語る会モニター報告

      安保法案の国会審議・テレビはどう伝えたか
            中間報告・511日~624
                         
                         2015819日 放送を語る会

   はじめに

 
 安倍政権は2015年7月15日、集団的自衛権の行使容認の閣議決定に基づく安全保障関連法案(以下、安保法案)を衆議院特別委員会で強行採決した。
 現在、審議は参議院に移っているが、この法案が成立すれば自衛隊の軍事行動がアメリカと共同で世界のどこでも可能になるという、戦後日本にとっては重大な転換点を迎えることになる。 この戦後未曾有の平和の危機にあたって、ジャーナリズムの役割である権力の監視という自覚と覚悟を持った報道が遂行されるかどうか、ぜひ見届けなければならない。
 
 私たち「放送を語る会」は安保法案閣議決定前の5月11日から国会審議終了まで、各テレビ局のニュース番組をモニターすることに決めた。対象とした番組は、
       
       ○NHK「ニュース7」「ニュースウオッチ9」
      
テレビ朝日「報道ステーション」
      
TBS「NEWS23」
      
日本テレビ「NEWS ZERO」
      
フジテレビ「みんなのニュース」
 
いずれも、各局の代表的なデイリーのニュース番組である。モニターの方法はそれぞれの番組に担当者を決め、放送日ごとに内容の記録と担当者のコメントの報告を求めるというもので、その記録はメンバー全体で共有した。これはこれまでの当会のモニター方法と変わりはない。
 本報告は中間的な性格のものである。今回、予想されるモニターの期間が4ヶ月以上と長期にわたるため、とりあえず国会が延長される前6月24日までの報道に限定して検証した結果を報告することにした。
 この期間のテレビ報道を振り返るだけでも、安保法案審議に対するテレビニュースの基本的な特徴や問題点がある程度明らかになると考えるからである。
 なお、国会審議関連のテレビ報道全体に関するモニターの結果は、国会終了後にとりまとめて報告することにしたい。この中間報告では次のような視点で、この間のニュース番組を検証した。
 1) ニュース番組が政治の動きを単に伝えるだけでなく、安保法案にかかわる事実の掘り下    げと検証を批判的に行っていたか。
 2) 法案に反対する声や反対運動が公平に取り扱われて、きちんと伝えられたか。
 3) テレビ局独自の調査報道があったか。
 とくに最近批判の高まっているNHKの安保法案報道については、民放のニュース番組との比較の中で検証することを試みた。

1
.国会審議前・各局は「法案」をどう見たか

 
 「安保法案」は「集団的自衛権行使容認」の閣議決定に基づいて、「自衛隊法」や「PKO協力法」などの現行10法の改正案をひとまとめにした「平和安全整備法案」と、いつでも、どこでも、他国の軍隊を自衛隊が支援・協力出来るようにする新法案「国際平和支援法」の2本。
 それらが5月11日与党間で合意され、14日には閣議決定されて国会に提出された。

 5月11日放送のTBS「NEWS23」は、この「安保法案」に対する最新のJNNの世論調査の結果を「法案に賛成が35%、反対が50%」と伝え、法案の分厚いコピーを手にした、番組のアンカー毎日新聞特別編集委員の岸井成格氏は次のように述べた。
 「こんな厚い法案見たことない。これは事実上の憲法改正だし、安保条約の改定と言っていい。普通の国会や政治の常識からすると、二つか三つの国会を跨いで審議する内容だ。ちょっと急いでいるところがある」

 岸井氏が実質的な憲法改正だと見るこの「安保法案」を、NHK「ニュース7はこの時点でどういう視点で、どう解説したか。
 5月11日は7分あまり、14日は20分も時間をかけて、いずれもCGやパネルを駆使して政治部記者が法案の内容を説明した。
 その中で記者は「今回の法整備のねらいは、平時から有事までキメの細かい安保体制を作り、抑止力を高め紛争を未然に防ぐことにある」と述べた。しかし、視聴者の多くは創設以来一人も殺さず、殺されていない自衛隊がこの法案の実現でそれでは済まなくなるのではないか、と言う不安を持っているはずである。解説にはこうした視聴者の不安に応えようとする視点が欠けていた。
 さらに記者の解説は、安倍首相の発言「今回の法整備により国連のPKO活動などで、自衛隊も活動範囲が拡大され、世界の平和と安全に対する貢献が可能になる」のコピーでしかなかった。

