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言ってしまえばよかったのに日記
深沢七郎「言わなければよかったのに日記」に倣って

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<当日記の移転のお知らせ>

  11月より当日記の続きを、ブログで引き継ぐことにいたしました。新サイトはhttp://hoshinot.exblog.jp/です。しばらくは試行錯誤で、ひょっとしたらまた元に戻るやもしれませんが、今後ともよろしくおつきあい願います。過去の日記については現状のままです。

2006年10月31日(火)  晴れ

  それにしても今年の秋は暑い。フットサルでも、例年なら死に絶えているはずの蚊にいまだに悩まされている。
  ネット自殺もそうだが、いじめによる自殺も連鎖を引き起こす。ついには教師まで自殺をしている。これでは死んでよいと言っているようなものだ、と思わないでもないが、気分的に追いつめられて日々を生きている人間がものすごく多い、それがマジョリティなのだ、ということは、わが身を振り返っても事実だろうと理解できる。
  いじめがあったかなかったか、ということが、その都度、問題にされるが、私は、この日本社会はもはやそのような問いを発するのがバカらしくなるほど、いじめ体質が深く根づいていると思う。あまりに根づきすぎていて、もはや誰もいじめをしないような生き方など知らないかのようだ。つまり、日常の社会生活(学校生活、家庭生活をも含む)を営むこと、イコールいじめの原理を生き抜くこと、と化している。この風土は、すでに90年代半ばに一度、オウム真理教事件という形で破局を迎えている。いじめ以外のシステムがないような社会が、オウム事件を生みだしたということに、私たちは向き合う必要があったのだが、事件以後の社会は、そこから目を逸らそうとするあまり、ますますいじめの体質を強化した。仮想敵を作ってはそれをバッシングすることで自分たちをまともだと神経症的に確認しあう。そのような確認作業は一種の依存症だから、次第に度を超すことになる。
  私は13歳のとき、このような傾向が始まった境目を経験している。小学校を横浜市緑区(当時)の荏田で送ったのだが、そこはまだ開発されたばかりの郊外で、旧宿場町時代からの地元民と、都心から移り住んできた子連れの若い新興住民が混ざり合っていた(私は後者)。学校の雰囲気はいたって素朴で、誰もが誰にも気兼ねすることなく、学校生活を送っていた。おそらく、途上国の子どもたちのようであっただろう。
  中学から私は東京の世田谷区に移った。そこで私はカルチャーショックを受けたわけである。その公立中学では誰もがテストの点を気にし、勉強をしているかどうか探りを入れあい、スポーツと恋愛以外で積極的な者は間違いなくからかいの対象になった。特に、「まじめ」と見られることは命取りだった。
 「まじめ」がダサいとされ軽蔑される傾向は、80年代にピークを迎える。その風潮に乗れなかった者たちの一部が、オウム真理教に入信していく。岐阜の女子中学生の自殺で、いじめた側の生徒が「まじめな者をいじめたかった」と言うようなことを述べているという報道があったが、「まじめを叩く」というのはいじめ風土の一つの要素ではないかと思う。
  いじめはすでに日本社会の生き方そのものと化している以上、「いじめ」という言葉で処理しないほうがいい。それは排除でありバッシングである。局部的な現象ではなく、この社会の構成員誰もが内面化している構造的な問題であることを、肌で認識すべきだ。

2006年10月23日(月) 

  連日、10月とは思えない暑さで蚊に悩まされているが、今日は久しぶりの雨で秋らしい肌寒さ。
  スパムメール対策で、このサイトのメールアドレスを変更した。これからもしばしば変更することになるだろう。
  新しい短編集『われら猫の子』の発売日が11月10日と決まった。帯まで含めて装幀が素晴らしい。
  東京国際映画祭のコンペに出品されている坂本順治監督の新作『魂萌え!』を昨日、見てきた。充実した作品だと思う。桐野夏生さんの小説を、ちゃんと別の映画作品に仕上げてある。『魂萌え!』はちょうどNHKのテレビドラマとしても放映が始まったところだが、テレビドラマ版はまったくいただけない代物で、小説のためにもドラマは見ないでくれ、と言いたくなる。けれど、映画版は小説を離れて見ても面白く、胸を打つだろう。そのうえで、小説を読んでいない人はぜひとも読んでほしいと思う。11月下旬には新潮文庫として刊行される。解説は、畏れ多いながら私が書かせていただいた。
  映画では、主演・敏子役の風吹ジュンが魅力たっぷりで、熱演だった。主演女優賞が取れるといいな。それと、田中哲司の息子・彰之役ははまり役だった。私のイメージどおりで驚いた。
  一般の劇場公開は、シネカノン系で来年1月下旬とのこと。

