「入れ歯をつくって欲しい。」と言って、ある患者さんが来られました。もちろん「現在の入れ歯では、食べられない。」という訴えでいらっしゃったのですが、お顔を正面から拝見すると極端に歪んでいるのです。そのことをお話しすると、「自分でもずっと気にしていたんですが、こんなものなのかなぁ・・・と思って、諦めていました。」とのこと。

 このような患者さんが時々おられます。その歪みの原因の大半は、患者さんご自身のお顔が歪んでいるのではなく、入れ歯が顔の水平線を無視して作られていたり、出っ歯に出来ていたりという、入れ歯における前歯の並べ方のせいです。

 総入れ歯だけでなく、特に前歯を含む入れ歯をお作りになるときには、歯医者任せにしてしまわれず、一旦仮に歯を並べた状態で見せてもらい、是非その前歯の並びに対するあなたのご希望を、その先生に伝える機会を持たせてもらってください。

 前歯の並びに対してのあなたの確認無しに「次回、完成です。」と言われた時は、「一度仮に前歯を並べた状態で、出来上がりがどのような感じになるのか見せてもらいたいのですが。」と、おっしゃってみては如何でしょうか?

 もちろん噛み合せなどの問題から(あくまでも、正しい噛み合せを作ることが最優先です)、全てにあなたのご希望が通るとは申せませんが、この段階でなら患者さんのご希望にそったかなりの修正ができるものなのです。

 入れ歯に限らず、何本かの前歯(時には小臼歯も含めて)を同時に作るときなどには、このことを念頭に置いておいて頂くといいのではないかと思います。また、ご自身の歯があったころの笑っている写真(口を閉じている写真では、わかりませんよ!)でもお持ちいただければ、我々としては結構参考になることもあります。

 あなたのお顔が、前歯の大きさ、色、形、その角度も含めての並び・・・そういったものからつくられる「口元」で、上品に見えたり下品に見えたり、男性は意志が強そうに見えたり軟弱そうに見えたり、女性は優しそうに見えたりキツそうにみえたり・・・と、随分と人の顔(表情)は変わるものなのです。

 それではざっと具体的な例をお話ししてゆきますが、表情を決める大きな要素となるのは特に上顎の前歯であるということと、上顎の前歯を選択することによって下顎の前歯は自動的に選択されてくるケースが多いという理由から、ここでは主に入れ歯における上顎の前歯についてのお話を致します。

大きさの選択

 上顎の前歯の大きさの決定にはいくつもの方法があり、それらの方法を駆使して、まずは歯の幅と長さとを決めてゆきます。これには、顔の計測器具を使う方法や、左右の口角間の距離と笑ってもらったり安静にしてもらったりした時の唇の位置などから割り出す方法など、いくつかの方法があります。

形態の選択

 残っている歯の形や顔の形から、歯の形態は選択してくるのですが、歯の形には既製のものだけでも数え切れないほどあります。それらを大まかに分類すると、下の写真の6種類くらいに分けることが出来るでしょう。画像の上をクリックしていただくと標準の大きさで見ていただけ、それぞれのちょっとした違いがお分かりいただけるでしょう。またこれらの写真から、それぞれの形においていろいろな大きさのものが用意されていることも、お分かりいただけると思います。

08220014.JPG (35699 バイト)

08220015.JPG (37543 バイト)

08220016.JPG (40584 バイト)

(Square Type)
四角い形の歯

(Square Tapering Type)
台形の歯

(Tapering Type)
三角形の歯

08220017.JPG (35523 バイト)

08220018.JPG (37276 バイト) 08220019.JPG (23910 バイト)

(Tapering Ovoid Type)
丸みを帯びた三角形

(Ovoid Type)
卵形

(Square Tapering Ovoid Type)
丸みを帯びた台形

 色の選択

08220020.JPG (36812 バイト)

 上下共に前歯が一本も無い方の場合、年齢や肌の色などから選択してきますが、一部に歯が残っているような方の場合は、その歯の色を目安に選択することになります。左は私の持っている色見本のごく一部ですが、この他にもいくつもの色見本があります。
入れ歯の場合には基本的に既製の歯(人工歯)を使いますので、上の写真のものだけで十分です。しかし、クラウンやブリッジをつくる場合には、そうはいきません。

入れ歯用

08220021.JPG (59842 バイト)

クラウンやブリッジ用

色あわせ

 前歯の(前歯を含む)クラウンやブリッジの場合、現代の歯科では既製の歯を使うことはまずありません。ひとつひとつ、その状況に合わせて作ってゆくのです。そして、上顎の真ん中(中切歯)二本を同時に作るのならまだしも、一本だけを作るというようなときなどはその歯と対比する歯が隣にあるわけですから、これはもう完全に色が一致しているというところまで合わせておかなければなりません。ですから、総入れ歯に規制の歯を使うときとはちがい、はるかに微妙な「色合わせ」という作業が要求されてくるのです。