 NHK「ニュースウオッチ9」はどうだったか。
 11日は与党協議をふり返った内容で、合意に至る自公両党の思惑や攻防をめぐってアナウンサーと政治部記者が解説したが、攻防の結果への論評や問題点の指摘が不十分で、法案がもたらす今後についても「日本の安全保障政策の大きな転換点になる」というだけで、憲法との関係も追及されないままだった。
 5月14日の放送も番組冒頭でキャスターが「この法案で、新たに何が出来るようになるのか具体例で」と前置きしたにも関わらず、その中身は政治部記者が、模型を使って安倍総理が説明した「米艦船防護」の例を再度説明し、「後方支援」「弾薬提供」「自衛隊の武力行使」「集団的自衛権の限定的行使」などを政府案に添って解説したに過ぎず、国民一般が抱く不安や疑問は扱われなかった。
 同じ11日のテレビ朝日「報道ステーション」は、コメンテーターの首都大学東京准教授の木村草太氏に、この法案に関る閣僚や政府関係者の憲法解釈の曖昧さを批判させている。木村氏は「彼らの間では、原油が枯渇するという経済的理由でも機雷掃海が出来るとか、日米同盟が揺らぎそうだと自衛隊の武力行使が出来るとか、簡単に憲法の枠組みを踏み外す言説が安易に飛び交う」と批判し、その上で、「この法案の審議に入るのはたいへん危険だ」と警告した。
 また、木村氏は「イラク戦争の時、日本は航空自衛隊による兵員輸送という憲法違反行為までやっていた。その責任は誰がとったか、曖昧なままで検証もしていない」と述べ、さらに「そのような無責任の中で、この〝安保法案〟のように後方支援を拡大してしまうことは、無責任な武力行使が止めどなく広がる可能性がある」と厳しく批判した。
 この時期、こうした原則的な批判を語らせた「報道ステーション」の姿勢は評価に値する。

 5月14日の「NEWS23」は、官邸前のデモの様子を導入にして、安保法案の閣議決定を報じた。
 この日の内容は構成・演出とも多彩で、官邸前だけでなく大阪や九州・沖縄にまで取材を広げて、法案反対を叫ぶ人々の声を集めていた。放送では「アメリカと一緒に戦争をやる、まさに戦争法案だ」(官邸前、男性)「急に解釈改憲したり、自衛隊のあり方を変えたり怖いわね」(官邸前、女性)「戦争という名は付いていないが、これは明らかに戦争法案だ」(長崎、男性)といった声が紹介された。
 またこの日の放送には他局には見られない演出もあった。「自衛隊の活動範囲が世界規模に拡大した」「武力行使が出来る」「戦争する他国への支援も可能に」など、「安保法案」の骨子を、わかりやすく8項目にイラスト化し、それを街頭に持ち出したのである。このイラストを行き交う人々に示し、市民参加のクイズ・ゲームよろしく○×で正解を探しあう等、法案への関心を高める工夫が見られた。
 このあとスタジオでは、岸井成格アンカーがあらためてこの法案が事実上の「憲法改正」であり「安全保障条約」の改定に等しい、と主張した。また、首相官邸キャップ岩田夏弥記者は、「政府の言う〝歯止め〟など、野党は全く信用していない」と報告。法案の頭に「平和」と付けたのは、国民に耳障りがいいようにという、国会提出前の〝俄か仕立て〟だという自民党幹部から取材した内輪話も披露した。
 さらに岩田記者が、「日本が集団的自衛権を行使することは、アメリカの戦争を飛び越えて、日本自身の戦争になってしまうことを意味してはいないだろうか」と強い危惧を表明していたのが注目された。
 この日の「NEWS23」には、自衛隊の活動が拡大する可能性を8項目で解説するなど、法案の核心部分に迫る努力がみられた。担当記者の姿勢も、政府の主張を伝えるだけの解説にとどまらず、批判的に事態を伝えようとするものだった。


2.党首討論から審議開始までのテレビ報道

 「安保法案」は5月15日に国会に提出され、国会の審議は5月20日の党首討論からはじまった。
 5月20日の「ニュースウオッチ9」は、1年ぶりの党首討論を8分あまりで伝えたが、時間が短く、各党首の主張を充分伝えたとは言えず、安倍総理の答弁を大事に扱ったあまり各党首の発言時間が縮まり、各党首の主張がいずれも舌足らずに終わっていた印象は拭えない。
 時間配分を見てみると、民主党岡田克也代表の質問3回分(53秒)VS安倍答弁3回分(1分26秒)、維新の党松野頼久代表の質問(54秒)VS安倍答弁(37秒)、共産党志位和夫委員長の質問(14秒)VS安倍答弁(38秒)という結果だ。すなわち、岡田代表の質問時間に対し安倍総理の答弁が1.5倍、志位委員長の質問に安倍総理の答弁は3倍近い時間を割いている。編集が政府寄りの時間配分だと言うべきだ。
 スタジオでは「海外派兵はしない」「他国の領土、領海、領空で武力行使はしない」という首相の発言と「ホルムズ海峡での機雷除去はやる」という答弁の矛盾についての批判的論評は一切見られなかった。
 番組の最後に1分半もかけて、各党の議員にこの日の討論の感想を聞いていたが、討論内容は視聴者・国民向けなのだから視聴者がどう受け止めたかが問題にされるべきで、その分もっと伝えるべきことが伝えられていない感じを強くした。
 また志位委員長のポツダム宣言に関する質問に、安倍首相が「つまびらかに読んでおりませんので、承知はしておりません」と答えたのは重大なできごとだったが、このやりとりは放送されなかった。

 同じ20日のフジテレビ「みんなのニュース」は、3野党の党首の発言について音声入りで伝えたのは民主党の岡田代表の質問だけで、維新の松野代表と共産党の志位委員長の発言は、スタジオのキャスターがコメントで簡略に伝えただけという、乱暴で差別的な扱いだった。しかも、トータルで1分40秒の長さは党首討論の内容・雰囲気を紹介するには短すぎる時間だった。

