
2019年参院選・テレビはどう伝えたか
~後退する選挙報道~
2019年9月20日 放送を語る会
目 次
はじめに
1 減少した選挙放送・後退した争点報道
2 各番組の選挙報道の傾向と特徴
3 選挙の争点はどのように伝えられたか
4 野党統一候補を立てた一人区はどう伝えられたか
5 政治的公平は保たれていたか
6 各番組は選挙結果をどう伝えたか
おわりに 選挙報道の根本に立ちかえれ
付表 1 選挙報道の有無ならびに放送時間 前回との比較
2 各局番組の選挙放送の内容ならびに時間
3 放送内容2016年との比較(「報道ステーション」)
4 放送内容2016年との比較(「ニュースウオッチ9」)
はじめに
7 月4日(金)公示され、21日に投・開票が行われた参議院議員選挙。与党は、過半数を 大幅に上回る議席を獲得したものの、憲法改正の発議に必要な3分の2の議席は確保できな かった。一方、投票率が戦後2番目に低かったこと、選挙の結果「れいわ新選組」「NHKか ら国民を守る党」の二つの政党が、公党として国会で活動を始めたことは特筆すべき事であ ろう。
テレビは今回の参院選をどう伝えたのか。「放送を語る会」では21回目のモニター活動と して、以下の局の番組をモニターし、その動向を探った。
対象とした番組は
NHK「ニュースウオッチ9」 日本テレビ「NEWS ZERO」 テレビ朝日「報道ステーション」 TBS「NEWS23」 の4デイリー番組(月~金放送)と TBS「サンデーモーニング」(毎週日曜日放送) TBS「報道特集」(毎週土曜日放送) フジテレビ「日曜報道」(毎週日曜日放送) 1 の3ウィークリー番組であった。
モニター期間は、公示日の7月4日から投・開票翌日の22日(月)とした。当会がモニタ ーに当って重視したのは、これらの番組が有権者の政治的判断、政党選択に資するものとな っていたかどうか、また政党、候補者の扱いで政治的公平性が保たれていたかどうかにあっ た。結論から言えば、選挙に関する放送量が前回(2016年)より減ったこと、争点を扱った 報道が減少していることなど、有権者の選択に資する選挙報道が後退したことがあげられる。
1 減少した選挙放送・後退した争点報道
代表的な報道番組の著しい退潮
今回の選挙の最終盤にあたる7月19日、「朝日新聞」は「参院選 テレビ低調」との見 出しで、テレビでの選挙関連放送の低調ぶりを記事にした。民間の調査会社の調査による と、前回にくらべ「ニュース・報道番組」では放送全体で3割減、民放だけだと4割減っ ているというのだ。こうした現象は私たちのモニターした番組にも起きていたのか。それ を検証するために、2016年参院選(以下「前回」と表記する)でのモニター報告と、今回と の放送時間数、放送回数の比較を試みた。前回は公示日9日前からモニターをはじめ、対 象番組も今回より多かったので、比較が可能なように対象番組を今回なみとし、比較期間 も公示日から投票日までとした。それでも今回の選挙戦は17日間、前回は18日間と1 日の差はあるのだが、比較するうえでの支障はないものと考え、【表1】にまとめた。
この表で明らかなように、前回と比較して著しい差が生じているのは「報道ステーショ ン」である。前回13回の放送日のうち、選挙に関する報道がなかったのが、たった1日 だったのに対し、今回は全体の42%に当る5日間、選挙に関する話題に全く触れていな いのだ。 選挙報道の退潮傾向は「NEWS23」にも見られる。前回選挙報道なしの日が15%だっ たものが、今回倍の33%に増えている。この番組の総放送時間量が前回2時間を超えて いるのは、選挙戦第3日に当る日、党首討論に1時間を費やしていたからであるが、今 回も公示日、党首討論の一部を8分間放送している(詳細は後述)。この分を差し引くと、 今回の放送量は1時間を切ってしまい、放送量も減少しているのだ。 この二つの番組は、代表的な報道番組として、私達も、再三その企画力、取材力等を参 考にしてきた。その番組にいったい何が起こっているのか。
避けられた争点報道
もう一点、今回のモニターで明らかになったのは争点を扱った報道(以下「争点報道」 と標記する)の少なさである。【表 2】は、今回放送された選挙関連報道の一覧表である。 この中で「参院選の争点」として放送されたのは、7月9日「ニュースウオッチ9」「参院 選の争点 社会保障」、10日「ニュースウオッチ9」「参院選の争点 消費税引き上げ」と 同じ日の「報道ステーション」「参院選の争点 年金問題」だけである。このほかに「争 点」と名づけられてはいないが、7月4日「ニュースウオッチ9」では、有権者が重視す る政策として、「年金・社会保障」に絞って各党党首の訴えを紹介し、「NEWS ZERO」 2 は「年金問題」に限定した党首討論を実施した。7月18日「報道ステーション」「『憲法』 9 条改正各党は?」もれっきとした争点報道であった。この番組については後述する。
にもかかわらず、総体的に見てその少なさは異常ともいえる。何故なら、今回の選挙ほ ど争点がはっきりしていた選挙は珍しかったからだ。安倍総理は憲法改正を選挙公約の第 一に掲げていたし、対する野党は目の前に迫った 消費税10%引き上げや、選挙直前に明 らかにされた老後の年金不足問題を、与党追及の武器として選挙戦に臨もうとしていた。 選挙報道にとって、最も重要なのは「争点」を明らかにし、その争点に対する各党の考え 方や、各社独自に取材した問題点などを、一つの番組にまとめて有権者に提示することだ ろう。有権者は各党の主張を比較し、争点の意味するところを知ることで、投票行動の参 考にすることができる。
