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ポロロッカの思いでぽろぽろ

岡村 淳



  アマゾンの大逆流ポロロッカ。
  近年は日本のテレビ番組もひたすらに予算削減ばかりで、海外の大型取材モノもめっきり少なくなってしまいました。そのため若い方々はポロロッカの映像に接したことがなく、ポロロッカといっても何のことかわからないかもしれません。

  かつて、アマゾンといえば日本人の多くがポロロッカを思い起こしていた時期がありました。

  1978年の「NHK特集」で日本のお茶の間に初めてポロロッカが紹介されて以来、今日まで外国の制作したものを含めて10本以上の番組が「アマゾンの大逆流」を放送したことでしょう。
  いっぽう90年代になると、バブル崩壊の影響がテレビ界を直撃して大型の海外取材番組は影を潜め、予算もかかってリスクの大きいポロロッカの取材も敬遠されるばかりになってしまいました。

  かくいう不肖ワタクシめも3回にわたってポロロッカを取材しておりまして、それぞれ日本の別々のテレビ局で放送されています。
  2度目の取材の時、私ははからずもポロロッカの濁流に呑まれてしまった(!)のですが、その「決定的瞬間」の映像は、ディレクターである私には何の断りもなしに別の番組で放送されていることを偶然、知りました。番組内で私はスタジオでVTRをみるタレントどもの笑いものにされていたのです。もちろん私にギャランティが新たに入るわけでもなく、ただの「笑われ損」でした。
  今日、ブラジルの多くの「中流」日系人が衛星放送に加入して日本のテレビ番組を視聴していますが、私がその気にならないのは、ただカネがないからばかりでもないのです。

  さて、ポロロッカとは。「Bumba」第一号で、故・中隅哲郎さんが詳述していますので、ここでは軽くおさらいだけしておきましょう。
  ポロロッカとはインディオの言葉で「水の壁の崩れる大音響」を意味するといわれています。
  海の満潮時に海水が河口から上流へと逆流していく現象のことで、こうした現象のことを日本語では海嘯(かいしょう)あるいは川津波と呼んでいます。この現象は世界各地の河川で生じていますが、アマゾンの場合は規模が格別に大きいので、キワモノ狙いのテレビ屋どもを何度も通わせることになったというわけです。
  アマゾン河本流のように地形的に河口がラッパ形に開いて、しかも川底が浅い場合、満潮時に海側から押し寄せる莫大な水の塊は、川幅が狭まるにつれて一気に波の高さを増して滝のような水壁となり、轟音とともに逆流を続けていくのです。

  ポロロッカに関する数字をいくつかご紹介しましょう。アマゾンに関する諸々の数字と同様、マユツバ臭いものもありますが……。
  ポロロッカの大きなものでは波高が10メートルを超え、16〜17メートルにもおよぶというデータに接したことがあります。知人の建築家にきいてみると、これは5階建てのビルの高さに相当するとのことです。ちなみにサンパウロの拙宅はアパートの11階にあるのですが、窓から階下を見おろしてみると、5階建てのビルの高さもある逆流というのはウルトラマンの世界ならともかく、現実的にはさすがに行き過ぎの数字に思えます。
  もっとも私はヘリコプターから何度か現場を観察しているのですが、アマゾン河口のポロロッカの発生する地域では逆流が生じる直前、つまり干潮で最も水位が低下したときにはアマゾンの濁流が見事なまでに干上がり、川底が透けて見えるほどでした。旧約聖書にあるモーセの紅海横断を思わせるダイナミックな光景です。
  この時の最低水位から満潮時の水面の高さなら、時期によっては10メートル以上というのもあり得るかもしれません。
  ポロロッカは河口からおよそ300キロあたりまで逆流していくといわれています。東京から名古屋までの距離にあたります。新幹線でも2時間、これだけの距離にわたってアマゾン河が逆流しているのがホントだとしたら、これまたすごいことでしょう。残念ながら私の取材の時には、時間的にも予算的にも数十キロをフォローするのが精いっぱいでした。

