最近、あちこちで「審美歯科」とか「歯のエステ」、「ホワイトニング」・・・というような文字を見かけます。みなさんの口腔内に対しての意識が高くなってきたことは確かにとても喜ばしいことだと思いますが、私にはこれらの言葉の中にいくつかの落とし穴があるように思えてなりません。

 ところで、巷には「エステティック・サロン」と呼ばれるところがあり、痩身などはともかく、皆さんいろいろとお顔の手入れをしていらっしゃるようです。また、「皮膚科」というところもありますね。「美容整形外科」なるところもあります。

 専門外の私には上記のそれぞれの領域の境界線は不明瞭ですが、“Aesthetic”という言葉が「美の、美術〔学〕の、審美的な、芸術的な」(三省堂 『デイリーコンサイス英和辞典』)といった意味である以上、少なくとも 「何らかの疾病に対する治療 = 医療」 だとするならば、医療と直接的に結びついている言葉ではありませんね。

 さて、まだ日本国内の歯科においては「ホワイトニング」という言葉はほとんど使われておらず、「ブリーチング」あるいは「漂白」という言葉で、主に乳幼児期のある種の抗生剤の投与などによって変色した歯の、いわゆる「脱色(漂白)」程度のことくらいが行われていた時期、私はアメリカからホワイトニング用の薬剤を自分の研究用に持ち帰ったのですが、最近では国内でも多くのホワイトニング剤が販売されています。

 その当時、ホワイトニングについて私が教わった先生は、「健康というのは、いわばゼロであること。今日まで、私たち歯科医はマイナスからゼロへと患者さんを引き上げることを目標にしてきたが、これからは単にゼロを目指すだけでなく、プラスを目指すことをも考えてゆかなければなりません。」と、言っておられました。

 私は今、この言葉の意味を再度深く考えます。

 ここで言うところの「プラス」というものは、必ず「ゼロ」を踏まえた上に成り立つものであり、決して「マイナス」の状態から「ゼロ」を飛び越えて到達できるものではないのです。

 医療人である私たちは、本来「先ず、患者さんの健康」を第一に考えていなくてはなりませんが、どうも最近では審美性のほうが妙に注目され、本来の「医療」というものから少々ズレている傾向にあるように私には思えてなりません。

 この責任は、当然歯科医療に従事する者の側に大いにあるわけですが、患者さんである皆さんにも、もう少し見る目をお持ち頂きたい・・・と思ったのが、この項を私が書き始めた理由です。

 ここでひとつ、私の患者さん(25歳:男性)の例を挙げてみます。

 私は、高校生のころから彼の口腔内のケアをしてまいりましたが、ある日彼が前歯を白くしたいと言い出したのです。彼の記憶にはありませんでしたが、おそらく乳幼児期に投与された抗生物質のせいで彼の前歯は紫がかったグレー色をしていたのです。

 それらのうちの目立たない部位の一本の歯を選び、いくつかの方法で少しでもノーマルな歯の色に近づけるようやってみましたが、結果は・・・多少濃い色は抜けましたがどうしても横縞が残り、彼の望むラインにまでは綺麗にならず、あとは何らかの方法で歯を削り人工的な材質を用いる・・・いわゆる、クラウンなどによる補綴的手段を用いるしかありません。

 ついては・・・は残念ながらそのような状態でしたが、大きな虫食いがあるわけでもなく、私は「これ以上、無理なことはしないほうがいい。その年齢で審美性の回復のために健全歯質を犠牲にするような方法をとるべきでないと思う。」と、告げました。

 下のレントゲン写真@は、その段階でのものです。

R L

写真 @

 その時は彼も納得して帰ってくれたようだったのですが・・・半年ほど経ったある日、「右上の糸切り歯が痛く、歯茎が腫れている。」という彼の再来院があったのです。

 私は、彼の口の中を見て驚きました。そして、撮ったレントゲンを見てなお一層驚きました。

 確かに見た目は色も形も揃っているのですが、なんと上顎の2本は抜歯され、下顎の第一小臼歯を含む8本と上顎の残り4本の前歯と1本の小臼歯はすべて神経を抜かれた上に歯を歯ぐきのラインで切断され、透明感のない、いかにも「私の歯は、作り物です。」というような色で連結された「陶材焼付け冠(一部ブリッジ形式)」が、必要以上に大きな穴を掘られた根っこに、不適合もはなはだしい状態で差し込まれていたのです。

 そして、右上の小臼歯は不適合な部分から虫食いになり、左下の犬歯は根の破折によるに病巣ができていて保存不可能な状態にまでなってしまっていました。(写真A)