報道各社は争点報道を避けたのではないか、と疑いたくなる。3年前の争点報道と比較 してみるとそれはより明らかになる。前回は各局とも積極的に「参院選の争点」を取り上 げていたからだ。【表 3】は「報道ステーション」の前回と今回の報道内容を比較したも の、【表4】は「ニュースウオッチ9」についての比較である。この表で明らかなように、 「報道ステーション」は5回にわたって「参院選の争点」を扱っていた(第1回はこの表 には表れていないが、公示日前日に「憲法問題」として放送されていた)。「ニュースウオ ッチ9」も三夜連続で「アベノミクス」「社会保障」「安保法と憲法」を選挙の焦点として 扱っていた。
さらに、争点を扱った報道については、前回との比較できわめて興味深いことがある。 前回は「争点なき選挙」と言われたからだ。とくに憲法については、自民・公明両党とも 選挙期間中一度も口にせず、「改憲問題は争点ではない」と主張していた。ところがメデ ィア側はこれを「改憲隠し」と受け止めた。「ニュースウオッチ9 」も「NEWS 23」も 「NEWS ZERO」も改憲を争点としてとらえ、番組に取り上げていた。「報道ステーシ ョン」では、スタジオ党首討論でも、冒頭20分近くを憲法問題に費やしている。にもか かわらず、この時のモニター報告は「(この年の)選挙報道は質・量ともに貧弱だった」 と総括していた。
その時よりも後退してしまった今回の選挙報道で何が起こっていたのか。ある在京キ ー局の元プロデューサーは「安倍政権1強。政権交代が起きる要素もない。取り上げた くなる個性の強い候補者や選挙区もない」とし、そのうえ「(局側は)数字がとれないの に、気ばかり使って、手間とリスクを背負い込む放送にメリットはない」と判断している のではないかと発言している(7月19日「朝日新聞」〈Media Times〉)。 モニターに参加したメンバーからは「政府与党がメディアに要求した『公平公正』が足 かせとなって、メディアが委縮し、どこからも文句の出ないよう争点を曖昧にし、時間も 短くしてしまったのではないか」との声も上がっていた。
2 各番組の選挙報道の傾向と特徴
個々の報道内容を検討する前に、今回の選挙報道の各番組の傾向を、【表 2】を手掛か りに検討しておきたい。
この章では、モニターしたウィークリーの3番組についても、報告しておく。
「ニュースウオッチ9」
今回の選挙関連報道の中で、党首の演説をもとにしている企画が8回もある(9日 10 日も党首演説がもとになっていることは後述する)。19日の「若者の投票率UP」も 後半は各党議員の演説を要約したもので、独自取材による報道は、7月10日「消費税引 き上げ」に関して行なった、消費者や業者などへの直接取材、11、12日の一人区に関す るルポだけである。
もちろん、各党の主張を伝えることは大切であろう。が、党としての主張以外にも独 自企画、独自取材によって報道すべき事柄は、数多くあったのではないか。争点報道の減 少は、そのなかでも、最も問題とされるべきことである。
「NEWS ZERO」
選挙期間中6回あった放送のうち、5回は「大問題」シリーズにあてられている。 このうち、7月15日の「若者が投票しない大問題」以外の4回には「新時代の大問題」 というタイトルがつけられている。「人口減少」「人手不足」「賃金」「育児休暇」がその 内容だが、「賃金」について報じた際、各党が掲げている最低賃金の一覧がしめされただ けで、選挙戦とは関係ない議論が繰り広げられていた。
未来を語ることは意義のあることだが、選挙の最中、なぜ現実と切り離した企画を放 送しなければならないのか。この企画そのものが「大問題」だったといえるのではない か。
「報道ステーション」
この番組の放送回数も、争点報道も前回に比べて減少したことは前章で述べた。しか し、放送された内容から、当番組が「憲法改正」を強く意識していたことが伝わってき た(詳細については次章で述べる)。また、党首の演説を放送した公示日と投票日直前の 19 日以外は、独自の取材が主であったことは評価できる。
7 月15日「激戦区 大阪」7月19日「最終盤:各党首の主張」、いずれも各政党の時 間配分は、現有議席に従って、若干傾斜配分していたが、NHKほど機械的配分、自民偏 重ではなかった。
「NEWS23」
今回のモニター実施の前日、7 月3 日この番組では一定の時間をかけて党首討論を放 送した。そのことは評価できるが、公示日以降、当番組が取り上げたのは、選挙に関する 「話題」「トピック」が主流になった。「シルバー民主主義とユニークな選挙方式」の紹介 (7 月12日)「若者の低投票率に対する取り組み」(7月16日)「女性候補はなぜ増えない」 (7月18日)がその類である。「NEWS ZERO」の場合と同様、重要でないとは言えな いが、差し迫った選挙を控え、有権者の政治判断に資するかどうかという点では疑問が 残る。しかも、投票日前々日の19日は、星コメンテーターがエンディングテーマにのせ て、「棄権しないで」という22秒間のアピールをしたが、「なぜ棄権することが問題なのか」について考える特集を組むことが、なぜ出来なかったのかを問いたい。
「サンデーモーニング」(毎週日曜日放送)
選挙期間中3回の放送があったが、そのいずれの日も、時間は短いながら選挙を話題 にしている。まず7月7日は各党首の主張を紹介しているが、興味深いのは、どの党首 の発言も20秒前後と、議席数による傾斜配分がなかったことだ。この日、出演者の田中 秀征氏は「財政検証」について発言し、大宅映子氏は「参議院そのものの制度の在り方が 機能していない」と発言している。彼女の言葉の裏には「衆議院いいなりだから」という 現実がある。「財政検証」については章を改めて述べることにする。
また、出演者の数学者新井紀子氏は、最近の若者の読解力が著しく落ちていることを 憂い、「公報やマニフェストが読めなければ雰囲気に流されてしまう。それでは民主主義 の理念に反する」と発言している。
7 月14 日は、「合区」「特定枠」「一人区」などの用語解説に3分程度を費やしただけ だった。
7 月21日投票日当日の朝の放送。まず、最終日の各党首の演説を20秒前後で紹介し た後、注目点として32の一人区の勝敗がどうなるかに触れ、ついで消費税増税、憲法改 正、年金問題の三つの争点について短く説明した。
