ジュルリン!ドジョウ大臣殿      
 


 暑ーい夏の日。大ちゃんは、帰ってくるなりランドセルを玄関の前に放り出すと、家の前に走っていった。
 実は、このあいだ、この田んぼで、とびきりでっかいドジョウを発見したんだ。

大ちゃんは、さっそくそいつに名前を付けた。
「ドジョウ大臣殿。偉そうななまえだろ?」

 あれからずっと探しているのに、今日も、見えるのはおたまじゃくしばかり......,.
「どこだい?ドジョウ大臣殿......」
 大ちゃんがつぶやいたとき、聞いたこともないような、へんてこりんな声がした。
「こーこジュールリーン」

 あのドジョウだ!大ちゃんの足もとだ!
 思わず大ちゃんは、ドジョウをつかまえようと、手をのばした。そのとたん......

ジュルリン!
 ドジョウは体をくねらせた。すると、

「あれ?れ?れー?」
 大ちゃんの体は、あっという間にぐんぐん縮んで、ポシャンと田んぼの中に引き込まれてしまった。

「大ちゃんドジョウ、よく来たのう」
 大ちゃんの目の前には、でっかいでっかいドジョウがいた。黒く光る太い体。立派なひげ。
眼鏡の奥から、優しそうな目が見えた。

「ド、ド、ドジョウ大臣かい?」
「そうじゃ、この名前が気にいっとる」

 ドジョウ大臣は、おほんとせき払いした。

「いま、大ちゃんドジョウって言った?」
 大ちゃんは、おそるおそる自分の体を動かした。足のかわりに、ドジョウのしっぽがピクピク動いて見えた。
なんてこった。大ちゃんは、ドジョウ人になっていたのだ。

「だいじょうぶ。後でもとにもどすぞよ。それより今日は、田んぼの中に特別招待じゃ」

 さっそく、ドジョウ人になった大ちゃんは大臣の後について、泥の中にもぐった。

どどおーん、どどおーん

 突然、地面がゆれ出した
田んぼの水も、嵐の海のように暴れ出し、おたまじゃくしもヤゴもミジンコも、大慌てで逃げ出した。

「ドジョウ大臣、どうしよう」

 大ちゃんハブルブル震えた。と、そこに、

ザバン!ずどどん!

 田んぼの上から、巨人の足が降ってきた。

ザブリ!ブスブス!ズボッツ!

 こんどは、巨人の手が降ってきた。
そして、大ちゃんが隠れていた草を、大ちゃんまでいっしょに、ものすごい力で引き抜いていった。

「キャー。助けて-」

 ついに、大ちゃんは巨人につかまった。

「おや、かわいいドジョウじゃないか」
 大ちゃんは、はっとして目を開けた。
「その声は、とうちゃん!」

 巨人は、大ちゃんの父ちゃんだった。

とうちゃんの顔は、泥がいっぱいついて、汗がぽたぽた流れていた。
とうちゃんは、田んぼの中の草を、一つ一つ、手で引き抜くんだ。

「あー腰がいたいな。よし、今夜はひとつドジョウ汁でも食おうか」
「ひどいよ、ぼくを食べないでー!」

 大ちゃんは、思い切り、とうちゃんの手の中でもがいた。そのひょうしに、

ペチペチッツ!

 大ちゃんドジョウのしっぽが、とうちゃんの鼻に、泥でバッテン印をつけた。

ボッチャン!

 大ちゃんは無事、田んぼの中に逃げ帰った。

「どうでしたかな、ドジョウ人になった気持ちは?ムフッムフッファッファッファッ」
 大ちゃんの目の前で、ドジョウ人が腹を抱えて笑っていた。

「さてもう、お別れですじゃ。大ちゃん。ここで、ずっと、うまい米作ってくだされよ。わしらも、お手伝いしとりますからの」

「ドジョウ大臣。また会えるよね」

 ドジョウ大臣はにっこり笑うと、大きく体をくねらせた。

ジュルリン!

「おい、大。こんなところで何してるんだ」

 すぐ横で、とうちゃんの声がする。
大ちゃんは、気がつくと、あの田んぼにたっていた。

そして、とうちゃんの顔を見たとたん、大ちゃんの目は、お皿のようにまん丸になった。
 だって、とうちゃんの鼻の先には、大ちゃんドジョウがつけたバッテンが、しっかりついていたんだもの!

「アッハッハッ。とうちゃんの顔がそんなにおかしいかい?」

 大ちゃんは、バッテン印を見ていった。

「とうちゃん、夜、腰もんであげっからね」

「ほお。そりゃすてきだぞ。アッツハッツハッツ」

「エッヘッヘッ、アッハッハッ」
 
田んぼに、ふたりの笑い声がこだました。

 そのとき、二人の足もとでは、ドジョウ大臣も、うれしそうにしっぽを振っていたんだよ。

ジュルリン!

     (おしまい)