2006年10月11日(水)  晴れ

  長らく日記の更新が滞ってしまった。今年いっぱい、ないしは年度内いっぱいはこのペースが精一杯かもしれない。それにしても、今日、アブラゼミが鳴いていたのには呆れた。
  しばし新聞から離れていたため、今日知ったのだが、ロシアで最もまともなジャーナリストの一人、アンナ・ポリトコフスカヤが暗殺された。ショックでしばらく茫然とする。一度は毒を盛られながら、一命を取り留めたのに……。ロシアの実像を、私はこの人をほとんど唯一の窓口として見てきた。日本語訳の出ている『チェチェン やめられない戦争』『プーチニズム』(ともにNHK出版)が、数少ない情報源である。殺したのが誰の意思によるものなのか、おそらく明るみに出ることはないだろう。これでロシアの情報操作はさらに完璧に近づき、私たちはこのプーチンの国家がどのような恐るべき怪物へと変容していくのか、わからないままだろう。実体を自ら明らかにするころには、手遅れかもしれない。北朝鮮の核実験の陰で、さらに暗い事件が起こったのだ。

2006年9月23日(土)  晴れ

  クローゼットの服を虫干しする。それなりにもののいいクローゼットを買ったものの、風通しの悪いところに5年以上も置いていたせいか、たまに虫干ししても、服やクローゼット内部からカビ臭さが取れない。防虫剤や除湿剤は置いているし、ときどき中も拭いたりしているのだけど、服にカビのにおいが染みついて、季節の変わり目にジャケットなどを出して着るたび、体を蝕んでいる気がする。ようやくこの夏、クローゼットを風通しのいい位置に移し替えたのだが、そう簡単にカビ臭さは消えてくれない。どうしたものやら。
  去年の後半あたりから続いている心身の奥の疲労がいまだに取れず、難儀している。今年いっぱいで底を打つと思うのだけど。
  そういう気分が続いているから、なおさらペシミスティックになるのだろうが、今の日本社会には、批判を口にすることが非常に億劫になるほど、暗い気持ちを抱いている。むろん、絶望してニヒリスティックになるつもりはなく、私としてはささやかに小説を書き続けるのみと思っているが、得体の知れない焦燥と不安は大きくなる一方である。安倍晋三総理の就任は、世界中で進行している、新国家主義の時代に日本も突入し後戻りがきかなくなったことを告げているけれど、私が暗い気持ちになるのは、安倍人気の半分ぐらいは彼の思想信条など知らない人たちによるものであること、よしんば知ったところでその支持は変わらないどころか熱烈になるだけだろうこと、本当は抑圧され権利を奪われるだろうはずの女性からの人気のほうが高いこと、などによる。私は普段あまり共感することの少ない福田和也が、小泉人気は、本来、彼の「改革」によって社会経済的な苦境へと追いつめられたはずの若年フリーター層などが、復讐のようにして小泉を熱狂的に支持していた側面があったと指摘していたが、それはまったくそのとおりだと思った。
  政治家とか高級官僚とか、権力を持つ者が理不尽なことをするならば、それを批判することは難しくない。けれど、それらを支え同調する一般の人々が、ここまでファナティック(狂信的)になり、熱狂している最中は凶暴きわまりなくなるような社会になると、その人たちに向かって批判を投げつけることには恐怖がある。特に、日本社会はその恐怖が共同体を支配してきた歴史が強い土地だと思う。
  別に私は今、迫害されているわけでも何でもないけれど、将来のありうる社会像を想像すると、この社会に居続けることに不安と嫌悪を覚える。

2006年9月20日(水)  快晴

  もうすぐ初の短編集を刊行する予定であり、現在その作業中。最近、短篇を書くことの快感に目覚めてきたところなので、このタイミングでだしていただけるのはありがたい。担当の編集者と相談のうえ、書いた年代順に並べることにした。来年でデビュー10年になるけれど、この作品集は私の9年間の書き方、テーマ、指向が順を追って見えるものとなっている。ゲラにして全部を読み通して気づいたのは、作中人物の名前に「ホシノ」と自分の名を付けている作品がいくつかあったこと。短篇だと、気楽に私小説的結構を使うことができるからだろうか?

