―冬の名前―
お正月も過ぎ、2月といえば一年でもっとも寒い時期。
わたしの住む町は、東北地方の太平洋側なので、冬は乾燥気味の気候です。とはいえ、雪ももちろん降ります。
夜の間から雪が降り続いていることを、朝起きたときに、全身で感じることがあります。
まず、布団の中が、いつもより温かく感じます。からからだった喉や鼻が、しっとりと潤っています。山や遠くの国道から聞こえていたいつもの鳥のさえずりや車の音が、しんと消えています。さまざまな音を、雪がすっぽりとくるんでしまうのです。
雪の匂いもします。ひんやりと水っぽい匂いです。灰色の空から、綿を細かくちぎったようなボタン雪が、静かに降り続きます。これが、粉雪ですと、ちりちりという雪の降りつもる音まで聞こえてくるのです。
つい前日まで色にあふれていた風景が、雪のおかげでモノトーンの世界に早変わり。山々へ目をやれば、まさに水墨画の世界。私は、これに「雪の一筆」と名前をつけています。自然は、ダイナミックな筆使いをするものです。
雪が降り、次の朝が晴天だと風景はがらりと変わります。真っ青な空に輝く太陽。放射冷却で気温は氷点下。同じ青空でも、キンキンに冷えた空気を吸い込みながら見上げると、空は、冷たく固い金属板に見えてきます。
雪の表面は、がりがりに凍りついています。氷の結晶が、太陽の光を反射して、キラキラ輝くので、外の世界は、普段の何倍もの光で満ちあふれ、まばゆいほどです。
こんな朝を「ダイヤモンドの朝」と、これまた勝手に名前をつけて楽しんでいます。セレブな宝石には縁がありませんが、この世の美しさを独り占めしたような、贅沢なひとときです。
ところが、このダイヤモンド。決して宝石箱の中には入ってくれません。日の光に温められ、あっという間に白い湯気に姿を変え、青い空へと昇華していってしまうのです。
ところで、私は、小学校で絵本の読み聞かせをしています。小学1年から6年まで、毎週ボランテイア仲間のお母さん達と、授業開始前の十五分をいただいて、絵本を1,2冊読んで聞かせています。
テレビやゲーム漬けの世代とはいえ、子ども達はお話を聞くのが大好き。目を輝かせて絵本や紙芝居を見つめてきます。楽しい絵本を読み終えたときなど、「もっと読んで!」と、うれしい声を聞くことが出来るのも、読み聞かせの醍醐味です。
読む絵本は、読み手のお母さん達自身が大好きな本で、子どもに読んで上げたいと思う本を、第1に選ぶようにしています。
読み手の心は、読む声に現われます。読み手の気持ちがお話に入っていると、子ども達はぐぐっとお話にひきつけられます。そして、クラスの仲間と一緒になって、お話しの中にたっぷりと浸ることが出来るのです。
寒い時期には、冬のお話を読みます。雪を題材にした絵本や紙芝居も、たくさん出ていて迷うほど。
私が必ず読む作品が、ふたつあります。ひとつは、高橋喜平さんの「こんな雪 あんな氷」という科学絵本です。
高橋さんは、残念ながら、作年九十五才でお亡くなりになりました。盛岡に住み、林業試験場で雪崩の研究をされていました。研究生活の中、雪の造形に魅せられ、撮り続けた写真をもとに、子供用に書いた本が、「こんな雪 あんな雪」です。
雪の造形に、さまざまな魅力的な名前がつけられています。
雪の表面のわずかな凹凸に日が当たり、凸部分が早く溶けてへこみ、雪原に小さなくぼみが出来ます。これは、「雪えくぼ」。なんともかわいらしい名前。この名前を知ったら、雪原がにっこり笑っているように感じられるでしょう。
雪の斜面に雪玉がころころ転がり、雪が巻いて出来た、バームクーヘンあるいは巻き寿司のような雪の造形。これは、「雪まくり」。地方によっては、「雪俵」「雪玉」と呼ぶそうです。愛嬌がある名前ですね。
電線に積もった雪が、細いひも状にずり落ちかげんになった造形。これは「雪ひも」。な〜るほど!
くいや電柱の頭の部分に、ふんわりキノコ状にかぶった雪。まるでお洒落なベレー帽です。これは、「冠雪」、あるいは「雪帽子」。
電柱も冠をかぶって、王様気取りかな?
薄氷の上に積もった雪が、糸状に凍りついた様子。これは「雪レース」。高橋さんが名付け親です。
ほかにも、空気が氷に封じ込められ、気泡と水の境が再結晶して出来た、真珠玉のような「空氷(からごおり)」。氷の上にドーナツ状に雪が積もってできる「雪輪」など、素敵な言葉がたくさん出てきます。
「名前」を知るって、大きなことですね。人でもそうですが「名前」を通して、対象が自分にぐっと近づいてきます。今までただの風景だった真っ白な雪が、想像力をかきたて、意味を持ってくるのです。農村に住む子ども達は、豊かな自然に囲まれて育っています。そこに、豊かな言葉があれば、もっとさまざまな風景が見えてくるのではないか。そんな願いもこめて、一緒に雪の名前を覚えて楽しんでいるのです。
冬の読み聞かせの定番、二つ目は、宮沢賢治の「雪渡り」の紙芝居です。宮沢賢治の文章は、読んで聞かせるのには、意外と難しいもの。簡単に脚色された紙芝居で、子どもたちに聞かせています。
さて、「雪渡り」は「しみゆきかんこ かたゆきかんこ」というせりふから始まります。これに、適当な節をつけて唄うように演じます。すると、子ども達の心はたちまち、主人公のいる白い雪原へと運ばれます。
話の筋は、人間の子が狐の幻灯会に招かれ、不思議な幻灯を楽しみ、狐たちと心を通い合わせるお話しです。
狐の子たちに送られて森の外へ出ると、月明かりの雪原を、兄さん達が迎えに来るのです。その美しい情景の余韻を楽しみながら、子ども達の心も、現実の世界に帰ってくるのです。最後の場面に、もう一度「しみきゆかんこ かたゆきかんこ」と唄って、紙芝居はおしまいです。
雪が降っている日などに、これらの読み聞かせをすると、みんなの心がひとつになって吸い付いてきます。外はどんなに寒くても、心はぽかぽかあったかいのです。
寒い冬を、いろいろな言葉やお話で、ぜひ楽しみたいものですね。