  かつてテレビでポロロッカの映像に接した、すでに「中年」以降の世代の皆さんにうかがってみると、ポロロッカというと「年に1度、突然、アマゾンの大河が大逆流する」ものと思いこんでいる方の多いことがわかります。これは大変な誤解なのですが、どうしてこうした誤ったイメージが流布してしまうのか、これもテレビの情報のワナを考えるうえでのいい例かと思います。

  ポロロッカは毎月、大潮の時期に起こる現象です。大潮は満月と新月の前後に生じますので、つまりポロロッカは毎月2回、満月と新月の前後数日間にわたって発生しているのです。
  いっぽう地球規模でみると毎年3月頃の大潮というのは干満の差が特に大きいことが知られています。またこの時期は流域の雨期の影響でアマゾン河の水量が特に多いため、ポロロッカの規模も大きいことが知られています。
  しかしこれにもその時の地形(アマゾン流域は地形がまさに「流動的」なのです)や風向き等々、いろいろな要素がからんできます。
  それぞれ異なる時期にいくつかの現場を取材した私の経験からすると、いずれのポロロッカも大きさはあまり変わらないという印象があります。それに何よりも、時期的にベストでない時でも「より大きい、最高にスゴいポロロッカ」に見えるように演出と撮影を心がけるのがテレビ屋の仕事なのです。
  いずれにしても視聴率を稼がなければならないテレビ屋の立場としては「年中しょっちゅうお決まりの自然現象として起こっているポロロッカ」よりも「年に1度、突然来襲するナゾの大逆流ポロロッカ」の方がはるかにセンセーショナルで商品価値が高くなるわけです。テレビ屋の方は良心的な場合でも、ウソとはいわないまでも誇張したり、言葉のアヤを巧みに利用した解説を施します。視聴者多くの方々はそもそもテレビの流す情報を疑うという回路を持ち合わせておらず、お茶の間でかえってそれを増幅しながら「怖いもの見たさ」を満足させていきます。
  けっきょくテレビの作り手と視聴者がいっしょになって実像とかけ離れた「期待されるポロロッカ像」を作ってしまったといえるでしょう。

  ここまでお話してしまった手前、さらにショッキングな事実を打ち明けてしまいましょう。
  日本でのポロロッカ取材の草分けとなったNHKの取材班を始め、大半の取材班は実際のアマゾン河で取材をしていないのです!
  たいした自慢にもなりませんが、私の場合、2度目の取材からは「本当の」アマゾン河のポロロッカにチャレンジして大変な目にあってしまいました。何が言いたいのかといいますと、管見では私の取材班以外に実際のアマゾン河で撮影したポロロッカの映像にお目にかかったことがないのです……。

  NHKの取材、そして私の最初の取材など、多くのポロロッカ取材はアマゾン河の北側に位置するアマパ州のアラグァリ川という所で行われています。
  こんがらがった網の目のように支流と島、中州などが入り乱れる巨大なアマゾン河に比べると、アラグァリ川は基本的にスンナリとした一本の川ですので、取材をする側にとっては何かと好都合なのです。
  アラグァリ川は地理的にアマゾン河とは別物といっても河口はアマゾン河に隣接していますし、河岸はアマゾン河同様、大半が熱帯雨林に覆われています。しかもアマパ州はブラジルの「法定アマゾン地域」というのに指定されています。アラグァリ川のポロロッカをアマゾンのポロロッカ、と称してもパンタナールをアマゾンと混同するほどの罪はないといえるでしょう。

  日本のテレビの要請とはいえ、しょうこりもなく番組ディレクターとして3回もポロロッカを取材した手前、思い出とウンチクはつきません。
  しかもポロロッカはいくつかお話したように未知数の多い自然現象なので、何回トライしても満足に撮影できたとはいえません。日本のテレビ取材と視聴者にかぶせられた虚像をはぎ取っても、さらに興味のつきないテーマであることは確かだといえます。
  次回からはポロロッカの実際の取材現場で出くわした怪しい話の数々をご紹介したいと思います。

Bumba No.16 2002年

岡村さんへのメールは
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