R L

写真 A

 仕方なく左下の犬歯はブリッジ自体には手をつけずにその下から抜歯して抜歯後の上部構造部分を処置し、また上顎に関しては他の部分と切断分離後に小臼歯は小臼歯のみで処置し、犬歯部は今、私の入れたインプラントにかわっています。(写真B)

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写真 B

 彼の話によると、私の話に一時は納得したものの結局やはり歯を白くしたくて、はるばるこの兵庫県から東京まで行って美容整形外科に併設された歯科にてこの処置を受けたそうです。ちなみに、その治療費は100万円以上かかったそうですが、彼の年齢から考えてこの100万円以上かけた上下の歯が今後どれほどの期間もってくれるのか・・・私としては、非常に不安です。

 私たち歯科医にとって、確かに審美性の回復というものはとても大切なことのひとつです。

 しかし最初のほうでも書きました通り、「健康な状態があってこその審美性」であり、少なくとも医療行為を行う歯科医は、この点を十分に認識をしていなければならないと思います。特に、そのために歯を削るというような行為をともなう場合には、そのことによって負うリスクについても十分に患者さんに説明した上で最善の方法を選択し、またそのリスクを最小限に抑えるよう努力すべきなのです。

 そして、なにより患者さんであるあなたご自身にも、「審美性を追及するがために、歯を削る」ということのリスクを、よくよく理解しておいて頂きたいと思います。

 ここで、もうひとつの例をご紹介しておきます。

 最近当院にいらっしゃった30歳の女性なのですが、この方は虫歯も少なくご自身のお口のケアには十分に注意を払っていらっしゃる方です。それだけに・・・「白く美しい歯」というものへのこだわりも強く (勿論、これはいいことなのですが)、とある若い女性スタッフばかりの「歯のエステサロン」なるところに月に一度ずつ何ヶ月も通われ、毎回1〜15,000円ほどを支払いながら歯を白くしていらっしゃる・・・ということでした。

 ここで、私が問題だと思うことは2点です。

 まず第一点目は、「日本国内では、レーザー機器を扱うことに対する法的規制が現状では無い。」ということです。それは・・・とりもなおさず、受けとりようによっては「その使用に熟達しない者であっても、レーザー機器を使ってさしつかえない。」ということであり、私見ではありますが、レーザーを理解した医師以外によるレーザー・ホワイトニングの施術には、一歩間違えればその歯が死んでしまうというような、あるいはもっと大きな危険性が伴うと思います。

 第二点目は、「レーザーによるホワイトニングという処置は、使用するレーザーの種類や薬剤などにもよりますが、毎月1回、何ヶ月間も・・・というようなことは基本的にない。」ということです。ケースにもよりますが、通常は1〜2回の処置でかなりの効果をあげることができるはずです。

 ちなみにこの患者さんの場合は、確かに多少白くはなっているようですが、臼歯部の色を見せていただいた限り元々の歯の色自体がそれほど暗かったり黄色かったりというわけでもなく、本来ホワイトニングを必要とするような色調の歯ではなかったように私は思うのですが、ご本人は「もっと白くしたかった。」とおっしゃってました。

 色というのは主観的なものですので、私が患者さんにホワイトニングをする場合は色見本を事前にお見せし、その方の年齢なども考慮した上で、目標にする色を決定しておきます。最初にこれをしておかず、術前の歯の色を確認してもらっておくことだけをしていた場合、途中でどうしても患者さんの心理として「もっと、より白くしたい。」と思い始められるのです。そして結果的には不自然なまでの白さにしてしまうことも、あり得るのです。(ホワイトニングは、術後の多少の色の後戻りがありますので、少しオーバー気味にはしておきますが・・・)

 ですから、ホワイトニングに関しては・・・

@

術前に目標の色調をしっかりと設定し、色見本などにて確認をしておく

A

そのための、費用と期間を明確にしておく

必ず上記の2点が重要なことになってくると思います。

 まぁ、この患者さんのケースに限って言えば・・・健康を害してはおられませんのでいいようなものですが、必要以上の出費をされたなぁ・・・とは、思います。

 私は、「整形外科に併設されている歯科」がいけないとか、「歯のエステ・サロン」のようなところはダメだ・・・などと言っているのでは決してありません。この点は、十分にご理解いただきたいと思います。この項で例に挙げた2名の患者さんのケースが、たまたまそうだったというだけのことであり、どんな世界においても、きちんとする人といい加減にする人はいるものです。それを少しでも皆さんご自身の目で見極めていただけるお手伝いが出来れば、私がこの項を書いた意味が少しはあったのではないかと思っています。

 ・・・というようなところで、前置きが随分と長くなってしまいましたが、歯科における審美性に関わるくつかの処置内容を次のページに列記しておきますので、それらを基礎的な知識として参考にしていただき、ご自身のお口の健康と美しさをいつまでも保っていって頂きたいと思います。