2006年9月9日(土)  曇り

  自民党の総裁選が開始され、テレビで各候補者の主張を見る。安倍氏は年金の財源について、NHKのニュースでまた抽象的なことを言っていたが、記者に突っ込まれるうち、来年の参議院選の後で税率を上げるつもりであることを表明した。そこに重きがあることを選挙前にはっきり言うべきである。「再チャレンジ」については、何度でも挑戦するチャンスがあり、いろいろな生き方が可能な社会を目指すようなことを言っていた。それと彼の一元的な家族観とは、どのようにつじつまが合うのか?
  政治家の語る言葉は、どんなときでも政治的な意図に基づいている。その真意については、翻訳して意味を汲み取らなくてはならない。その際に重要なのは、何を語っていないか、である。語られていることにばかり目を奪われないように気をつけなくてはいけない。
  とはいえ、しょせんは一組織の長を選ぶ選挙。その人が首相になる以上、彼らがどのような言葉遣いで何を語っているのか、メディアがしっかりと伝えることは重要だが、今の報道を見ているとやはり違和感を覚える。何だかオリンピックとかワールドカップみたいな人気の大きな祭典であるかのように報道し、盛りあがるのは当然といわんばかりにはしゃいで、ちまたの人に「乗り遅れてはまずい」という強迫観念を植えつけているようにさえ、感じる。
  文学についてもそう思うのだが、「わかりやすくなければ話にならない」といったムードが受け手の側に強く、発信する側がその要求に合わせていくうち、既存の枠組みにはまった、非常に単純化された見せ物や読み物になって、本質が隠されてしまう、ということがあらゆる表現分野で起こっている。その単純化された見せ物読み物に、マジョリティが熱狂してカタルシスを得るこの傾向は、一種の中毒症状だ。現在の見せ物読み物は、阿片のようなものである。

2006年9月7日(木)  曇り

  自民党総裁選は、自民党という一組織における党首選びだから、党員でない私には関係のない話のはずである。それなのに気にせざるをえないのは、ひょっとすると今後3年はこの総裁が首相を務め、選挙という手段でそれを変えることができないかもしれないからだ。けれど、これは昨年の郵政民営化総選挙で、有権者の選んだ結果による。あのとき、郵政民営化、賛成か反対か、と問われ、「賛成」と言うつもりで一票を投じれば、それは実際には、郵政民営化以外の政策についても、さらには小泉以後の首相が行うかもしれない政策についても、白紙委任状を渡したに等しかった。つまり、安倍政権は、白紙委任状を手に持って登場することになる。
  白紙委任状を持っていて、支持率も高いのだから、何をしても構わない。安倍氏はそのような状況にある。そのせいか、これから首相として行うことについて、まともに語ろうとしない。これほど具体的に語らない人間が、なぜ党員以外にまで広く支持されるのか不思議である。
  自民党が各地で開いている討論会の映像で、年金問題について、谷垣氏は消費税で財源確保をと訴え、麻生氏は経済成長でそれはまかなえると言ったのに対し、安倍氏は、年金が危機にあるという不安をいたずらにあおるのはよくない、年金制度はよい制度なのでこれからも維持していきたい、というようなことを発言していた。ニュース報道で見ただけなので、これだけで判断するのは軽薄だと承知のうえで言えば、私は、年金という重要な問題について首相に就任する者がこれほど何も語らないのは、有権者を軽く見ているからではないか、と思った。年金が危機的状況にあることは誰がどう見ても間違いないのに、どう打開するかではなく、これからも維持していきたいと、その存続を語った姿勢に、私は、安倍氏はひょっとして、場合によっては年金の規模は縮小してもよいと考えているのではないか、と感じた。老後は国が面倒を見るのではなく、基本的に各個人が自分で備えよ、ということかと。あるいは安倍氏の思想信条からすれば、老後の面倒は家族がみるべきだ、ということかもしれない。つまるところ、格差は仕方ない、それは国の責任ではない、と言っているようにさえ感じたのである。
  そもそも、小泉政治の負の遺産といわれる格差の解消についても、「再チャレンジ」できるシステムを口にしているが、私は話が違うように思う。再チャレンジしても失敗した人は、死ねということか。その人の置かれている社会的身体的条件によっては、「チャレンジ」という土俵に立てない人もいる。それらの人間にも最低限の生活と自由を保障するのが、現在の国家の義務ではないのか。
  私は、安倍氏にはとても冷淡なものを感じる。何も語らず、一般の有権者には見えないところで自分の世界観に基づいた政策を実現させていこうとする感じも、一般の人々を軽視しているがゆえに思える。そしてそれらの政策は、よく言われるように復古主義的で国家主義的な、いわば個人の内面を縛る規範作りについてばかりであり、年金だとか経済政策だとか外交交渉の具体策など、現実的な対応については方針もはっきり見えなければ具体的に何をどうするのかも皆目わからない。つまり、「仮想敵」に対する空想的な備えについてばかり熱心で、現実的な対応についてはほとんどビジョンも心構えもないのではないか、とすら思えてくるのである。
  安倍氏の思想信条が政策となって実現したとき、最も失うものが大きい層の一つは、女性ではないかと思う。生き方の選択肢は非常に限定され、それに沿わない者は、極端に言うと人権すら認められないような社会になりかねない。彼の思想信条は、かつては栄華を誇っていた血統書付きのオスの負け犬たちが見る、妄想じみた夢とシンクロしているのだから。安倍氏はそれを、ソフトに抽象的に語るだけで、その結果誰が損をするのかといったなまなましい事実については決して口にしない。それを一般の人々が知るときは、すでにそのような社会が実現した後であろう。取り返しはつかないのだ。