以上みてきたように、この番組では毎回何らかの形で選挙に触れていた。とくに21 日の争点の整理の仕方は、極めて短時間ながら要領よくまとめられており、有権者の 判断に役に立つものと思われた。
「報道特集」(毎週土曜日放送)
7 月6日、13日、20日が放送日だったが、13日は特別番組のため休止。モニター対 象となるのは6日と20日だった。このうち6日は各党党首主張をコンパクトに3分程 度にまとめて紹介しただけ。モニター担当者はこの番組に期待することが多かっただけ に、肩透かしを食った感じと感想を述べている。
20 日は「低い投票率」を「特集」として取り上げた。とりわけ若者の投票率の低さを 問題にしていた。そして、気がかりなこととして、選挙関連の放送時間が年々減少してい ることをデータで示している。低投票率の一因に、選挙報道の減少があると明確には発 言していないが、金平キャスターは「テレビの報道にかかわっている一人として非常に 残念」と述べていた。だが、この日の番組が積極的に有権者の選択に資するような報道を 提供していたとも思えない。モニター担当者が、「争点となっている問題を、有権者にわ かりやすく、私達の暮らしにひきつけて報道する機会を作ってほしかった」と記してい るように、日ごろ、日本の抱える問題に鋭く切り込んでいく「報道特集」の姿勢を評価し ている視聴者にとっては、期待外れの感があったのではないか。
「日曜報道」(毎週日曜日放送)
7 日、14日、21日と3回が対象となったが、選挙関連の報道は7日のみであった。 7 日は約50分(コマーシャル込み)を党首討論にあてていた。発言時間を一人1回30秒 以内とし、「韓国への輸出規制強化」「日米関係の今後」「年金、増税、今後の不安」の3つのテーマによって議論が交わされた。
モニター担当者の報告には、「発言を一人1回30秒以内としたため、少し議論がかみ 合った感があった。発言回数は安倍総理が圧倒的に多かったが、NHKの「日曜討論」ほ ど厳密な時間配分はなく、テーマによっては、野党の発言回数のほうが多かった。VTR レポートのうち、「年金・増税」では、市民のリアルな声を取り上げていたが、韓国への 輸出規制、安保など外交問題では政府寄りと感じた。キャスターの櫻井よし子氏やコメ ンテーターは、安保ではアメリカを重視し、年金・増税問題では、市民より政府寄りの目 線でコメントすることが目についた」、とある。
3 選挙の争点はどのように伝えられたか
選挙報道の中でも、争点について伝えることはテレビが最も適したメディアといえる だろう。言葉だけでなく、映像表現で様々な問題を訴えることが可能だからだ。個々の争 点報道についてみていく。
(1) 「憲法改正」問題
「ニュースウオッチ9」
「憲法改正」を争点番組として取り扱ってはいないが、折に触れて「憲法」に言及して いた。まず7月4日公示日の放送で、有権者が最も関心をもっている政策課題について 解説し、キャスターは「自民党の憲法改正の意欲にくらべて、世論調査では憲法が重要政 策課題と答えた人は6%に過ぎなかった。」と報告し、さらに「野党側は安全保障関連法 は憲法違反だとして、その廃止が優先課題だと訴えている」と解説している。
7 月9日の「党首の訴え 徹底分析」は各党党首の演説に使われている「言葉」の多少 を分析することで、その党が何を重点に訴えようとしているかを探ろうとした新しい手 法であった。分析結果について、担当した記者は「憲法という言葉を自民、共産、社民は 繰り返し使っている。ただ、安倍総理は憲法改正を議論する党かしない党か、と二者択一 を迫る言葉として使い、共産・社民は憲法改正反対という文脈で憲法を語っている」と述 べ、さらに「立憲、国民、公明、維新は、憲法という言葉を一言も使っていない」と解説 している。これは、きわめて興味深い結果である。言葉を量として捉え分析していく手法 がどの場合も有効とは思えないが、ここでは成功しているといえるからだ。
「報道ステーション」
7 月18日「『9条改正』各党は?」と題した番組を放送した。安倍総理の「国会議員と しての責任をはたして、議論する候補者・政党を選ぶのか、議員としての責任をはたさ ず、審議を全くしない政党や候補者を選ぶのか」という、「改憲」を説く極めて挑発的な 演説から始まったこの番組では、公明党の山口代表が「(憲法についての)議論を否定し ている政党はいない」と応じ、立憲民主党の枝野代表も「国民投票法に欠陥があるから改 正しようと議論を始めている途中。それをしないで自分たちのやりやすいことだけを採 決する。これでは前に進まない」と、安倍発言に真っ向から反対する意見を述べている。 また、共産党の志位委員長、社民党の吉川幹事長が主張する「問われるべきは安倍総理が 掲げる『9条改憲』の是非」であるという見解、日本維新の会の松井代表のように「われ われ以外の野党の人たちは妨害活動をして真面目に審議できない状況を作っている」と 改正論議に直接触れようとしないもの、国民民主党・玉木代表の「公平公正な国民投票を 実現するため資力・お金で差を出してはならない」と国民投票へむけてのコマーシャル をどうするかに言及した意見などを紹介し、「憲法改正」とはいっても、各党のスタンス が微妙に違うことを明らかにしようとしていた。
また、番組では「自衛隊を憲法に明記」と主張する安倍総理の発言をもとに、各党の考 え方をきいている。結果は「他の6党からは賛成という回答は得られなかった」という ものだった。公明党と日本維新の会は「どちらでもない」と答え、立憲、国民、共産、社 民の4党は「反対」と意思表示したことを、キャスターたちは、その回答の根拠として いる各党の主張とともに紹介した。
