【飽食社会への警告】
(1) メタボリックシンドロームの告げるもの
2000万人の動脈硬化予備軍
心筋梗塞(こうそく)など生活習慣病の予防に国民的な意識改革が迫られている。その主要な原因である肥満をめぐり、過剰な脂肪が内臓の周囲に張り付く「内臓肥満」が、発病のリスクを格段に高めていることが明らかになったからだ。「メタボリックシンドローム(内臓脂肪症候群)」と呼ばれ、血圧や血液中の糖分含量(血糖値)などそれぞれの値が少し高めでも重複すると深刻な動脈硬化を引き起こす。日本の研究陣が世界に先駆けて発症メカニズムの核心をとらえたもので、飽食社会の健康ライフのあり方から医療費削減など経済の波及効果まで影響は計り知れない。
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生活習慣病は血糖値のデータなど予兆が出た段階で、食事の改善や運動に励めば、ほとんど食い止められる。発病してからの努力に比べれば、格段にたやすいのだが、「このくらい大丈夫」という実感のなさがつい自分を甘やかせてしまう。
「尿に糖が出ています。血液中の中性脂肪も高めで、このままでは動脈硬化になりますよ」。働き盛りの四十歳代後半の男性、Aさんは、勤め先の定期健康診断で医師から警告されたものの、数値が危険な領域に達していなかったこともあり、忙しさに取り紛れて忘れてしまった。身長一七〇センチで体重八〇キロとやや太り気味。一日四十本の喫煙とリスク要因を改善しようとは思わなかった。
それから三年たって、Aさんの体に変調が現れた。時折、通勤の途中で左胸の心臓の位置に圧迫を感じるようになったのだ。それでも五分ほどで症状が消えるため、放っておいた。
ところが、一カ月後の暑い夏の盛りにAさんの左胸を深刻な痛みが襲った。こんどは繰り返し続き、たまらずに大阪市の住友病院へ駆け込んだ。「心臓の太い血液のパイプである冠動脈が硬化して内部が狭まり、血液が流れにくくなっています」。緊急入院後、血管を映し出したX線画像を見せながらの医師の説明に、危うい状態だったことを知ったAさんは青ざめた。
検査の結果は、Aさんが典型的なメタボリックシンドロームであることを示していた。胴囲は九三センチほどだが、脂肪は皮下よりも腸など内臓の周囲に多く蓄積し、その断面積は百二十二平方センチと基準値(百平方センチ)をオーバーする「内臓肥満」。さらに、血圧や血液中の中性脂肪、空腹時の血糖値がいずれも高めに出ていた。
内臓脂肪が血糖や中性脂肪、血圧などのリスクを上げるとともに、さまざまな形で血管を傷め、心筋梗塞や脳卒中の引き金になる動脈硬化を起こしていたのだ。
結局、Aさんは血管を広げる器具(ステント)を体内に入れる手術を行い、回復後は食事を制限し、運動量を増やす療法に努めている。
山田祐也・同病院内分泌代謝内科主任部長は「メタボリックシンドロームの考え方により動脈硬化に至る原因が詳細にデータで示され、理解しやすくなるため、患者にとって改善に向けての明確な動機付けができるようになりました」と効用を説明する。Aさんのケースとは逆に糖尿病や高血圧症の兆候が出て教育入院した患者にメタボリックシンドロームの要因を満たすことがわかり、動脈硬化を未然に防いだ例も続々と出ている、という。
このようにメタボリックシンドロームは、内臓肥満という病気の源流をつかみ出し、検査データの見方を変えた。これで国内約二千万人といわれる動脈硬化の予備軍(厚生労働省調べ)を着実に囲い込む効率的な考え方であることが証明されつつある。WHO(世界保健機関)によると、全世界の死亡の原因は心筋梗塞など「心血管疾患」が、すでに「がん」を上回っており、とくに肥満者が急増している中国などアジアでは有効な基準になっていくだろう。
メタボリックシンドローム研究の中心的な役割を果たしている日本肥満学会理事長の松澤佑次・同病院長は「欧米では体内の脂肪の蓄積、つまり肥満を量でとらえていたのを、日本では質としてきめ細かくとらえ病気との関連を追究していったのが功を奏したのでしょう」と説明する。この画期的な概念を打ち立てるには二十年にわたる地道な研究の積み重ねがあった。(飽食社会取材班)
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【メタボリックシンドロームの診断基準】
(1)ウエスト周囲径
・男性85センチ以上
・女性90センチ以上
(2)以下のうち2項目が該当
(a)血液中の中性脂肪が正常値より高めか、HDL(善玉)コレステロールが低め
(b)血圧が高め
(c)空腹時の血糖値が高め |
(2)〜(7)、及び「不眠、歯周病と相互作用」の項については、別ページにてpdfファイルでご覧いただけます。
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