 対照的なのは「報道ステーション」520日の放送だった。
 「ニュースウオッチ9」では伝えられなかった内容も含め、17分という長さで討論の重要な部分を報じたことは評価できる。その中で、民主党岡田代表の、自衛隊の武力行使が相手国の領海、領空に及ぶのではないか、という追及、維新の松野代表の、自衛隊が戦地に送られる可能性を秘めた10本もの法案は慎重審議を、という主張などを伝えた。
 とくに共産党志位委員長の、過去の戦争は間違った戦争という認識はあるのか、という追及と、ポツダム宣言を「読んでいない」という安倍首相の答弁を逃さず報じた編集はNHKニュースとは大きく違っていた。

 5月26「ニュースウオッチ9」は総量で15分の時間を使い、与野党の代表質問と、それに対する安倍首相の答弁をすべて取り上げた。しかし、時間配分で見ると、政府与党の主張・見解が野党の3倍に相当する。スタジオのアナウンサーの解説、政治部記者による各党の代表質問の解説も、答弁の矛盾点や疑問、異なる視点などに全く触れていなかった。

 おなじ26「みんなのニュース」16時過ぎから4分9秒、夕方6時近くに1分53秒と、2回に分けて放送した。野党3党代表の質問はいずれも、法案の根幹にかかわる内容なのに、ニュースでは民主党の枝野幹事長の質問しか扱わず、維新・太田、共産・志位両氏の質問は紹介すらしなかった。
 しかも、16時台と17時台後半の2回、同じ内容を繰り返したうえ質疑の内容は自衛隊員のリスクと他国領域での集団的自衛権行使の可能性だけに絞って伝えた。しかし、太田、志位両氏の質問はこのほかにも、安保法案に対する国民の不信感が多い実情をどう考えるか、また、米軍の戦闘行為に無限定に追随し自衛隊も戦闘に巻き込まれる危険性をどう考えるかなど、多岐に亘っていた。問題を多角的に伝えることをうたった放送法の精神からも外れていて、恣意的な伝え方という感じだった。

 5月29日の衆院特別委員会は、岸田外務大臣が野党の質問に明確に答えなかったため、野党議員が抗議して退席し、散会となった。 
 「ニュース7」
がこの動きを伝えた時間は僅か1分足らず、この番組をモニターした担当者は、なぜ散会したかNHKニュースでは分からなかったと報告している。岸田外務大臣は、前日28日、1998年に外務省局長が国会で答弁した内容、「軍事的な波及がない場合は、『周辺事態』に該当しない」について質問され、この見解は現在も維持されている、と答えた。
 29日の委員会で、民主党の後藤祐一議員が、再度、「この見解は維持されているか」と外相に質した。ところが、外相は、後藤議員の再三の質問にまったく答えず、一方で、外務省局長の答弁の中から、「周辺事態の認定にあたっては経済面だけでなく軍事的な観点も含めて総合的に判断する」という部分の引用を繰り返した。またその後1999年に政府が統一見解を作成したとし、現在維持されているのはその政府見解だと主張した。この日の外相の答弁は、論点をずらし、回答を回避することで、前日の答弁を事実上修正するものだった。野党の反発は当然と言える。
 98年の政府答弁が現在も維持されている、とすると、経済的理由だけでは武力行使できないことになる。外相はそれはまずいと考えて答弁を変えたものとみられる。このような重大な議論の内容をきちんと伝えない「ニュース7」は問題だった。

 6月1日の衆院特別委員会では、自衛隊の活動範囲拡大でリスクが増える、増えないが問題になった。この日、「報道ステーション」コメンテーターの憲法学者、木村草太氏は「憲法が認めているのは、日本の自衛のための武力行使だけ。攻撃の意志のない国に攻撃できるわけがない。新3要件を、攻撃できる条件とするのなら、違憲で無効です。政府は即座にこの法案を取り下げなくてはいけない」と主張。結論として、「今からでも遅くない。この安保法案は、いったん取り下げて1本、1本区切って幾つもの国会審議をまたいで審議すべきものだ」とコメント。その指摘は極めて妥当で、かつ鋭かった。


3. 憲法学者による「違憲」発言の波紋

新聞報道によれば、「人選に失敗したか」と、ある自民党幹部がもらしたという。6月4日、衆議院憲法審査会で、与党推薦の参考人を含む3人の憲法学者全員が、「安保法案は“違憲である”」と衝撃的な証言をした。
 この3人の参考人は自民・公明党推薦の早稲田大学法学学術院教授長谷部恭男、民主党推薦の慶応大学名誉教授小林節、維新の党推薦の早稲田大学政治経済学術院教授笹田栄司の各氏。
 それぞれ主張に共通していたのは、安保法案は憲法違反であり、従来の政府見解の基本的論理の枠組みでは説明がつかないし、法的安定性を大きくゆるがすという論旨だった。
 各放送局の各ニュースは、6月4日の出来事をどう伝えたか。この件を放送しなかった「みんなのニュース」以外の各ニュース番組の内容は、以下のようであった。

 「ニュース7」、「ニュースウオッチ9」この二つの番組はほぼ同じ内容で、憲法学者の発言を紹介した後に、菅官房長官の談話「憲法解釈として法的安定性や、論理的整合性は確保されているから違憲という指摘は当たらない」を付け加えた。