キャスターたちの報告を受けて、コメンテーターの後藤謙次氏は大要次のように結ん でいる。「今回自民党が過半数を獲得したならば、彼らは国民の信任を得たとして、憲法 改正に向けて次のステップに進むであろう。それは、自・公・維新という改憲勢力に、さ らにプラスアルファの勢力を加えて改憲へと向かうことである。ただし、各党改正の中 身はバラバラだから一気に発議にまでいくのはハードルが高い」。こうして、改憲論議の 現状だけでなく、選挙結果が憲法改正に大きくかかわってくることを明らかにすること で、有権者により多くの情報を提供しようとしていた。番組は7分10秒とさして長くな い。そのため各党の主張などに不十分な点は残ったが、それでも全体としては、有権者の 判断に役立つものとなっていたといえるであろう。
当番組は、このほかにも7月15日に放送した独自の世論調査のなかで、「憲法改正」 問題に触れている。キャスターが「憲法9条の改正については、“どちらかといえば“と いう回答を含めると、賛成33%、反対59%」だったと紹介した。これを受けて、後藤謙 次氏は「安倍総理自身が憲法改正を争点化したことで、今度の選挙を経て憲法改正の意 味合いが違ってきた。賛成が3分の2の議席を占めれば、総理はお墨付きを得たとばか りに次に進むだろうし、85が確保できなければ今後の政権運営にも影響を及ぼすことに なろう」と、今回の選挙の最大の争点は憲法改正であると強調していた。
「NEWS23」
憲法問題に触れたのは、7月18日の「異論・反論」の中でだけだった。このコーナー は、ある問題について街の人たちにインタビューし、その中から異論や珍論を集めて羅 列する1分30秒の番組である。「異論・反論 参院選の争点『憲法改正』を考える」と のタイトルで放送されたこの日の中身は、たとえば「女性:憲法改正は平和という9条 残して、悪いとこは変えた方がいい。男性:変わったらイコール戦争につながるわけでは ない。呼ばれたらいやだ、戦争に。変わっていやだとかはない。女性:改正って言ったら 軍事とか出て来るけど、日本の国はあまりになさすぎ。そうすると色々の国からバカに される。ロボットの時代だから日本もロボット作って、ロボットに戦争させればいい」と いった声を8人分並べた、まさに異論、珍論を羅列しただけで、「争点」とよべるような 内容ではなかった。
「NEWS ZERO」
「憲法改正」問題に関して一切言及なし
「サンデーモーニング」
ウィークリー番組ではこの番組だけが、選挙当日の放送で、各党の「憲法改正」に臨む 姿勢をごく短く解説していた。自民・維新:積極的に改正、公明:加憲、ただし9条堅 持、立憲:総理の解散権などについて論議を進める、国民:未来志向の憲法論議、共産・ 社民:改憲反対、がその要旨だった。
(2) 年金問題
7 月3日、政府の諮問機関である金融審議会は「年金だけでは老後の生活資金が2千 万円不足する」との内容の報告書を、麻生財務大臣に提出した。報告書は「100年安心年 金制度」を掲げてきた与党に衝撃を与え、一方野党は選挙の格好の争点との構えをとっ ていた。しかし、麻生大臣はこの報告書の受け取りを拒否。「年金不足問題」は無きもの とされ、討論が行われないまま選挙戦を迎えていた。
「ニュースウオッチ9」
前項で紹介した、憲法についての分析を試みた7月9日、党首演説から集めた言葉の 分析から「年金」についても解説している。ここでは、「年金」という言葉に関連して、 どんな言葉がよく使われたかを丸の大小で図示している。与党の場合、「年金」とともに よく使われたのは「財源」「運用」だった。野党はどうか。解説に当った記者は、「こちら も財源、あとは安心といった単語も一緒に使っている」と述べている。ところが、画面で 見る限り、安心と同じくらいの大きさで「マクロ経済スライド」が丸く示されているの だ。「財源」の丸よりはるかに大きい。記者は意図的にこの単語を外したのではないか。 としたら何のために?「野党は、高所得者や企業に対する課税の強化で財源を捻出する と訴えているんです」と解説しているだけに、「マクロ経済スライド」に触れなかった理 由が理解できない。
「NEWS ZERO」
公示日の7月4日「年金問題」だけに議題を絞った党首討論を放送した。このなかで 議論の中心となったのは、「100年安心年金」の根拠とされた「マクロ経済スライド」に ついてだった。マクロ経済スライドとは、その時の社会情勢(現役人口の減少や平均余命 の伸び)にあわせて、年金の給付水準を自動的に調整する仕組みだが、「この方式を撤回 せよ」と迫る志位共産党委員長、吉川社民党幹事長にたいし、「現在65,000円の給付水 準は、将来的に2,000円下がるだけで、63,000円を維持できる」とする安倍総理、山口 公明党代表の反論が際立っていた。 番組の中で、有働由美子キャスターは「財政検証」を俎上にのせた。これは年金の健康 診断ともいうべきもので、5 年に一度年金額と保険料のバランスの適否を公表するもの だが、通常6月には公表される報告書が、今年は選挙に至っても公になっていなかった。 「いまだ公表されていないのは疑問だ」と詰め寄る有働に対し、安倍総理は「これは政治的な問題ではない。単純に計算の根拠となる出生率の想定や、計算方式の変更で手間が かかっているだけだ」と釈明した(「財務検証」は8月27日公表された)。残念ながら、 この問題提起が党首間の議論に発展せず、やり取りはおもに総理と日本テレビ政治部長 との間で交わされただけだった。党首たちの拘束時間に制限があったのだろうが、この 問題に限らず、折角一堂に会したのだから憲法や消費税についての各党の見解も聞きた かった。
「報道ステーション」