2006年9月6日(水) 

  オシム率いる日本代表、アウェーでのイエメン戦、ロスタイムに一点を入れて辛勝。イエメンは共和国だけど、スタジアムに掲げられていた巨大な肖像画は誰だ?
  サウジアラビアに比べると能力的にかなり劣った相手ではあったので、本来ならもっと得点して楽に勝ちたいところではあった。でも、私は悪くない試合だと思った。何かが変わったと感じることができたからだ。何しろ、坪井が流れの中からペナルティエリア内でシュートを撃ったのだ! サイドをオーバーラップしただけでなく、巻が撃てそうな場面だったのに、坪井はオフサイドポジションにいたにもかかわらず譲らずに弱々しいシュートをキーパーに向けて撃った。坪井の攻撃参加など、まだほとんど意味のない出来事のように見えるけれど、そういう意識を持っていくうち別人のような選手に変わるかもしれない。足は速いのだし。
  それは一例で、随所に、そのような意識の変化がみられた。得点シーンも、サウジ戦で終了間際にトゥーリオをゴール前に貼りつかせたのに活かせず何もしないで終わった反省から、トゥーリオを有効活用して生み出せた。パワープレーのやり方の初歩を覚えたというか。けれんみのなさが持ち味の我那覇が、どこかおどおどとプレーをして見えたので、ゴールを決められたこともとてもよかった。
 「日本のマケレレ」鈴木啓太も、かなりムキになって攻撃参加した。そしてそれはそれなりに有効な局面を作り出していた。オシムは啓太を先発から外すようなふりをして尻を叩いたわけだが、わずか3日でこのように変化できることは、相手の弱さを差し引いても、悪くない状況だと感じた。
  じつは鈴木啓太は私が今いちばん買っている選手である。アテネ五輪の時は、いつも鈴木を外せ、と思っていた。ポカが多いし、下手だし、キャプテンとしての精神力だけが持ち味というような選手だと見ていた。下手なくせに「ケイタ、ケイタ」と黄色い声援を浴び続けていることも、アルメイダ気取りのあのヘアスタイルも気に食わなかった。なので、五輪本番でメンバー落ちしたときは、当然だと胸のすく思いだった。
  けれど、去年今年と浦和を見続けていて、その成長にすっかり心を奪われた。浦和の心臓は、鈴木啓太以外ではありえない。球を奪い取る能力、ポジショニング、守備のバランスを常に保つカン、献身的で疲れを知らぬ運動量、加えて今年は球をキープする能力も上がっている。まだフィードはうまいとは言えないが、左右へ散らせる視野の広さも出てきた。ケイタがいなくてはトゥーリオも活きない。そして精神力とキャプテンにふさわしい目配りのよさはそのままである。いつの間にか、私まで「ケイタ」と呼んでいるではないか。マケレレみたいな本当に必要不可欠な選手になったと思っていたら、オシムも昨日の会見で「マケレレ」と評していた。
  これほど成長できる選手であることが素晴らしいと思った。めげない腐らないケイタは、まだまだ伸びるだろう。彼とポジションを争えるのは、今野ぐらいではないか。
  まだ成果は出ない試合だったけれど、私はこの新チームの変化と成長の芽がはっきり見えた試合だと感じた。

