懇談会(竹中懇・座長松原聡東洋大学教授)が設置され、次のような報告書がまとめられた。
 「通信・放送の融合が進展するにもかかわらず法体系は二分され、通信・放送全体で9本もの法律が存在、人為的な市場の細分化により自由な事業展開が阻害されている」
 「現行の法体系見直しは喫緊の課題、即座に検討すべき」
 「2010年までに必要な法制的手当てを措置し、新たな事業形態の事業者が多様なサービスを提供できるよう、レイヤー区分に対応した法体系とすべきである」
 この竹中懇メンバーには放送関係者は一人もおらず、自民党電気通信部会さえ「通信に偏っている」と批判したメンバー構成だった。

3.20066月には通信・放送の総合的法体系に関する研究会(座長堀部政男中央大学教授)が発足、「情報通信法」という名称が提示され、「規制を緩和・集約化し、事業者の自由で多様な事業展開が可能になるマーケット重視型の法体系へ」との報告書を提出。

4.これを受けて20082月通信・放送の総合的法体系に関する検討委員会(主査長谷部恭男東京大学教授)が発足、12月には検討アジェンダ(議題)を発表。
 「放送のデジタル化やネットワークのブロードバンド化・IP化にともない、ネットワークとサービスの1対1の対応が崩れ、サービスごとにネットワークを区分する合理的根拠は失われている(市場の水平化)」との現状規定を検証抜きで前提に据え法案化の準備。
 説明を聞いて、情報通信法とはまさしく視聴者・市民抜きの事業者法として準備されていることがよくわかりました。 水島教授は、これら懇談会・研究会が現行制度の歴史的検証抜きで進められてきたことについても厳しく批判しました。

Q 初歩的な疑問ですが、準備されている法案でレイヤー構造に転換するある「レイヤー構造」とは?

 水島『レイヤー』とはもともとコンピューター用語で『層』を意味し、法案では放送・通信事業をコンテンツ・プラットフォーム・伝送インフラ(伝送サービスと伝送設備)に区分けしてこれに対応する法体系に変えようとしている。技術的視点からみればこの区分方法は妥当といえるが、『レイヤー』は技術の進歩とともに変化するもので、こうした不安定なものを区分の基準にすることには疑問がある。

Q 放送と通信の「融合」とは?

 水島 本質的な違いは「直接性(通信)」と「媒介性(放送)」であり、「融合する」関係よりむしろ「相互補完的関係」ととらえるべきで、狭義の「融合」が起こるのは伝送路のみで拙速に法体系全体を変えなくても電波法の改正で対応可能。

最後に水島教授は次のような提案で講演を締めくくりました。

 「変わるべきときにきていることは間違いない。しかし、『放送』は既得権を守ろうと躍起になっている。単なる『抵抗勢力』にならないためには、『放送』の立場から積極的に『融合』のビジョンを打ち出すことが求められている。そのためには、自分たちがこの50数年やってきたことは何だったかしっかりみつめ直すことが必要。視聴者の信頼を失っている放送事業を立て直し、その上で『放送の概念』を拡げ、その上で放送法を見直すというのが手順が必要ではないか」

 講演を聴いて、現行法制で特段の支障を感じていない一市民としては、通信・放送法制全体の改定を急ぐことには反対、議論を仕切り直して拙速に陥らず慎重に時間をかけて検討すべきだとの印象を強くしました。