7 月10日「参院選の争点 年金」とのタイトルで、年金問題を報じた。遺族年金で暮 らす高齢の女性の場合、非正規雇用で働く35歳の男性の場合と2つの例をあげている。 どちらも老後に備えた貯えはゼロであることを紹介し、とくに男性は結婚していること を明かしたうえで、ナレーションは「いま、非正規は40%で、将来低賃金、無年金の高 齢者が増加することが予想される。この夫婦も子どもをつくるのを諦めかけている」と 解説している。スタジオの富川キャスターは、パネルで「30代、40代の貯蓄額を見ると、 ゼロが23.1%、100万円以下が6割、一方、高齢世帯で収入が年金だけなのが51.1%だ と紹介し、図示された各党の低年金者対策を読み上げた。これを受けた後藤謙次コメン テーターは、「安倍総理は年金制度は大丈夫だというが、経済情勢は不確定だ。年金問題 は与野党を超えて、協議機関を作って新たな形を作ってほしい」とコメントしている。 調査報道を交えて、きわめてオーソドックスな作り方だが、各党の低年金対策を一つ の表にまとめてみせたのは、テレビの場合有効な方法であることを改めて感じさせた。
「NEWS 23」
年金問題に一切言及なし
「サンデーモーニング」
7 月7日の放送で、出演者の一人田中秀征氏が「財政検証」を取り上げ、「5年前は6 月には発表していた。それが出ていないのは、話題になってしまって出せないのじゃな いかと疑ってしまう。これが出ていないと、年金についての細かな議論ができないのだ から是非出してほしい」と訴えていた。
(3)消費税10%引き上げ問題
この問題を「争点」として取り上げたのは、「ニュースウオッチ9」だけだった。7月 10 日「参院選の争点 消費税引き上げ」として、新しい手法による分析結果を報告した。 「憲法改正」「年金問題」でも紹介したと同じく、党首たちの演説に使われた「消費税引 き上げ」にまつわる膨大な量の単語を分析し、与野党がそれぞれ何を争点にしようとし ているのかを探ろうとする方法である。 テレビ画面では、多く使われた言葉ほど大きな文字で表わされていた。この分析結果 から、与党が多く使っている言葉が「安心」「子育て支援」「応援」といった言葉だったこ とがわかる。担当した記者は「与党は、たとえ増税しても、安心な社会像をイメージでき るように、ポジティブな言葉を使っている」、と分析している。 一方野党側の特徴は、 与党が一度も口にしなかった「増税」という言葉が一番多かったことだ。記者はこれをも って「野党は、増税という言葉を使うことで、暮らしとか、家計への負担が重くなること を強調している」と解説している。
番組では、これに引き続き街の声や業者の声を賛成、反対の両面から多角的に拾って いる。ただ、解説部分では、与党が2.3兆円をつぎ込んで対応しようとしている景気落ち 込み防止対策が、きわめて具体的に語られるのに対し、野党の主張は「景気の恩恵は、優 遇を受けた大企業など一部に限られる」「大企業や富裕層への課税を強化することで、財 源を確保せよ」など、言葉の紹介だけにとどまっている。大企業優遇策とは具体的にどの ようなものなのか、過去消費税が5%から8%に引揚げられた時、どのようなことが起こ っていたのかなど、具体的な解説が加えられれば、有権者の投票行動により役だったの ではないだろうか。
4 野党統一候補を立てた一人区についてはどう伝えられたか
立憲、国民、共産、社民、それに「社会保障を立て直す国民会議」の4党1会派と市民 連合は、全国に32ある一人選挙区すべてに統一候補を立てることに合意した。事実上の 与野党一騎打ちの構図が出来上がったのだ。前回はこの方式で野党は11の議席を獲得し たが、前回より共闘の基盤が強化されたのは、ここに関わった政党、団体が13項目にわ たる「共通政策」に合意して選挙戦に臨んだことだった。この中には「安保法制廃止」「憲 法」「沖縄」「消費税」「原発」など国政の基本問題での共通の課題が含まれていた。
こうして出発した一人区を、各番組はどのように伝えたのか。「ニュースウオッチ 9」 がとりあげた「岩手選挙区」「徳島・高知合区」は、与野党両候補の主張を等分に取り上 げただけの、「選挙公報的な扱い」(モニター担当者の感想)でしかなかったので省略し、 NHK以外の局も報じた「秋田選挙区」と「福井選挙区」について述べることにする。
(1)秋田選挙区
東北6県の一人区で前回与党が勝利を収めたのは、唯一秋田選挙区だけだった。とこ ろが、今回与党にとって極めて不利な問題が発生した。新型防衛システム イージス・ア ショアである。防衛省はその配備先の一つを秋田市に確定しようと画策してきたが、そ のためのデータに不備が見つかったのだ。しかも、その謝罪・訂正のために設けた市民と の会合の席上、官僚の一人が居眠りをしていた事が発覚してしまった。その不誠実な態 度に住民は硬化する。選挙はそんな最中に行われた。自民党現職の中泉松司氏と、野党統 一・無所属の新人寺田静氏の事実上の一騎打ちとなった今回の選挙戦については、3番組 が取り上げている。
「ニュースウオッチ9」
7 月11日「参院選・与野党激突~秋田・岩手~」というタイトルで秋田をとりあげた。 内容は、中泉氏が「人口減少が続いているが、100歳まで生甲斐とやりがいをもって生き られる社会を目ざす」と決意を述べたのに対し、寺田氏が「住宅密集地、学校や福祉施設 もあるところにミサイル基地を置くことは出来ない」と主張しただけで、基地がどんなところに作られるのか、その周辺の映像もなければ、住民の反応も伝えていない。ごく型 どおりに両者の意見や選挙運動を紹介したに過ぎない。モニター担当者は「選挙公報、政 見放送と変わらない印象を受けた」と語っている。
「報道ステーション」
7 月11日秋田選挙区を取り上げ、取材者は中泉氏にストレートに「イージス・アショ アの配備に賛成か反対か」を問いかけている。中泉氏は「これまでのイージス艦による防 衛だけでは不十分だということが、国会の論戦でも明らかになっているのだから、私は 配備に賛成だ」と明言している。一方寺田氏は「もしイージス・アショア問題がなかった ら、私は立候補しなかった。私は息子にイージス・アショアのある秋田を手渡したくな い」とその胸のうちを明かしている。この番組は、候補者本人へのインタビューを中心 に、二人の選挙運動を織り交ぜただけで、構成要素は「ニュースウオッチ9」とほとんど 変わらない。にもかかわらず内容は「ニュースウオッチ9」より候補者の立ち位置が明確 に示されている。コメンテーターの後藤謙次氏は、イージス・アショアの背後には、人口 減少に悩む東北の都市問題もあると補足している。同じ題材を扱いながらも、制作者の 問題意識の差によって、内容は全く違ったものになってくる。
