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特集 マイ・インディーズ哲学

ストア派の浦島太郎



 「インディーズ哲学」と聞くと牧野信一の「村のストア派」という題が浮かぶが、このところ私の頭から離れないのは、日系ブラジル移民のストア派だった西佐一氏のことである。
  一旗あげるべく十七歳でブラジルヘ渡り、四十年間の苦労の末、夢破れるまでの西氏は、ちょっと偏屈で潔癖だが働き者の農夫だった。だが、六十二歳で鹿児島に帰るものの、方言も通じないほど変わり果てた故郷には居場所のないことを悟って、十か月後にブラジルヘ戻ると、哲人と化す。田舎町の片隅に作った二メートル四方の掘立小屋に引き籠もり、外界とほとんど接触せず、独り身のまま、三年前に七十七歳で亡くなるまで、ひたすら自分版「浦島太郎」を書き、自分だけに語り続けたのである。しかも、録音を残したほかは、その物語を誰にも聞かせようとはしなかった。
  その「浦島」は彼の体験がベースだが、宗教的ともいえる教えに満ちた極めて抽象的な物語だ。「世界共通語を発明して世界を統一すべきだ」というバベルの塔のような主張や、「霊魂は犯罪を防げるはずだから、人は人間を守るつもりで死ぬのがよい」等、話は人類をめぐる。強烈なモラルによって俗界からこぼれ落ち、孤立を余儀なくされた西氏は、「浦島」という〈教典〉を作って〈不純〉にまみれた現世を逆転しようとしたのだと私は思うが、それを他人に押しつける教祖となるには、あまりにも他人に敏感だった。その弱さと孤独こそが、私にとっては教えである。

文藝 1999年春号



私が西佐一氏のことを知ったのは、ブラジルに移住しドキュメンタリーを撮り続けているビデオジャーナリスト、岡村淳氏のドキュメンタリー作品『郷愁は夢のなかで――ブラジルに渡った浦島太郎――』(1998年、155分)を通じてです。