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フォトジャーナリストのタマゴ ブラジル上陸編

岡村 淳



  われらがブラジルには、日本から様々な人たちが訪ねてきます。残念ながら、時には地元から相当のヒンシュクを買っていく旅行者がいることも事実です。皆さんにもそんな輩の心当たりが何人かあるのではないでしょうか。
 「人のフリみて我がフリなおせ」といいます。今回は私の関わったなかで、多少は笑い話にもなり、しかも反面教師にもなるような日本の若者をご紹介しましょう。

  私が日本で親しくしているAプレスというフリーのジャーナリストのグループがあります。志を同じくする人が多く、また私の窮状を何度も助けてもらったこともあるので、彼らからの要請があれば最優先で応じることにしています。
  私がビデオ・ドキュメンタリーのまとめのために訪日していた時のことです。Aプレスから、ブラジルを取材したいというフォト・ジャーナリスト(報道写真家)志望の若者が訪ねてきたので、できたら会って話をしてもらえないかという依頼がありました。
  私自身、いろいろな人たちとの出会いと、そうした方々にいただいてきた無償の好意のおかげで今日があります。それに若い人と話すことは、自分が何かを与えたり伝えたりしてあげるというよりも、既成のワクにはまらない感性と次代の息吹きに触れることで、自分の歩みと作品群を再検証するいい機会だと思っています。私は押しせまった日程をやりくりして、離日の前日にその若者と会う約束をしました。
  仮にB君としておきましょう。第一印象はこの手の若者にありがちなフテブテしさのないヤサ男でした。B君は大学でポルトガル語を専攻して優秀な成績をおさめたとのことです。卒業が決まったものの、ふつうの就職をせずに、フリーのフォト・ジャーナリストの道を歩みたい、と言います。
  B君はブラジルに渡ってアマゾンのインディオを取材したいと言うのです。なぜ? と問うと、自分は大学をソコソコの成績で卒業するのに同級生たちのように大企業に入社するという安定路線をあえて否定して、モノになるかも食べていけるかもわからないフリーの道を歩もうとしている。そんな自分がアマゾンで文明と開発に追い込まれているインディオたちとオーバーラップするのだと言います。
  私はブラジル国内にはアマゾン流域以外にもインディオは数多く居住していること、そして「アマゾン」というマスコミ受けする語感がないため注目度の乏しい彼らの抱える多くの問題、そしてさらに「インディオ」というこれまたマスコミ受けするアイデンティティも持つことのないブラジルの多くの社会的弱者の問題に関わっていくことの方が、ポルトガル語もわかる若き新進のジャーナリストとして望ましく、やりがいもあるのでは、とブラジル在住の先輩としてのサジェスチョンをしてみました。
  私自身、かつては「大アマゾン」や「裸族」といったタイトルで視聴率を稼ごうとする日本の民放のテレビ・ドキュメンタリー番組作りをしていたので、少しはうしろめたい気持ちもあります。そのあたりの反省も含めて現地語をキチンと学んだというB君に自分の理想を託してみたいという思いもありました。 それでもB君は自分と「アマゾン」のインディオの立場の共通点を繰り返すばかりでした。
  そもそもB君はアマゾンやインディオについて、わずかな知識しかありませんでした。私は日本語で読める基本的な文献をいくつか紹介しておきました。
  いっぽうB君は不思議なくらい私のこれまでの歩みや、いま手がけている仕事については質問をしてきませんでした。私としては少し肩すかしを食った感じです。それでも何かの参考になればと思い、私のドキュメンタリー作品をいくつかダビングしたビデオテープをプレゼントしておきました。
  B君はその年のうちにブラジル入りを実現したいと言います。質問は主にインディオ取材の許可の取り方や、格安旅行のための具体的なノウハウが中心でした。話は現地の人への土産品におよび、私は一般のブラジル人には日本の百円ショップの品々や成田空港の売店にあるような数百円程度の日本趣味の小物でけっこう喜ばれる、といった自分の体験をふまえた情報を伝えておきました。
  B君との喫茶店での談話は三時間近くにおよびました。日本を離れる前日だった私には残務が山積みです。私はB君の前途に期待するいっぽう、彼とは心底から話がかみ合ってないことから最後に一本だけクギを刺しておきました。
 「サンパウロの僕のうちは恥ずかしいほど狭い団地住まいでね。それに家内はバガボンドの夫を持った不運で日中ずっと働いて、細腕で家庭を支えているんだよ。昼間は二人の子供を保育園に預けているんだけど、そのぶん朝晩の子供の世話が大変なんだ。それに僕はしょっちゅう旅に出ているし。そんなわけで君にうちに泊まってもらえないのが残念だよ」