「NEWS23」
3番組のなかで最も豊富な映像を使っていた。7月15日放送の「参院選注目区 秋田」 には、中泉氏応援のため駆けつけた、菅官房長官や安倍総理が登場する。それを警備する ために休日出勤した警官たちの姿も映し出される。イージス・アショアが配備させるこ とになっている新屋勝平(あらやかつひら)地区とはどんなところかも映像で紹介し、こ の勝平地区に16ある自治会の区長たちが、今回の選挙にどういう態度で臨むのか、臨時 に召集された区長会も取材している(ちなみに、自治会が出した結論は自由意思にまか せて強制はしないということだった)。 一方、候補者たちの言葉としては、中泉氏の「ふるさとを護るために必要なのは、予算 と政策」という部分と、寺田氏の「私が背負ったものは、この選挙でほかのだれにも背負 えないものだ」という意味深長な発言を取り上げている。
寺田氏は、「東京から来る人に はわからない、貴重な秋田県民の声」を尊重するとして、中央からの応援をすべて断って いた。 モニター担当者は「自民党候補と野党統一候補の運動の進め方の違い、それらを受け た県民の思いなどを子細に調べて報告すれば、もっとリアルな政治の断面が描けたと思 うのだが」とのメモを残しているが、3番組のなかでもっとも要素的には充実していただ けに、もう一歩深みへと進んでほしかった。
なお、「ニュースウオッチ9」「報道ステーション」が寺田氏を「野党統一候補」と紹介 しているのに対し、「NEWS 23」は「無所属」としか紹介していない。その理由は不明で ある。
(2)福井選挙区
「NEWS 23」 は、7月10日「カギにぎる一人区の野党共闘」と題して野党共闘の実際に迫ろうとしていた。福井選挙区は、32ある一人区の中で唯一共産党公認の山田和雄氏 が、野党共闘の候補として立候補した選挙区だった。対するのは自民党の滝波宏文氏。番組 は型どおり両候補の主張、応援に駆け付けた中央の大物たちの応援演説が紹介されている が、最後の部分に党首討論の一部が挿入されている。
安倍総理「安全保障の根本を横に置いて、統一候補っておかしいでしょ。枝野さん、福井 に住んでいたら共産党の候補に入れるんですか」。
枝野立憲代表「安保法制は違憲である、ということできちんと合意している。福井県民な ら野党統一候補に投票します」。
これを受ける形で、小川彩佳キャスターは「共産党の候補を立憲民主党が応援している。 これを自民党が批判しているわけですが…」と切り出した。小川キャスターの問いに星コ メンテーターが答えた言葉は、「結局見切り発車になってしまった選挙区がある。ですから、 憲法、自衛隊で隔たっている共産党を、枝野さんが応援することになっているわけですが」 というものだった。
この内容は明らかにおかしい。星氏の言わんとすることを要約すると、 「結局、準備不足だったから、立憲民主党が共産党を応援するという『まずい、特異な』こ とが起こってしまった」と受け取とられかねないからだ。 ならば、立憲の候補者を共産が応援することをどう考えるのか。野党統一候補誕生の裏 には、市民と政党との合意事項があった。星氏に限らず、野党統一候補を語る場合、その持 つ意味と可能性についても語ってほしかった。
5 政治的公平は保たれていたか
(1) 党首演説の時間配分
「ニュースウオッチ9」が選挙期間中その大部分を党首の演説にあてていたことは第1 章で述べた。問題なのは、放送に際して議席数によって時間配分に差をつけていた事で ある。
まず、7月4日公示日の「各党首の訴え」では、自民56秒、立憲40秒、国民37秒、 公明35秒、共産30秒、維新30秒、社民17秒であり、自民は社民の3.5倍ある。これ から一斉に選挙戦が始まるという時点で、こうした措置は公平なものといえたのだろう か。選挙戦中盤の15日放送された「党首の訴え」でも同様な措置がとられていた。しか も、この時の党首の演説は全体で5分弱。選挙関連の報道としては短すぎる感がある。
期間中もっとも問題とすべきは、3日間にわたって報じた「密着 党首の選挙戦」だ った。この企画では、演説だけでなく、党首の私生活にわたる部分まで、様々な顔を伝え ようとするものだったが、政党による時間差は、自民が社民の3.6倍にもなっていた。 すなわち、自民5分31秒、立憲2分46秒、国民2分40秒、公明2分35秒、共産2分 17 秒、維新2分15秒、社民1分31秒というもので、この結果、安倍総理の行動には、 大学生との対話、私生活でのメダカのえさやりまで実に多岐にわたっての紹介が可能に なっている。他の党首の私生活部分も紹介されてはいるが、その差は歴然としている。こ うした企画こそ、それぞれの党首の人間性にも触れることのできる好企画のはずだ。民 放各社の番組がこれほど厳密な差をつけていなかったことから見ても、NHKのとった措置は、公平に見えてその実きわめて不公平な結果を生んでいるのではないか。企画によ って、もっと柔軟な対応をしてもよかったのではないか。
(2) 政党要件を満たさない団体の取りあつかい方
「れいわ新選組」「NHKから国民を守る党」は、ともに政党要件を満たしていない として、選挙期間中テレビメディアはほとんどその活動の様子を伝えなかった。にもか かわらず、「れいわ」は比例区で228万票を獲得して2議席を得、「N国党」は98万7千 票余りの票を集め、1議席を獲得した。
映画監督の想田和弘氏は、山本太郎現象をテレビが報道しないことを批判している。 その要旨は、もし、政党要件を満たしていないことや特定の政治団体を取り上げること の不公平が理由であるならば、今後、「いくら画期的で新しい政治現象が出てきても、テ レビは一切無視するしかなくなる」。そんなことでテレビはメディアとしての役割を果た していると言えるのか。結局のところ、「政治に対して最も影響力があるテレビというメ ディアは、『公平性』を装いながら、実は既成の勢力に味方し、真新しい勢力の参入を拒 んでいる」(7月31日「東京新聞」〈論壇時評〉に中島岳志氏が引用)というものであっ た。
