[岡村淳 ブラジルの落書き HOME] [星野智幸アーカイヴズ]


レンズ玉対鉄砲玉

岡村 淳



  ニセ警官のピストル強盗グループに殺されかけてしまいました。
  日頃、年配の日本移民の方々を取材する際、よく先方に「ヨ(私)はもう先が短いから……」などと言われるものです。その度に「いやいやブラジルに住んでいる限り、交通事故やら強盗やらにあってボクの方が先にいっちゃうかもしれませんよ」とまぜ返して答えていました。このセリフがググッと現実に近づいてしまったのです。

  今年八月、日本の福岡からキリスト教の牧師先生がブラジルを訪問することになりました。妙な縁があってバチ当たりの私が、この先生の現地案内を引き受けることになったのです。
  先生は社会の弱者の側から公害問題や人権問題に取り組んでおり、時には国家権力をも敵にまわす反骨の人として知られています。そういう人なら、と私は家計がさらに苦しくなるのもかえりみず、請求書は相手の神さまにでもまわすか、というオメデタイ気持ちでボランティアでのブラジル奥地案内を引き受けた次第です。
  早朝のサンパウロ国際空港に出迎えに行った私は、せっかくですので 牧師のブラジル到着場面をビデオカメラに収めることにしました。到着ロビーでビデオを廻しながら初対面のごあいさつをします。
  南米訪問は始めてだという 先生は今年、還暦のお祝いにもらったという真っ赤なポロシャツを身にまとい、九州からの三十時間近い長旅でヒゲを一度もあたっていないという風体でした。キリスト教の牧師というより、出稼ぎで苦労してきた戦後移民のオッサンといった感じです。さしずめ私の方はサンパウロ州奥地からオヤジを迎えに来た不肖のドラ息子といったところでしょうか。
  簡単なあいさつのあと、お手洗いはよろしいか、ヒッタクリにご用心といったブラジルの旅の初心者向けのアドバイスをしながら、私の乗用者のとめてある空港の駐車場に向かいます。
  スーツケース類を荷台に乗せた後、牧師さんはリュックサックを大切そうに胸に抱えながら助手席に乗り込みました。いかにも大金を抱えていますとドロボーさんに誇示するようなスタイルです。
 「先生、リュックを後ろの座席に置かれませんか?」と声をかけたものの「いや、だいじょうぶです」とますますギュッと抱きしめる始末です。座席が窮屈じゃないかと私が気遣っているのだと思ったのでしょう。
  相手は初対面、しかも目上の牧師先生です。それに私はけっこう気が弱いタチなのであまり指図もできず、そのまま発車することにしました。

  道路脇に待機している交通警察のパトカーが目につきます。以前、知人を空港に迎えに行った帰りに交通警察の警官に車を止められたことがあります。「合流の仕方が悪い」と言いがかりをつけられ、罰金の代わりに百杯分くらいの「コーヒー代」をしぼり取られてしまいました。警察にとっても空港に来る日本人はいいカモなのでしょう。
  私はこの苦い経験から空港の行き帰りには警察にイチャモンをつけられないよう、飛ばさずに慎重な運転をすることにしています。
  またここ数年来、サンパウロ国際空港から市内に向かう途中、日本からの出稼ぎ帰りの人や駐在員のVIPクラスを乗せた車が、私服警官を装った強盗団に襲われて身ぐるみはがれて車ごと強奪されるという事件が何度も当地の日本語新聞の社会面を飾っています。
  そんなブラジルの「世間話」をしながら、私の車はアイルトン・セナ街道に入りました。サンパウロの市街に近づき、マルジナル・チエテ大通りに合流してすぐ、右手にファベーラ(スラム街)が林立してくるあたりでのことです。
  後方から爆走してきた青灰色の乗用車が、片側四車線の左側からニ車線め(註・ブラジルでは車両は右側通行)を走っていた私の車の前に強引に割り込んで急停車しました。私もあわててブレーキを踏みます。
  ヤバい感じです。私はすぐに助手席の 先生にもうながし、ドアのロックを確かめて窓ガラスを完全に閉めました。
  車に乗っていた四人の男のうち、三人が荒々しく私の車を取り囲みました。ひとりが手に持った警察手帳らしきものをチラリとだけ見せると「オレたちは警察だ。ドアを開けろ 」「右側に車を止めろ 」と口々にどなります。
  男たちは私服です。そして連中の車は塗装もはげかけたボロ車です。いくら落ちたといえ、ブラジルの警察が一般市民相手にこんな車を使うはずはないでしょう。それにこちらは教習場から出たばかリのような模範運転をしているのです。
 「ヒェー、こいつらホンモノのニセ警官ですヨ。強盗です。センセ、絶対にドアを開けないで下さい」
  T牧師にはまだこの事態がのみ込めていないようです。
 「容疑はなんだって言うのよ。じゃあ警察署にいこうじゃないの」私もポルトガル語でやり返します。
  私の車のすぐ前方に奴らの車、そして私の急停車のあと、後ろには何台かが停車してしまい、また左右の車線とも車の流れは途絶えないので急発進して逃げ出すこともできません。
  男たちは抵抗する私の車をボカボカとけり散らし、窓ガラスを割れんばかりに叩き始めました。
  私は 牧師に連中の車のナンバープレートを控えるように頼みました。後ろの車にも助けを求めますが、彼らも事態にまき込まれないようにで精いっぱいのようです。私としては連中を本当の警官だと信じていないことを示して、こうした時間稼ぎをしているうちに本当の警察が近くを通ってくいれることに望みをかけたのです。
  業をにやした男のひとりがズボンに差し込んだピストルを見せつけました。「オマエ、いいかげんにしろ、ドアを開けるんだ」「右側に車を寄せろ」
  連中としては右側のファベーラに車ごとおびき寄せて連れ込み、身ぐるみをはいで車もいただいていくという作戦なのでしょう。
  私は従順を装うことにして、直前にあんたらの車が停まっているから発進できないじゃないか、右側にどうやって寄せるんだ、と手マネとポルトガル語で連中に伝えました。
  彼らが車を動かしたら、私は急発進して逃げるつもりでした。しかしその意図は見抜かれたようです。
  連中は私をその場で車から降ろそうとかかってきました。ひとりの男はドアのノブを腕ずくでひっぱります。そしてピストルの男は腰から銃をぬいて私につきつけてきました。