  安保法案が違憲だという重大な提起に対して単に両論を併記してバランスをはかるというだけでなく、有識者の見解や市民らの反応など、掘り下げた取材があってしかるべきであった。

 日本テレビ「NEWS ZERO」
は3人の学者の発言を短く伝え、加えて菅官房長官の「全く違憲ではない、と言う著名な憲法学者は沢山いる」という会見を放送した。またテレビ朝日「報道ステーション」は「憲法違反」だという長谷部発言を短く放送した後、自民党のベテラン議員の発言「とんでもないよ。これは相当やばいね」「マスコミは挙って報道し、そんなもの成立させていいのか、と当然なるだろう」などの発言をつけ加え、与党側が招いた参考人さえも安保法案を違憲としたという皮肉な出来事を伝えた。
 両番組ともこの時点では重大事であるという認識が薄かったという印象だった。

 「NEWS23」
がこの問題を報じたのは4分半。内容的には各局とほぼ同じだったが、「専門家の3人が下した違憲の判断は、今後の国会論議でも大きな影響を及ばしそうだ」とのナレーションのあと、スタジオで岸井成格アンカーが次のようにしめくくった。
 岸井「これは安保体制の法案の大きな節になるかもしれない。なんでそんなに急ぐのか疑問だったが、審議につれて違憲状態がはっきりしてくる前に、決めてしまいたいという与党側の意図が、透けて見えてくる」「3人の証言は学者の良心を示したと思う。一方、政府与党として、この見解を認めたら法案審議は進まなくなるし、場合によっては政府は大打撃を受け、命運にもかかわってくる。だから、どうしても認めるわけにはいかないところに追い込まれた」

 ―― 以上が6月4日、3人の憲法学者の「違憲発言」当日の各局の「ニュース報道」だった。
 そして6月5日以降、引き続き各メディアに要求されることは判然としていた。「違憲発言」をどう評価し、そこから導き出される判断は何か、国民がこれからどうしたらよいか、考える材料を十分に提供することが出来るかどうかであった。

 そのことを、まずNHKのニュース番組について見てみよう。
 「ニュース7は、翌日の6月5日、6日、7日、8日に至っても、「違憲発言」問題を6月4日から継続してフォローする作業をしなかった。
 おなじNHK「ニュースウオッチ9」、6月5日には「違憲発言」の余波の報道があった。しかし自民党内で、「参考人の選定は緊張感を欠いていた。騒ぎは未然に防げたはず」という党の内部事情を伝えるにとどまり、肝心のどこが違憲なのか、3人の学者が指摘した内容にまで深く踏みこまなかった。
 そして政府与党連絡会議、特別委、政党の動きなどを追う典型的な政局報道に流れ、その結果視聴者の疑問に応えることに極めて不十分な報道だったといえる。
 自民党青年部が全国で街頭宣伝に取り組んだとのインターネット報道もあった。また安保法案は「戦争法案」だと各地で反対運動も取り組まれている。重要法案をめぐって全国でどんな動きがあるのか、きちんと調査・取材・放送してほしいものだ。

 こうしたNHKの報道姿勢とは対照的に、テレビ朝日「報道ステーション」と、TBS「NEWS23」は問題を探る手がかりと、それについて考える姿勢を明確に示していた。
 6月5日放送のTBS「NEWS23」は、憲法の番人といわれる歴代内閣法制局長官のうち2人による、今回の法整備を問題視する談話を伝えた。
 小泉政権の時の内閣法制局長官阪田雅裕氏は、「政治家はこれまで現行憲法では、集団的自衛権の行使はできないんだと言い続けてきたのだから、それなら何故、憲法を改正しようと言わないのか」と述べた。
 また、第1次安倍内閣の内閣法制局長官だった宮崎礼壹氏も、「憲法を改正しない限り集団的自衛権の行使は認められない」と断言する。自衛隊の海外派兵を初めて可能にしたPKO協力法の法案づくりを担当した宮崎氏は、PKO協力法は審議に10ヶ月、3国会にまたがる議論をして、武力行使につながらないためのいくつもの歯止めを設けた。それに比べ、今回の法整備の過程はあまりにも乱暴だと話した。
 このように内閣法制局長官経験者のコメントを丁寧に紹介したことを評価したいと思う。

 6月8日の「NEWS23」のスタジオには安保関連法案に反対する憲法研究者199人の大パネルがしつらえられ、6月4日に「憲法違反」と発言した長谷部恭男早大教授の単独インタビューが紹介された。
 長谷部教授「もし仮に集団的自衛権の行使を容認すべきだというのなら、正々堂々と憲法改正の手続きに訴えるべきだ。国民の理解が届かないうちに、日本の防衛の在り方、国の在り方を根本的に変えようというのは、極めて危険だ。圧倒的多数の憲法学者は、これは憲法上許されないと考えているはずだ」
 番組のアンカー岸井成格氏は、この日の番組を次の様にしめくくった。
 「長谷部氏たちが憲法違反だと言ったことで、議論の雰囲気がガラッと変わった。国会が、憲法違反とされる法律を通すのか、それが許されるのかという議論になってきた」6月4日の3人の憲法学者の発言以来、「リスク」とか、「――事態」とかをめぐる議論の論調から、合憲か違憲かという、そもそも論――あるいは本質論というべきか――に変化したといえる。メディアに要請されるのは、3人の学者が「違憲」と明言したことの波紋を丹念に拾い紹介する努力をすることではないだろうか。