この件に関しては、モニター担当者も、「新しく立ち上がった政党の本質を見抜く目と、 それを放送にのせる合意を手にしない限り、結果的にどのメディアも『比較大政党』の主 張や動きを優遇することになっていくのではないか。そして、実際そうなっていた」と、 想田氏と同様な感想を寄せている。
とくにテレビメディアは、今後同様なケースが生じた場合どう対処するのか、その対 策を早急に考える必要に迫られているのではないか。
なお、モニターした各番組が「れいわ新選組」について触れたのは、いずれも投 開票が終わった翌日、22日のことだった。
だが、「既存の政党に満足できない有権者の受け皿になった」(「ニュースウオッチ 9」)、「出口調査からみると、無党派層の10%はれいわ新選組に流れている」(「報道 ステーション」)といった分析結果は報じられているものの、テレビメディアがこの 党について、放送しなかったことについては、どの番組も言及していない。
ただ、「報道ステーション」で、後藤謙次コメンテーターが、「永田町では政治は変え られぬ、という不満を持った人がこの党の誕生を促した」とし「今回は小型台風だった が、次の衆議院選挙では大型台風になる可能性を秘めている。1992年日本新党ができた 時、翌93年には衆議院で細川さんが総理大臣にまでなってしまった」との過去の例から 「次の衆議院選挙でれいわ新選組が大化けする可能性がある」と発言していたことは、 この党の今後に触れている点で、注目すべき言葉であったろう。
6 各番組は選挙結果をどう伝えたのか
モニターした番組は、今回の選挙結果をどう伝えたのだろうか。7月22日放送の 各番組から3点に絞って検討していく。
(1) 低投票率とテレビメディアの責任
今回の投票率、48.8%は戦後二番目に低い数字だった。これについて、多くの識者が テレビメディアにその責任の一端があると指摘している。脳科学者の茂木健一郎氏は 7 月21日ツイッターで、低投票率について「選挙期間中、政策論争や、候補者の人となり とを、多角的に分析し、質、量ともに充実したニュースとして報道してこなかったNHK, 民放は何を思う?少なくとも一部分は自分たちのせいだと恥じ入らないのか」とツイー トしたという(7月27日「しんぶん赤旗」〈レーダー〉)。
モニターした番組は22日の放送でその点に触れていたのだろうか。
「ニュースウオッチ9」
担当の記者は、低投票率は6年前から続いていて、毎回50%台前半で推移してい たことをあげ、民主党政権から再び自公政権に代ったあとも、与野党ともに十分有権 者を惹きつけられていないのではないか、と解説したが、メディアの責任については 一切述べていない。それはキャスターたちについても同様である。
「NEWS ZERO」
櫻井翔キャスターがボードで、戦後2番目に低い投票率だったことを紹介。それ を受ける形で、有働由美子キャスターが「メディアの伝え方に至らないところがあっ た」と反省の言葉を述べている。ただ、この言葉は同席した出演者に共有されること なく、彼女の独り言のような形で終わってしまっている。
「報道ステーション」
一切言及なし
「NEWS 23」
ボードで3年前より5,9ポイント低くなって48.8%になったことをナレーション で紹介したのち、小川彩佳キャスターは、「お伝えの仕方を考えなければならないと ころがあるかな、と個人的には考えます」と発言している。わざわざ「個人的には」 と留保をつけながらも、選挙報道に問題があったとも受け取れる言葉を残したこと は印象に残る。
また、この日エンディングテーマにのせ、星コメンテーターは「過去を見ると、 政権に対するチャレンジャー、安倍総理に対抗する力や、野党が弱い場合は、投票率 が低い。自民党の中でも、挑戦者に奮起を促したい」と発言した。ある意味、的を射 た言葉といえるが、選挙報道の少なさについての自身の責任には触れなかった。
(2) 一人区の選挙結果についての評価
「ニュースウオッチ9」
候補者を一本化したことで、政権への批判の受け皿として機能したと評価している。
また、今回の成果を受けて、衆議院選挙へ向けての動きは進展するのかというキャスターの質問に、記者は「衆議院は小選挙区制なので、野党側はさらに連携を強化していく考 えでいる」としたうえで「『れいわ新選組』と連携したいという動きも出ている」と付け 加えている。しかし、「衆議院選挙は政権選択選挙なので、現政権に対抗できる選択肢を、 一致して提示できるかどうかが課題となるだろう」との発言は、当を得た言葉であった。
「NEWS ZERO」「報道ステーション」
言及なし
「NEWS 23」
新潟選挙区で、野党統一候補が現職の塚田元国交副大臣を破った、という事実を伝え ただけで、野党統一候補についての評価は一切なかった。
一人区報道の場合、単なる与野党対決という捉え方だけでなく、改憲勢力が3分の2 を割り込んだという事実の要因に、一人区での野党統一候補の善戦があったことが、も っと強調されてもよかったのではないか。さらに、統一候補誕生の背景には、改憲反対を ふくむ市民連合と野党との合意事項があることにまで言及されれば、より正確な情報を 視聴者に提供することができたはずである。
(3)与党の獲得議席数と改憲への動きについて
「与党は過半数を大きく上回る議席を獲得したが、改憲に必要な3分の2には届かな かった」あるいは「与党は過半数を大きく上回る議席を獲得したが、自民党単独では9議 席減らしている」。今回の選挙結果について、自民党の議席数をどう捉えるかで、表現も 将来予測も違ってくる。各番組は新しい勢力図をどう受け止め、政権運営の今後をどう 見ているのだろう。