2006年9月2日(土)  晴れ

  9月に入るなり秋めいた気候。おかげで久しぶりによく眠れた。
  ずっと気になっていた萱野稔人著『国家とはなにか』(以文社)をようやく読んでいる。私がこの数年漠然と感じてきたことが、とても明快に理論化してあって、もやもやが晴れるような気分だ。
  去年、私はメキシコで独立記念日に軍のパレードを見た。アステカの戦士や植民地の騎兵隊など、扮装した兵士たちがメキシコの歴史を見せるという一幕もあった。テレビではアナウンサーが、「このパレードの勇姿に子どもたちみんな憧れるんですよね、私もそうでしたね」などと言い、ゲストも賛同している。私はホテルから出て、その行進をじかに見た。見ながら、国家と軍とは本質的につながっていて切り離せないのではないか、と思ったのだ。特に近代国家においては、兵はその国の住民にとって非常に近しい存在(慣れ親しんでいる、ということではなく、誰もが兵士になりうるということ)なのではないか、と。つまり、軍隊をなくしたければ、あるいは武装という条件から解放されたければ、国家という単位自体を解体しなくてはならないのではないかと思ったのだ。少なくとも、近代の国民国家という単位を。
 『国家とはなにか』によれば、国家とは暴力を独占することで支配する運動のことである(本当はもっと厳密な言葉遣いによって定義が展開されている)。暴力を持たない国家はありえない。なぜならそれが国家の原点だから。その暴力が「民主化」されて、その国の住民すべてが暴力の主体となるのが、国民皆兵制であり、それが近代国家を作り上げた。だから、徴兵による軍隊と国家とは、切り離せないのだ。
  この皆兵制を実現させるための条件として挙げられているのが、「国語」の制定と教育の普及である。明治の日本を見れば、まさしくそのようになっている。一種の共通認識、すなわち常識を国民に植えつけて地域による常識の差を少なくすることが、その狙いである。さもないと、均質な兵士の集合体である軍隊は成り立たないからだ。
  安倍晋三・官房長官は、総裁選の公約として、公教育の普及を強調している。その一つの狙いは、ここにあると私は思う。すなわち、いざとなったら誰でもが兵士になりうるように下地を整えること。公教育とは、徴兵制を実現するための基盤にほかならないからだ。軍隊が国家とほぼ等しいのだとしたら、愛国心などを叩き込むことも、軍人になるための準備と言える。安倍官房長官は、日米同盟の重要性を説明する際に、「アメリカの若者が命を賭けて日本を守っている」というような言い方をした。こんな言い回しをしたのは、「でも自国は自分の手で守ろう、日本の若者が命を賭けて日本を守るべきだ」とのニュアンスを感じさせたいからだと、私は思った。安倍官房長官は、国民皆兵制とまでは言わなくても、今のような、有志だけが自衛官になる、という状態とは明らかに違う、いざとなったら誰でもが兵士とされうる社会を目指しているように思える。
  今、私がこんなことを言っても、「大げさな」「極端では?」と思う人が多いだろうが、現状の延長には、そう遠くない将来にそのような社会が出現することは避けられない。何しろ既存の右翼が、「社会は我々を追い越してしまった」と茫然自失する社会である。
  だが、恐ろしいことに、徴兵制のような制度が作られるかもしれないという予測は、今のナショナリズムを担っている層には、何の歯止めにもならないだろう。前回も書いたように、何者も信用していない、大切な人間など身近にほとんどいない者たちが、「国を守る」という意識によってかろうじて自分のアイデンティティを支えているのだとしたら、実際に守るべき具体的な対象は何もない。命を賭けている自分、という感覚だけが必要なのだ。ベトナム戦争期にアメリカでも見られた、生きている感覚や自分探しのために軍に志願する若者の、より絶望的なバージョンと言えよう。つまり、かれらは兵士になって闘うことをある意味で求めている。だから義務的に徴兵される社会を、今よりましだと捉えるかもしれない。そこにあるのは、現世を憎悪するあまり、自分を含め何もかも破壊して構わないという、誰にも説得できない究極的な感情なのだ。
  このような感情が、世代における現象として見られるようになったのは、私より少し上の、だいたい1960年以降に生まれた者たちの間でだろう。オウム真理教のファナティックな幹部に始まり、池田小学校事件を起こして死刑に処された宅間守、奈良の幼女殺しの小林薫など、反省を拒む者たちに窺えるのは、この世もろとも自滅すればいいという欲望である。かれらが20歳若かったら、ネットで極端なナショナリストぶりを発揮したのではないか。
  この憎悪が、軍隊という形式の中で集団として束ねられ、どこか一方向に向けられたとき、制御できない破壊力を発揮するだろう。ひょっとしたらそれを利用しようとした為政者にもコントロールはできず、為政者自身をも破壊してしまうかもしれない。文民政治の終焉である。