 次に、テレビ朝日「報道ステーション」はどうか。
 6月9日は、番組が独自に198人の憲法学者に対し実施したアンケート調査の中間報告を紹介した。
 
問いは「現在、審議中の安保法案は、違憲か合憲か」。その結果を報告した後、番組のコメンテーター朝日新聞論説副主幹立野純二氏と古館キャスターの間で次のような会話があった。
 立野「今回、政府は軍事技術の進歩や、大量破壊兵器の脅威の増大などを理由に、限定的なら集団的自衛権の行使も許されると主張したが、これは論理的整合性や、法的な安定性が保たれているとは言い難い。そもそも、この安保法案には、世界中の紛争に政府の裁量次第で、もっと関われるようにしたいという狙いがあって、それに憲法の解釈を合うように変えるという話だ。菅官房長官は、沖縄の辺野古問題で、埋め立て工事を粛々と進めるのは、日本が法治国家なのだから当然だと言っていた。その政権が、かくも憲法を蔑ろにしているということは、法治国家への反逆だ」
 古舘「中谷防衛大臣は憲法の解釈を、この法案に近寄せていくと言った。これこそ本末転倒……」
 立野「驚いた。立憲主義が全く尊重されていない」

 政府を監視するジャーナリストの役割を果そうとする意気を見る思いである。
 因みに、古館発言にある中谷防衛大臣の憲法論とは以下である。65日、安保関連法案を審議する衆院特別委員会での中谷防衛大臣の答弁―― 「現在の憲法をいかに法案に適用させていけばいいのか、という議論を踏まえて閣議決定を行った」。これは憲法を法案に「適用させる」という驚くべき発言だった。国務大臣としては法案を憲法に適用させるべきにもかかわらず、憲法への無理解であり、憲法99条「…国務大臣は…この憲法を尊重し擁護する義務を負ふ」の違反でもあった。当然なことながら大臣は、610日の委員会で発言を撤回、謝罪した。

4.独自の調査報道は実現したか

 これまで「放送を語る会」は数次にわたってテレビ各メディアの放送内容を検証するモニター活動を実施、その結果を公表してきた。ここで私たちが大事にしてきた基準は、「事実の中にある真実に近づく報道を見極める」ことだった。これを具現化する一つの方法・手段が、「独自の調査報道」だと考えてきた。
 今回のモニター期間、各局のニュースには、明らかな二つの流れがあった。
 それは、テレビ朝日「報道ステーション」とTBS「NEWS23」の2番組にあらわれた傾向と、NHK「ニュース7」「ニュースウオッチ9」日本テレビ「NEWS ZERO」フジテレビ「みんなのニュース」に見られる対照的な傾向である。
 
 まずテレビ朝日「報道ステーション」を見てみる。
 3人の憲法学者の「違憲発言」が出た6月初旬以降、とりわけこの番組の放送内容が多角度、各方面にわたって事の本質に迫ろうという努力をしていることが見てとれた。
 たとえば――
 中谷防衛大臣のかつての主張、「集団的自衛権は憲法改正しなければ出来ない」を著書や雑誌資料にあたったり、防衛庁長官時代の国会答弁などから明らかにした調査報道。(6月5日)
 同様に、自民党高村副総裁の、外務大臣時代の集団的自衛権を否定する発言の発掘。(6月18日)
 自民党が集団的自衛権の根拠にしている、1957年に起きた砂川事件とその判決への、番組コメンテーター・中島岳志北海道大学大学院准教授による詳しい解説。これは砂川事件最高裁判決が、高村自民党副総裁が言うように、集団的自衛権のお墨付きではないということを証明していた。(6月10日)
 全国の憲法学者、198人に緊急アンケートを実施し、その結果を放送。(6月15日)
 回答者149人中、合憲と答えたのは3人だったことを伝え、合憲・違憲それぞれの学者の論理を短く紹介した後、コメンテーターの木村草太首都大学東京准教授が詳しく分析し、導き出した結論は、「集団的自衛権の行使は出来ない、個別的自衛権の範囲にとどまる、ということを明確にしない限りは法案を撤回せざるを得ない。そうしないと違憲立法が行われることになる」だった。
 政府の見解や国会審議だけを伝えるのではない調査報道は、番組の姿勢として重要である。  1950年、朝鮮戦争当時、北朝鮮の海域で日本人による機雷掃海が行われた歴史を関係者の証言で綴った特集放送。(6月17日)
 歴代の内閣はこの事実を違憲と判断したため、長い間伏せられてきたのだった。掃海中に犠牲になった男性と一緒に仕事をした人の、「国会で今行われているやりとりは、私たちの体験とは別世界のこと。戦場はあんなものではない」という言葉は強いリアリティを持っていた。
 「ホルムズ海峡機雷掃海」など、国会ニュースで頻出する「掃海」という軍事行動をリアルにイメージすることが出来る材料を提供した意味は大きい。以上、いくつかの例を挙げたが、この番組が単に出来事の紹介にとどまらず、関連した過去の資料の発掘や、番組独自のアンケートや調査の結果を放送に取り込んでいるスタッフの姿勢と努力を評価したい。
 