「ニュースウオッチ9」
キャスターは「改選の発議に必要な参議院全体の3分の2を割り込む結果になった」 との言葉を使い、記者も「自民党は改選前から9議席も減らすということになった」こ とを強調している。それは安倍総理の掲げた「憲法改正」への動きが今後どうなるかと関 連するからだ。 記者が注目したのは、安倍総理が国民民主党を取り込もうと画策しているということ だった。それは立憲民主党との仲を分断する狙いでもあるとも語っている。今後の政局 を監視するうえで重要な指摘といえるだろう。
「NEWS ZERO」
言及なし
「報道ステーション」
冒頭「自民は開選前から9議席減らした。しかし与党は改選議席の過半数を獲得した」 として、憲法改正へ向けての安倍総理の意気込みをVTRで紹介している。続いてナレー ションで、「安倍総理が残り2年ほどの任期のうちに、憲法改正についての国民投票を実 施することを目指している」、と伝えただけで、それ以上踏み込んだ解説はしなかった。
「NEWS23」 小川キャスターが「自民が9議席減らしたことで、自民全体では単独過半数に届かな かった」ことを紹介したのに対し、星コメンテーターは「その分公明党の発言力が増す。 公明党は改憲にも慎重な立場だから、改憲にも影響を及ぼす」と解説している。
これは重要な指摘である。自民党が単独過半数を確保できなかったことは、単独で法 律を作ることができないことを意味するからだ。星氏には上記解説に加えて、自民党は 公明党なしでは法律を作れないことを、明言してほしかった。 改憲勢力が3分の2に4議席足りないことについては「ひとつは国民民主党に手を突 っ込んで、改憲に同調を求めること、もう一つは自民党の改憲案を改めて、野党が乗りや すいようにすること」が考えられるとしている。「憲法改正」に執着する安倍総理の今後 の動向を注視するうえで参考にすべき言葉であろう。
以上3点について検討したが、この日の各番組の全体については以下のようにまとめ ることができるであろう。「ニュースウオッチ9」は全体への目配りがきいて、近い将来 行われるであろう衆議院選挙での野党共闘の在り方にまで踏み込んで伝えていたことは 評価できる。同様に「NEWS 23」 も主要な内容を要領よく伝えていた。一方、「報道ス テーション」は選挙中報道されなかった「れいわ新選組」に主眼をおいて報道し、「NEWS ZERO」は、安倍総理や小泉進次郎氏の談話を紹介するなど独自のまとめ方をしていた。
おわりに 選挙報道の根本に立ちかえれ
私達は今回のモニター活動の総括として、「選挙報道の後退」を指摘した。しかし、私達 がモニターの対象としなかった番組の中に、選挙期間中大いに気を吐いていた番組があっ たのだ。「羽鳥慎一モーニングショー」(テレビ朝日系 毎週月~金 朝8時からの生放送) である。当番組は公示日以降、ほぼ毎日30~40分、消費増税、年金などをテーマに専門家 を招いて掘り下げ、各党の主張を紹介している。しかも、視聴率(関東地区、ビデオリサー チ調べ)は連日9%台を記録し、憲法改定に絡む「緊急事態条項」を取り上げた祝日15日 の放送は、番組開始以来2位の11,2%を記録したという(7月19日「朝日新聞」〈Media Times〉)。
「緊急事態条項」とは、「大災害や武力攻撃などによって国家の秩序などが脅かされる状 態に陥った場合、政府などの一部機関に大幅な権限を与えたり、人権保障を停止したりす る非常措置をとる」ことを決めた規定をいう。しかし、内閣に強大な権限を集中するこの条 項は、運用を誤ればファシズム国家への道を拓く恐れもある。その「緊急事態条項」を、自 民党は「9条への自衛隊明記」と並んで、憲法改定の最重要項目と位置付けているのだ。
この日の番組では、スタジオに政治ジャーナリストの田崎史郎氏と憲法学者の木村草太 氏を招き、VTRではこの条項に賛成、反対双方の憲法学者の主張を紹介しながら、40分以 上をかけて多角的に議論が交わされていった。
この日の視聴率が11%を超えたという事実は、選挙報道のあり方を如実に示しているといえるのではないか。担当したプロデューサーも「選挙に関する有権者の知りたいという 欲求をたしかに感じた」と話している(前掲「朝日新聞」)。独自の争点設定による、独自の 企画と取材、多角的な視点からの争点の掘り下げ、そうした「有権者の判断に資する」良質 な選挙報道を有権者は望んでいるのだ。
今回の低投票率の一因にテレビメディアの責任がある、と指摘する識者は少なくない。 争点を避けた報道、選挙関連の報道の減少、それらが有権者の投票行動を鈍化させていた と考えるからだ。「羽鳥慎一モーニングショー」はそうしたテレビメディアの大勢に抗った。 モニターした番組のキャスターの中には、有働キャスター(NEWS ZERO)や小川キャス ター(NEWS 23)のように、今回の低投票率と番組のあり方に思いをいたす人たちもいた。 「報道特集」の金平キャスターは投票日前から低投票率と選挙報道の減少を気にしていた。 その反省に立てば、この「モーニングショー」の存在は大きな励みになるのではないか。
近い将来、衆議院選挙が実施される公算もある。その際、今回の轍を踏むことなく、選 挙報道の本来の使命に立ちかえり、有権者の判断に資する良質な番組が提供されることを 切に希望したい。
とりわけNHKに要望したい。NHKの受信料制度は、国家権力からも企業の支配からも 自由に、独立、自律的に放送事業を行なうために生れた制度である。国政選挙のような民主 主義の発展に貢献できる機会こそ、その真価を発揮すべき時であろう。
放送法には、「放送に携わる者の職責を明らかにすることによって、放送が健全な民主主 義の発展に資するようにすること」(第1条3)とある。放送には「民主主義に資する」責任 があるのだ。選挙報道は、放送が民主主義の発展に貢献できる最も重要な機会である。それ はNHKも民放も同じである。
有権者は良質な選挙報道を欲している。それを忘れてはならない。
表1~4