ここでは3つのブロックに分けて、それぞれの歯の役割についてお話しをしてゆくことにします。但し、ここでお話しするのはあくまでノーマルな噛み合わせをお持ちの方の場合に限ります。極端な出っ歯であったり受け口であったり・・・というようにノーマルな噛み合わせをお持ちでない方には、以下の話はあてはまらないことがあることをご了承ください。

 また、それぞれの歯の役割を知っていただく以前に、顎の関節の動きと一本一本の歯の山の形や高さ溝の走行方向、前歯の角度や噛み合わせの深さなどとは密接に関連しているということを、知っておいて頂きたいと思います。

そして、これらの内のどれひとつにトラブルが出ても、口全体の機能はバランスを崩してしまうのです。

@ 4本の前歯

(役 割)

 前歯の果たしている審美的役割がとても大きいことは言うまでもありませんが、それと共に前歯は発音時に大きな役割を果たしています。そして、このことから前歯におけるトラブルは発音障害に直結してくるということが、容易にご想像いただけると思います。

 それでは、ここで上下前歯の先端どうしで噛んでみて下さい。前歯だけが当たって、奥歯はみな離れていますでしょう!?これを Posterior Separation と呼ぶのですが、これが意外と皆さんがご存知ではない前歯の大切な役割なのです。そう・・・前歯だけが当たるからこそ、前歯でものを噛み切ることができるのです。

 それでは、その噛んでいる前歯にグッと力を入れてみてください。奥歯で食いしばるほどの大きな力を入れることは、できませんね。これは「てこの原理」から簡単におわかり頂けると思うのですが、顎関節(支点)と噛むための筋肉の位置(力点)から、最も遠いところにあるのが前歯の先端(作用点)だからです。

 そして、奥歯のように強い力を発揮することができないからこそ、弱い前歯はそれを破壊するような力から守られているとも言えるのです。また、この役割を果たすことで、奥歯に不要に大きなな力が加わったり、またその奥歯を必要以上の磨耗から守っているのも前歯なのです。

(失ったら・・・)

 試しに、前歯に味付け海苔でも貼ってみてください。それだけで、あなたが前歯を失った時の顔を容易にシミュレーションして頂けると思います。(笑)

 冗談はさておき、先ずは発音に障害が出ますね。そして、前歯でものを噛み切ることができなくなるわけですが、前述の通り前歯を失うと奥歯は常に擦り合わされることになり、その負担は増大して磨耗の速度も早くなってしまいます。

 また、これに伴って奥歯にかかる側方圧(歯を揺さぶる力)も大きくなり、結果的には奥歯の歯周組織にも悪い影響を与えることになるのです。

A 犬歯(糸切り歯)と第一小臼歯

(役 割)

 犬歯はどの歯よりも太くて長い根をもっており、Uの字型の歯列の角に位置しているとても大切な歯です。これが八重歯のような状態で本来の役割を果たしていない場合、もうそれだけで口の機能としては、かなりのハンディーを背負っていることになります。ですから、子供の時に矯正をしておくことが必要なのです。

 犬歯は、下顎の側方運動を大きく決定してきます。左右に歯軋りをしてみてください。その時に犬歯がその動きを誘導しているようなら、あなたの犬歯はまずまずその機能を果たしていると言っていいでしょう。そして、歯を擦り合わせながら下顎を横に動かしてゆくと奥歯から順に離れ(Posterior Separation)、最後には犬歯だけが当たることで他の全ての歯は離れているという具合になるはずです。ですから、その一点で糸が切れる・・・糸切り歯なのです。
 またこの犬歯は、第一小臼歯と共に最も敏感な歯でもあります。敏感というのは温度などの刺激に対してという意味ではなく、何かが「触れる」という刺激に対してです。それではここで一度、唾を飲み込んでみてください。上下の歯を、噛み合わせますでしょ!?口を開けたままで唾を飲み込む人はいませんね。

 このときに噛み合わせる位置を中心咬合位といい、これは上下の歯が最大面積で接触する位置でもあるのですが、この位置は歯科において・・・というより、あなたのお口の健康を維持してゆくために非常に大切なものなのです。そして、この中心咬合位を決定するという大きな役割を、歯の中でも最も敏感な犬歯と第一小臼歯が担っているのです。

 少々話が難しくなってしまいましたが、下顎の側方運動の誘導と、中心咬合位の決定という意味で犬歯と第一小臼歯は、非常に大切な歯なのだ・・・ということです。

(失ったら・・・)

 自分の噛む位置に狂いが生じ、また側方への下顎運動の誘導路も消失するわけですから、これはもうダメージとしてはかなり大きいということがご理解いただけるでしょう。

 たとえ片側でけでも犬歯を1本失えば、そちらでの側方運動路が崩れるために、左右の顎の動きのバランスは大きく狂うことになるのです。

B 第一大臼歯とその他の奥歯

(役 割)

 いちばん大きく食べ物を噛みつぶす力を発揮するのは、この第一大臼歯です。また、乳歯列期における噛み合わせと顎の動きを永久歯の噛み合わせへと引き継がせ、犬歯とは別に下顎の側方運動の方向を決定しているのも、この歯です。

 そして、上下の歯をしっかりと噛みしめたとき(食いしばったとき)、その噛み合う高さを決定し保つ役割を果たしているのが、第二小臼歯、第一大臼歯、第二大臼歯の3歯なのです。

(失ったら・・・)

 これら、(特に、第一大臼歯を失うと)一気に噛む力とその効率は低下してしまいます。そして、失ったままでの放置は他の歯の位置を狂わせる(伸び上がりや伸び下がり、傾斜など)ことになり、より重篤な事態を引き起こします。

 また、しっかりと噛みしめられる歯を失うことによって顎の関節を窮屈な状態に追いやってしまい、その結果、顎関節症につながることも考えられます。

 特に小学生の間など、早期に第一大臼歯を失うということは、「役割」のところでも書きましたとおり、その子の永久歯列の完成とその確立に大きな障害を生じさせることになります。


 余談になるかもしれませんが、実際に食べ物を今食べることができているかどうかという問題ではなく、「口」というひとつの器官のコンディションを良好に保ち続けるという観点から上記の分類を見た場合、勿論、どの歯も大切なわけですが、あえて失ってはいけない順に順位をつけるとすれば、A−@−Bということになります。

 つまり、ちょっと難しくなってしまいますが、

第一位

A・・・安定して上下の歯の噛み合う位置(中心咬合位)が決定されており

第二位

@・・・前方と側方への下顎運動の誘導路がしっかりとしている状態で

第三位

B・・・奥歯がしっかりと噛めている

・・・という状況が、健康な口の機能を保つための必要十分条件だといえるのです。