 国会審議が本格化した中で、TBS「NEWS23」も独自取材をとりこみつつ、政府答弁の根拠の薄弱さを突く企画をいくつか試みた。
 たとえば――
 日本海で北朝鮮の工作船を追跡した経験を持つ、海上自衛隊元航海長の緊迫した場面での証言を紹介した。(5月26日)
 安倍首相は衆院特別委員会の答弁の中で、「国民の命と平和な暮らしを守るためのリスクを自衛隊員に負ってもらう」と語っていた。これに対し、元航海長は言う。「自衛隊にリスクはつきものだ。国家理念と合致するならば自衛隊を使うべきだが、国家理念に反すれば、誰が何と言おうと出すべきでない。誰かの片棒を担ぐような事に自衛隊を使ってはならない」。
 この発言を受けて、岸井成格アンカーは、自民党が所属議員に配布した「安保関連法案の想定問答集」をスタジオで示し、これがいかに空疎な中身であるか、「何故自衛隊は世界各地に展開しなければいけないのか」に全く答えていないことを暴いてみせた。
 
 ドイツ、ポツダム郊外。1993年以降、海外に派遣されて死亡したドイツ軍兵士104 人の名が刻まれた慰霊碑にまつわる取材記。(6月2日)
 ここに祀られている兵士の中で、突出していたのがアフガニスタン派遣の兵士たちだった。兵士たちは治安維持が目的といわれていたが、実際は「戦争」だった。番組はこの戦争から帰還した1兵士の生々しい証言をもとに綴られた。ドイツ政府が、アフガニスタンと戦争状態であると認めたのは派兵開始から7年も経ってからだった。
 岸井成格アンカーの言葉は説得力があった。「日本の国会でも後方支援が大きな焦点になっている。戦争に巻き込まれるリスクの例として、ドイツの経験を国会できちんと議論すべきだ。テロとの戦いの中で、非戦闘地域という概念は意味をなさない、と考えなければならないのだ」。

 アフリカのジブチにある自衛隊「海賊警備対策の拠点」取材記。(6月24日)
 岸井アンカー、「基地と名のることを避けているが、これは事実上の基地だ。シーレーン上のフィリピンでは、自衛隊はフィリピン軍と合同練習をしている。フィリピン大統領は有事の際、日本の自衛隊の基地使用を認める用意があると発言している。安保法制の先取りの布石は着々と打たれているのだ」

 これらの番組をモニターした担当者は「国会会期が3ヶ月延長されたが、メディアがどれだけ緊張感を持って安保法案報道を続けられるか。この法案の本質を検討し続けるエネルギーが殺がれないかと思ったが、こうして続々と力のこもった企画が放送されるのを見て安心した」と、述べている。
 
 それに比してNHKはどうだったのか。「ニュース7」「ニュースウオッチ9」ともに、この安保法案報道については、極めて問題があったと言わざるを得ない。政府見解に沿った法案の解説が中心で、独自の調査・取材報道が皆無といってもよく、反対する市民の声や抗議の市民運動の伝え方もお座なりで、国会審議・政府・与野党の動きを追うことに終始し、「国会閉じこもり報道」ともいえる様相を示していたと言っても過言ではない。

 この間の「ニュース7の有り様を示す例を一つだけ挙げてみる。
 6月20日、「安保法案をめぐっては、地方議会でも論議され、国会に意見書を提出した議会もある。去年7月の『集団的自衛権の閣議決定』以降、先週までに地方議会のおよそ14%246議会が意見書を提出し受理されている。意見書は賛成が3、反対181、慎重審議が53議会。それぞれの現場を取材した」として、以下VTRで、埼玉県滑川町議会が全会一致で、「慎重な審議を」の意見書を採択した話題。続いて賛成の立場の金沢市議会の場合を紹介した。
 アナウンサーは意見書の賛成・反対・慎重審議の数を紹介した後、「それぞれの現場を取材した」と言っていながら、なぜか圧倒的多数の反対意見の自治体は影も形もなかった。

 NHKのライブラリーには、過去を記録した音声・映像資料の膨大な量のストックがある。NHKのアーカイブスを、一定の問題意識で有効に活用するのは、その気になりさえすれば十分に可能なはずである。むしろ、他の放送局に較べても有利な環境にあるにもかかわらず、「報道ステーション」のスタッフが実現したように、政治家の発言を時間軸で検証してみる試みなど、全くなかった。
 こうした問題を日々、放送現場のスタッフが互いに検証しあう作業、それを民主的に保障しあうルール、環境が極めて重要なことは言うまでもない。

 最後に、フジテレビ「みんなのニュース」日本テレビ「NEWS ZERO」について。
 共に「安保法案問題はその日の出来事の一つとして扱いで、調査報道し情報を提供するという意欲は感じられなかった」(「NEWS ZERO」モニター担当者)
 「多岐にわたる複雑な問題に論議が集中した、国会特別委員会の審議の模様を伝えることが他局に比べ少なく、また党首討論などは一部だけとり上げ、あとは無視するなど公平を欠く扱いだった」(「みんなのニュース」モニター担当者)という状況で、この重要な問題をどこまで本質的・多角的に報道するかの、放送局としての姿勢が問われるという状態だと言わざるを得ない。