 余談になりますが、よく「先生、白い歯にしてください。」とおっしゃる患者さんがいらっしゃいます。そこで、色見本をお見せし、「どのくらいの色がいいですか?」とお聞きすると、「このくらい!」と言ってとんでもなく白い色を指差されます。人の歯は、年齢と共に色は濃くなってきます。70歳の人に20代の色の歯を入れると・・・それはもう、「私は、入れ歯ですよ!」と宣伝して歩いているようなことになってしまうのです。

「色を合わせる」ということは、「自然な感じを取り戻す」ということなのです。

 さて、それでは歯の色はどのように見るのか・・・といいますと、

 私の場合、通常一本の歯を「先端部分」「中央部分」「歯ぐきに近い部分」というように3分割して見るのですが、必要に応じて9〜12分割して色を見ることもあります。その上で、それぞれのブロック内での色の特長、例えば「ここに白濁がある」とか、「着色がある」というようなものを見てゆくわけです。このとき、歯自体の凹凸による光の反射の状態も見ておきます。

 写真や絵画に趣味をお持ちの方はご存知だと思いますが、色には「色温度」というものがあり、光源によって色は違って見えるのです。ですから、出来るだけ日中の太陽光線の下で色合わせをするのがいいのですが、なかなか患者さんのご都合もあり、そういうわけにもいきません。そこで、私の診療室では「太陽光」と同じ波長の光を出すという蛍光灯を使っています。診療室内では色が合っているように見えたのに、外に出てみると全然違う・・・などということにならないようにです。

 しかし、このようにして色を合わせて作った歯も、材質自体の光の透過性やその他いくつかの原因から、患者さんのいらっしゃる環境の光源によっては、天然歯との色の差が微妙に出てくる可能性は否めません。

排列の仕方(並べ方)

 歯をどのように並べるのかということなのですが、ここでは噛み合せなどは無視した、あくまでも見た目だけの、それも総入れ歯における上顎6前歯の排列の仕方のみについてお話ししておくことに致します。つまり、噛み合せなどの要素から、いつでも以下のような考え方で歯を並べられるというわけではないということです。但し、これらの考え方には、総入れ歯以外の場合にも応用できることが多くあります。また、特殊な顔面の計測器具を使用するようなケースのお話も、ここでは省略させて頂きます。

@

笑った時の口の絵ですが、ここに書き込まれたそれぞれの線は、下記のような事柄を表しています。

  
  A 紺の横線が上唇のライン
  B 黄の横線が下唇のライン
  C ブルーの横線が上顎の前歯の先端のライン
  D 黄の縦線が顔の中心ライン
  E 緑の縦線が、唇を軽く閉じた時の口角の位置

 これらの線の意味するところの主だったものを書き出しますと、下記のようになります。

は、歯の長さを決める目安になります。この位置を間違えると、笑った時に大きく歯ぐきが見える・・・というようなことになったりします。

は前歯の先端を結んだ線で、軽く閉じた時の下唇にかすかに触れるような位置になってくることが多いです。

は顔の中心線(正中線)ですから、これにズレがあると顔自体が歪んで見えてしまったりします。

は口角線と呼ばれ、犬歯の外側の位置を示すことになります。つまり、上顎の前歯6本がこの間に入るということになるわけです。

 このようにして大きさ、色、形などから選んだ6前歯を、どのように排列する(並べる)かで顔の相が決まります。そして、その排列時に考慮すべき要素には、下記のようなものがあります。

A

・前後的要素

ごくノーマルに排列した時の側方面観です
 

前歯の前後的な動かし方としては、赤線をノーマルとして、前方に平行移動させる黄線と、傾斜移動させる青線があります。

 

これは、歯列弓 の形自体を変えることになります。

 したがって、単にイメージだけの問題ではなく、唇の張りなどにも関係してきて、随分といろいろなところに変化がでることになります。ヘタをすると「出っ歯」になってしまったり、発音障害が出たり、上唇の内側に違和感が残ったり、縦皺が入ったり・・・と、まぁ「両刃の剣」と言うことも出来るでしょう。

B

・正面観的要素
以下の写真では、ちょっとわかりにくいかも知れませんが、それぞれの歯の並べ方を見てみてください。これらの写真では、元の歯の形態を全くさわらずに並べ替えていますが、実際には、並べる角度などによって微妙に歯の形に手を加えます。

ノーマルに並べた状態です

全体的に、歯の中心軸(歯軸)を外側に振って排列してあります。一般的に、男性的になります。

歯軸を内側に振って排列してあります。

この場合、女性的な口元になります。

これは、乱排と呼ばれる排列法の一つで、わざと少し乱れた歯並びにしてあります。模型のようにきれいに歯が並んでいる人は非常に少ないという事実から、こうすることによって、より自然観を出そうとしているのです。

C

 以上の事柄以外にも、我々歯科医はいろいろなファクターを考慮に入れながら、みなさんの前歯をつくっており、ここに書かせて頂いた事柄は、ほんのさわりの部分にすぎません。

 しかし、これだけでも知っておいて頂ければ、前歯を作るときに「より良い治療結果」を生むため・・・つまり、いわゆる「きれいな口元」をつくってゆくための担当医との会話を、多少はスムーズにして頂けるのではないかと思います。
 これが、少しでも皆さんのお役に立てばいいのですが・・・。