放送を語る会

NHKスペシャル「セーフティネット・クライシス」に対する
自民党礒崎陽輔議員の発言に抗議する。

2008年6月9日
放送を語る会

 さる5月20日の参議院総務委員会で、自民党礒崎陽輔議員は、NHKが5月11日に放送したNHKスペシャル「セーフティネット・クライシス」について、政治的公平性の観点から大きな問題がある、極めていいかげんな放送をしている、などと批判し、NHK会長以下の幹部を追及しました。
 視聴者団体として、長年放送問題に取り組んできた当会としては、この礒崎議員の国会での質問は、NHKの自主・自立と、放送における表現の自由にとって重大な問題があると考え、以下の理由から厳しく抗議するものです。

 第一に、この質問は、政権政党の政治家によって行われたものです。NHKに対して、強い影響力を持つ政党の政治家が、その権力を背景に個別の番組について干渉的発言をしたことは、NHKの今後の番組のありかたに大きな影響を与える恐れがあり、見過ごすことができません。
 政権政党の一員である政治家の放送内容に関する発言は、本来慎重でなければならず、番組の改善は、広く視聴者市民の批判を聞いて行うNHKの自主性にまかせるべきです。

 第二に、質問の内容に、番組に対するいわれなき非難があります。礒崎議員は、保険証のない患者が死亡した事例について、生活保護その他の施策があるから、「制度上医療が受けられないことは絶対にないよう配慮されている」と述べ、番組がそのことにふれていないので、どこに問題があったかよくわからないと指摘しました。
 また、番組が、保険証を取り上げられて、この2年間で475人が死亡したとしているが、保険証と死亡の因果関係を検証しておらず、「きわめていいかげんな放送」だとし、こういう放送の在り方は政治的公平性の観点から問題がある、と非難しました。
 しかし、礒崎議員が取り上げたところは、番組を仔細に見ればわかるように、現実に無保険が理由となって死亡した患者の事例を、事実として提起し、視聴者に考えさせることに力点が置かれた部分です。

 礒崎議員の質問は、番組の趣旨を正確に受け取っていないばかりか、救済措置を受けなかった患者に問題があるという非難につながりかねず、死者に鞭打つがごとき内容です。
 また、無保険と死亡との関係については、番組は「無保険だったから死亡した」と直接には述べず「無保険の状態で死亡した人が475人いた」と、あくまで客観的事実として紹介しています。礒崎質問は、この点で番組を曲解しています。それに、保険証がないので、医療を受けることを抑制して病気が重くなった、という番組の視点は、事実に即しており、誰が見ても妥当なものです。これが政治的公平性に欠けると主張するとすれば、いったい他のどのような見方との間の公平性でしょうか。
 礒崎議員の質問は、自民党政治による施策を評価すべきだ、という、党利党略的な内容をNHKの番組に要求するものといわなければなりません。

 第三に、公安警察まがいの、思想調査を要求するような内容があることです。
 礒崎議員は、番組が取材した二つの病院が民医連に加盟している病院であり、いずれも地元では日本共産党と関係が深いとされていると指摘しました。さらに、NHKスペシャルのスタッフの中に、「そうした方面の情報に詳しい人」がいて、放送の政治的公平性に影響を与えているという疑念を抱く、と述べ、「NHK内部の調査をしてみる必要がある」と驚くべき主張をしました。
 この礒崎議員の主張は、取材先を、その活動の価値によってではなく、ある政党と関係があるかどうかで選別せよ、というに等しく、戦中のファシズムの時代から現代に続く、いわゆる「アカ攻撃」と本質的に通ずるものがあります。
 この番組は、病院の医療の方針などの紹介がテーマではなく、あくまで患者対応の実態について取材に協力した病院が登場したのであって、それがたまたま民医連加盟の病院であるからといって、政治的公平性を欠くというものではないはずです。
 礒崎議員は、放送後、NHKの取材先を調査し、その上でNHK内部の調査も要求しました。このような政治家の行為は、放送による言論・表現の自由にたいする圧力となるとともに、NHKの取材、報道関係者にも当然保障されるべき、思想・信条の自由、という憲法上の権利を侵害しかねない重大な行為です。

上記のような理由から、私たちは、自民党礒崎議員の国会質問に厳しく抗議するものですが、同時に、このような発言に表れた政治家の感性についても大きな疑問を持たずにはいられません。
 長く政権を担当した政党の政治家であれば、このNHKスペシャルが紹介した悲惨な事実について、まず深く心を痛め、その責任を自覚しなければならないはずです。そのような、人間としての当然の感受性を欠いた発言には、失望と怒りを禁じえません。