5.市民の反対運動に対する報道姿勢

 国会での審議が進むなか、法案の違憲性と、安倍総理の民意を一顧だにしない強引な政権運営とが重なって、法案に反対する市民の運動は全国各地に広がり、その規模も学者、文化人、法律家、女性、学生など各界・各層に及んでいる。
 そして運動の高まりにつれ安保法案に反対の世論は大幅に増えている。(「共同通信」の調査で法案に反対は5月の47.6%から6月は58,7%)
 過半数を超す「反対の世論」の具体的な表れである法案反対の運動を各局のニュース番組は、どのように取り上げていたのかを見てみる。

◇際立つ番組間の温度差

 反対運動をほとんど報じる事のなかった日本テレビ「NEWS ZERO」フジテレビ「みんなのニュース」
 取り上げてはいたが、その回数、時間とも極めて少ないNHKの「ニュース7」「ニュースウオッチ9」
 そして必ずしも充分とは言えないが、この間の市民の反対行動を比較的きめ細かく伝えたテレビ朝日「報道ステーション」TBS「NEWS23」
 各番組の法案反対の動きを伝える姿勢には、かなりの温度差があった。

 「ニュース7」「ニュースウオッチ9」
このNHK2番組に共通する特徴は、市民の抗議、反対行動を報ずる際の扱い方の軽さだ。さすがに6月18日、瀬戸内寂聴氏が集会に参加した時と、大幅な会期延長に抗議し国会周辺に3万人を超える人々が集まった6月24日の局面では、ある程度時間をかけて取り上げてはいたが、その他のデモ、集会などは国会審議の添え物としか思えない伝え方をしている。
 市民の反対行動、抗議集会やデモに参加している人々は、なぜ法案に反対なのか、突っ込こんだ取材がないために、ただの風景的な扱いになっていた。
 
 NHKの2番組と好対照なのはテレビ朝日「報道ステーション」、TBS「NEWS23」の両番組である。
 ともに法案への反対・抗議の大衆的な行動をとりあげた数は、決して多くはない。しかし、反対運動の報じ方で番組のスタンスがはっきり見えてくる。
 両番組とも法案が閣議決定された5月14日の放送では、番組冒頭から総理官邸前の抗議集会から入り、デモの映像、シュプレヒコールの音声をバックに閣議決定された事を伝えた。
 そのあとも集会現場にリポターを配して、参加者数人の「法案に反対、あるいは疑問」などの声を伝えたり、地方で開かれた集会の様子も報じている。
 6月24日放送の「NEWS23」でも同じように、冒頭の映像はエアショット国会、そして国会議事堂を取り囲むように集まった人々の様子を画面から伝え、「国対委員長会談が開かれ、明日から国会は正常化する見通し」というニュースから入ってもおかしくない出来事をあえてデモから紹介したあたりに、市民の反対行動を重視する姿勢が鮮明に示されていた。

 6月19日放送の「報道ステーション」は、タイトル「『安保法案』で論戦“国会前デモ”に若者が集結」に示されたように若者の反対の動きに焦点を当て、準備段階から密着して取材し、その声を紹介したことが注目される
 
秘密保護法成立をきっかけに起ちあがった学生たちのグル―プSEALD (シールズ=自由と民主主義のための学生緊急行動)の活動をレポート。反対集会だけの取材だけではなく、日常の活動に密着、デモの参加者をSNSで募るなどして6月14日には渋谷で5000人以上のデモを成功させたことなどを紹介。
 そして、「戦争という行為は勝っても負けても政治の失敗でしかありません。自衛隊を現地に派遣することが日本にとって危険な事態を作り出す。安倍晋三内閣総理大臣のいう戦後レジームからの脱却は戦前への回帰」 「私は私の未来を自分で作って守っていきたいから、これからも声を上げていきます」などの、若者の力強い声を丁寧に取り上げている。
 この日の放送では、徴兵制に関する国会のやりとり、そして、合憲派憲法学者の会見のあとに、若者たちの訴えを配置した。この構成は、見る者を納得させる力があり、編集で組み込まれた若者の訴えは、耳を傾けさせるもので、このアピールを視聴者に届け得たことは評価できる。

 この項の冒頭にも記したように安保法案をめぐる反対運動は国会審議が進むにつれて、全国各地で抗議の声は急速に広がり、参加者数も年代、性別を問わず飛躍的に増加している。しかも、参加している人々は、今までの反対運動でよく見られた組織的に動員された人達が中心ではなく、自主的に参加した人が目立つことだ。

 「デモは怖いと思っていたが、止むに止まれず、その場にいることに意味があると思って参加した」と初めて来た若い女性。幼児を連れた母親は「後でその時、何もしなかったと、後悔しないため」と話す。
 集会に参加してくる人々の想いは様々だ。世論調査で過半数に及ぶ人々が法案反対の意思表示をしている中で、ニュース番組の重要な役割の一つとしては、これら一人一人の想いを丹念に取り上げ、伝えていく事にある。
 取材すべき事は山ほどある。公共放送としてのNHKニュース番組にはこの事がより強く求められる。類型的な“集会・路上デモ映像とシュプレヒコール音声”の伝え方だけでは反対行動、運動を報じた事にはならない。