  ブラジルに戻って数ヶ月が経ち、B君からヒョッコリ手紙が届きました。いわく「早いもので岡村さんと会ってから〇ヶ月が経ちました。さて〇月〇日〇〇便でサンパウロに到着することになりました。初めての南米行きで不安ですので、最初の二週間だけでも岡村さんのお宅にお世話になりたいと思います」
  まるで小学生がよこしたような文面でした。B君は道が険しいフリーのジャーナリストを志望しているはずなのに、彼の文章からは何の個性的なものも、読むものの心を魅くものもうかがえないのです。そもそも彼に私を紹介してくれたAプレスについて何も言及してないので、B君とAプレスとのその後の関係もわかりません。それでも私は人間がおめでたい方ですので、お世辞にも「岡村サンにいただいたビデオを見て感動しました」の一言でもあれば、いい気になってしまうのですが、ビデオについても何も触れていません。
  そもそも最後にあれだけクギを刺しておいたのに岡村の家に泊まらせろとは、彼は私の話をウワの空で聞いていたうえで私を適当に利用しようとしているとしか思えません。
  私はB君を紹介したAプレスに、B君の要望にどう対処したものかをファックスで問い合わせることにしました。Aプレスの代表からさっそく平謝りの返信が届きました。「B君がそんな連絡をしているとは、知りませんでした。そもそも自分たちは人間関係を安易に利用するのが大嫌いです。B君にはきつくたしなめておきます――」
  今でもそうですが、大学を出たばかりの頃の私は、仕事のうえでいろいろな人間関係の失敗を犯しています。そんなスネに傷もつ身として、B君にも早いうちに改めるべき所は改めてもらいたいという思いがありました。
  いっぽう私はフリーランスとして信用第一で仕事をしているつもりです。自分の信用をおびやかしかねない人とは関わりたくないという正直な気持ちもあったのです。

  けっきょくB君は私に連絡してきた便でブラジルに来ることになりました。もちろんAプレスのスタッフからお灸をすえられたので、ブラジル旅行のガイドブックを頼りにまずはサンパウロの安宿に滞在することになりました。
  Aプレスは心優しい人たちの集団でもあります。「B君がオカムラさんに不愉快な思いをさせて心苦しい限りです。何せ彼は大学を出たばかりで今回が初めての海外取材です。もしご都合がつけば、ご負担にならない範囲で、サンパウロで短時間でも会ってアドバイスしていただければ、と存じます。なおAプレスからオカムラさんあてのささやかな土産をB君に託してあります――」私にこんな連絡が届きました。
  サンパウロに到着したB君からさっそく電話がありました。私はホテルにB君を迎えに行き、東洋人街の居酒屋で昼食をふるまうことにしました。
  例の手紙の件をAプレスに連絡したことで私はB君の不興を買っているのでは、という懸念もありましたが、そんなそぶりもありません。かといって私に特にわびることもありませんでした。
  居酒屋のメニューに目を通したB君はサンマの焼魚が食べたいと言います。
 「キミ、きょう日本から着いたばかりだろ。サンマは日本からの冷凍輸入モノだよ。ブラジルの魚にけっこうおいしいものもあるし、こっちの魚を食べてみたらどう? それにサンマは輸入物だから安くないんだよ」
 「いえ、サンマでいいです」
こんな調子で会話が始まりました。
 「いゃあ、空港の税関で荷物を開けられたらどうしようかとヒヤヒヤしましたよ」とB君。
 「写真用の特殊な機材でも持ってきたの?」
 「いえいえ、日本製のカラースキン(色付きコンドーム)を大量に持ってきたんですよ」
 「え!? そんなもん、どうするんだい?」
 「お土産用ですよ。日本でブラジル通の友人に聞いたら、カラースキンが喜ばれるって言うもんで。それにブラジルはエイズの本場ですから、自分でも使いますし」
 「でもキミ、誰を喜ばすのよ。現地で世話になるのはスケベなアンチャンばかりじゃないのよ。オバチャンとか子供たちへのお土産がけっこう大事だって話したと思うんだけど。僕の言った百円ショップとか、日本趣味の土産は持ってこなかったの?」
 「ええ、スキンばっかりです。でもいろんな色や形のを買ってきましたよ。あ、オカムラさんにも他には何もないんで、カラースキン、少しいりますか?」
 「いや、間に合ってるからいいよ」

  私はサンマとビールをたいらげてカイピリーニャ(ブラジルの国民的カクテル)を続々とお代わりしながら相変わらず自分とアマゾン・インディオの共通点を語るB君を前に、昼食の勘定よりも大きな不安を抱えることになりました。
  さてB君はブラジル各地でいかに大量の日本製ミヤゲを自ら消費していったのでしょうか? 乞う、次号!

Bumba No.9 2000年

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