  私には不思議なくらい恐怖感がありませんでした。この最悪のケースをどう逃れようかと、相手がピストルをぬいてくるほんの一瞬のうちになにかとんでもない奇計はないかと思いをめぐらせました。
  私は後部座席においた手さげバッグに、 牧師を空港で撮影したビデオカメラを置いていること思い出したのです。
  イチかバチかの勝負をしました。後ろのバッグをわしづかみにしてビデオカメラを取りだし、慣れた手つきでレンズキャップをはずすとカメラをONにして連中にレンズを向けたのです。
  カメラに気付いた男たちは条件反射のように腕で顔を隠しました。
  私は隣のT牧師に叫びます。
 「先生、このビデオを持って連中に向け続けて下さい!」
 「えッ、使い方わからんけどー」
 「ただ持ってるだけでいいですから 」うろたえる牧師にカメラを押しつけると私は強引に車を急発進させました。連中はなおも顔を隠し続けたままでした。
 「ちくしょうめ、日本人をナメヤがってぇ」私は窮地を逃れてからかえって興奮する気持ちを懸命に押さえつつ、どんどん交通量を増してくるサンパウロ市内へと向かいました。

  せっかく連中の車のナンバーも控え、人相もビデオで撮影しているので、私は警察に情報提供しようと思いました。軍事警察に電話をすると「それなら現場近くの警察署に持って行きなさい」と面倒臭そうに言われてしまいました。とてもあのファベーラのあたりにすぐに行く気はしません。幸い実害はなかったし、無事なら無事ですぐに 先生とのハードなスケジュールをこなさなければなりません。
  それに相手が空港帰りの日系人を狙っているの」が確実ですので、ヤル気のない警察よりもブラジル日系社会で最大の発行部数を誇る月刊誌「BUMBA」の紙面を借りて皆さんの注意をうながす次第です。

  ここで筆者からのサンパウロ国際空港周辺の強盗対策アドバイスです。

 @できるだけ自家用車の使用は避け、リムジン・バスやタクシーを利用する。
 Aアイルトン・セナ街道はさける。特に空港からの帰路、交通量も少なく人家もまばら、そして市内でファベーラにぶつかるアイルトン・セナ街道は避けて、交通量の多いドゥトラ街道を選んだ方がベター。
 B空港の到着ロビー、駐車場からご用心。日本語で大声で話したり、いかにもスキだらけで金品イッパイの日本人にみられないように。生活のかかったプロのドロボーさんがどこからか監視しています。
 Cスタイルにも要注意。出稼ぎ帰りのサンタクロースにもビジネスマンのVIPにもみられないように。ちょっと出張に行ったビジネスマンないしカネも貴重品もない貧乏旅行者などを演じましょう。ドロちゃんに食指を動かされないように。
 D車中では細心の注意の運転を。ついつい来客と話に夢中になって運転しているとアッという間にニセ警官が寄ってきます。かといってF1の本場だゼなどとカッコつけて飛ばしたりすると本職の警官の餌食になります。
 E万が一の小道具。私のビデオカメラでの撃退例はひたすらラッキーでした。タイミングをまちがえたらアウトです。ニセ警官が来たな、と思ったらすぐにスチールカメラを向けて証拠写真を撮るぞという構えをしたり、携帯電話で警察に電話をかけるジェスチャーをするのも状況次第で有効かもしれません。
  しかし「命ぞ宝」、もうヤバイと思ったら無抵抗主義でホールド・アップしてしまうのが最も無難かもしれません。車を空け渡してから撃たれた知人もいるのですが――。

  ちなみにブラジル到着早々、ドラマチックな体験をした 牧師に感想を聞いてみました。
 「いやぁ、ただでさえ長旅と時差でボーッとしていた時でしょう。現実感がなくて映画かテレビのドラマを見てたようですよ」
 「でも先生は牧師さんなんだから、無事に逃げられるよう懸命にお祈りをしていたんじゃないんですか 」
 「ホント言うと、このにいちゃん、こんなに警官に反抗してだいじょうぶかいナと思ってましたよ」
  日本では裁判所で退延処分を受け、公安警察にもマークされている反骨牧師も、ブラジルでは直前の岡村のレクチャーにも関わらず、ニセ警官どもを素直に本物と思っていたのでした。

  だから、日本人は狙われる!

Bumba No.8 2000年

岡村さんへのメールは
e-mail:okamura@brasil-ya.com