. NHKは何を伝えなかったのか

 ここまで、安保法案国会審議のテレビ報道の内容を見てきたが、その中で浮き彫りになったのは、NHKの政治報道の姿勢である。NHK「ニュース7」「ニュースウオッチ9」は、「報道ステーション」、「NEWS23」などの民放ニュース番組と大きく違う特徴があった。
 ひと言で言えば、政権側の主張や見解をできるだけ効果的に伝え、政権への批判を招くような事実や、批判の言論、市民の反対運動などは極力報じない、という際立った姿勢である。
 法案の解説にあたっても、問題点や欠陥には踏み込まず、あくまでその内容を伝えることに終始している。また、法案に関連する調査報道は皆無に近い。
 この傾向は、今回の安保法案関連報道に限ったことではなく、当会が実施した特定秘密保護法報道や、集団的自衛権閣議決定までの報道のモニター報告書でも繰り返し指摘してきたことである。
 具体的な事例は前項までの報告で明らかにしたが、あらためてNHKの安保法案報道の特徴を整理しておきたい。

1)政権にとってマイナスになるような出来事を報じない傾向
 典型例がいくつかある。
 5月20日の党首討論で、共産党の志位委員長がポツダム宣言について安倍首相を質した。志位委員長は、ポツダム宣言が日本の戦争が世界征服のための戦争だったと明瞭に判定している、とし、首相にこれを認めるかと質問した。安倍首相は「その部分は詳らかに読んでいないので、承知していない」と答弁した。
 降伏後の日本について、軍国主義の排除と民主主義の実現を指し示した歴史的文書を「読んでいない」というのは、首相の資格を疑わせるものだった。
 「報道ステーション」は、志位委員長の「日本が過去にやった自らの戦争の善悪の判断もできない総理が戦争法案を出す資格はない」という発言も含め、一連の討論を伝えた。
 しかし、「ニュース7」「ニュースウオッチ9」は、党首討論の映像の中でこのやりとりをカットしている。
 5月28日の衆院特別委員会で、民主党の辻元清美議員の質問中、安倍首相は「そんなことより早く質問しろよ」といった下品なヤジを2回にわたって飛ばした。表情といい言葉といい首相の品格を疑わせる場面だったが、この日の「ニュースウオッチ9」ではまったく報じず、翌日の「today's watchコーナー3項目目で短く伝えただけだった。
 6月23日、沖縄慰霊の日、安倍首相のあいさつ中に参列者から厳しい抗議の声が浴びせられた。「あなたは沖縄の平和を語る資格がない」、と立ち上がって抗議する老人もいた。しかし、この日の「ニュースウオッチ9」は、この異例の出来事について抗議の音声はもちろん抗議されたこと自体も伝えなかった。

2)政権の見解、方針の伝達を重視し、多様な批判的言論、運動を伝えない傾向
 法案についての政府見解や首相の発言を効果的に伝達する傾向もよく見られた。
 「ニュースウオッチ9」では、CG、パネルなどを使った政治部記者・アナウンサーなどによる法案解説があったが、本報告で指摘したように、多くは政府説明や安倍首相答弁のなぞり・繰り返しになっていて、問題点の指摘、批判的評価・見解をほとんど伝えないのが特徴となっていた。
 国会審議についての解説にも同じような傾向が見られた。6月17日には、党首討論について、記者が、「安倍総理は政府の立場を平易に国民に伝えることに力点をおいていた」と評価、「総理は、集団的自衛権について外国での武力行使は例外的で極めて限定的と強調した」と、首相側に寄り添うような解説をしている。
 一方で、各種世論調査で安保法案反対の意見が賛成を大きく上回っているにもかかわらず、法案の問題点を指摘、批判する識者、専門家のコメントはほとんど伝えていない。
 市民の反対運動の報道も限定的だった。6月13日から14日にかけて全国的に展開された市民の行動を、「ニュースウオッチ9」は報じなかった。14日は学生たちのグループSEALDsが渋谷で大規模なデモを行ったが、まったく無視した。
 この姿勢は、若い人びとの思いや行動を丁寧に取材した「報道ステーション」とは鮮やかな対比を見せた。

 上記のほか、本報告でも指摘したように、NHKニュース番組は、安保法案にかかわる重要な争点である、後方支援、機雷掃海、砂川事件、といった問題について、歴史的事実に迫る調査報道が可能であるにもかかわらず、ほとんど行っていない。短く国会の論戦の経過を伝え、ときに政治部記者の解説、といった簡略な報道に傾いている。

 こうしたNHKの政治報道の姿勢は、安保法案に関する現在のテレビ報道で最大の問題であるといわなければならない。政府の側ではなく、視聴者・市民の側に立つべき「公共放送」として、その在りようが問われている。
 NHKには優れた番組があり、視聴者の信頼もなお高いものがあるが、その陰で、政権寄り、政府広報、と批判されるような政治的に偏向した報道が続いているのである。
 このことに気づいた市民が、政府に対する抗議と併せて、NHKに対して抗議の声をあげ始めた。すでに市民がNHKを包囲する行動も生まれている。一般市民がこのような行動に出るのは前代未聞であり、NHKはこのことを深刻に受けとめる必要がある。

 安保法案をめぐる報道は現在も続いている。当会のモニター活動は、こうしたNHKや民放ニュース番組の動向を引き続き監視、検証していきたい。