「寒い日には」

全寮制の星月学園では、門限の時間さえ守れば、
外出についてあまり厳しく言われることはなかった。
街から少し離れているため、門限までに戻って来られる範囲が
限られているせいかも知れない。
学園に女子生徒が一人だと言う生活にも、漸く慣れてきた夜久月子は、
久し振りに街へ買い物に出掛ける事にした。
 「海風があるせいかな。何だか寒くなってきちゃった。
 欲しい物は一通り買えたし、そろそろ帰ろう」
海岸沿いのお店をあちこち巡って、お目当ての品を幾つか購入すると、
学園へ帰るためにバス停へ向かうことにする。
その途中、蒸し器を店頭に置いて熱々の中華まんを売っているお店を見付けた。
 「うわぁ、美味しそうな匂い。バスの時間まで、もう少しあるし。
 これ食べたら、寒さ凌ぎにはなるよね」
そんな言い訳を口にしながら、匂いに釣られて、フラフラとお店へ吸い寄せられていく。
 「おっ、美味そうなの発見!!」
 「哉太、あんまりハシャグと、また人にぶつかるぞ」
数種類ある中華まんの中から一つを選び兼ねていると、
後ろから聞き覚えのある声が聞こえてきた。
振り返ってみると、幼馴染の七海哉太と東月錫也が、こちらに向かって歩いて来る。
 「あれ、月子。お前も買い物?」
店先に佇んでいる月子を見付けて、先に哉太が声を掛けた。
 「うん。夜の観測会に備えて、温かグッズを揃えてみました。
 特にほら、この膝掛け。大判だから、みんなで使えるでしょ」
月子は得意げに笑うと、雑貨屋さんで一目惚れして購入した
大判の膝掛けの入った紙袋を、中が見えるように開いて見せる。
 「とっても暖かそうだね。これなら、風邪を引かなくてすみそうだ」
 「ね、良いでしょ、これ。一目で見て、気に入っちゃったんだ」
錫也が月子の持っている袋の中を覗き込んでいると、
背中を後ろから哉太が小突いてくる。
 「そんな事より、錫也ぁ。お腹減らないか? 帰ってもすぐに夕飯じゃないし。
 な、これ、食ってかねーか?」
 「そのつもりで、ここまで走ってきたくせに。月子も、食べたかったんだろ」
猫なで声を出す哉太に、錫也は呆れた顔で溜め息を吐く。
 「だって、美味しそうなんだもん。それに、バスを待ってる間、寒さを凌げそうでしょ。
 今日の買い物のテーマは、温かグッズなんだから、これもその一つ」
 「その言い訳も、またすごいな。まぁ、良いや。俺もお腹空いたし、みんなで食べよう」
錫也のお許しが出ると、月子と哉太は『わぁーい』と喜びの声を上げて、
中華まん選びに没頭し始める。
三種三様の中華まんを選び終えた三人は、バス停のベンチまでやってくると、
月子を真ん中にして並んで座った。
 「そう言えば、二人はこんな処で何してたの? 
 買い物……にしては、哉太、手ぶらだし」
二人の様子を見比べながら、月子が不思議そうに尋ねる。
 「俺は食材を買いにね。食堂のおばちゃんと新作を考案したから、
 その材料を探してたんだ」
錫也は横に置いた紙袋を示して、そう説明する。
 「お、俺はカメラのレンズを見に来たんだ。一眼レフのカメラが欲しくてさ。
 幾らくらいすんのか、その確認。別に、お前の後を跟けてたんじゃねーぞ」
哉太は、シドロモドロになりながら、言い訳っぽい言葉を口にする。
そんな哉太を見て、錫也が天を仰いだことに、月子は気付かなかった。
本当は、門の外へ出て行く月子の姿を見掛けて、
慌てて追い掛けてきた事を、二人は黙っていた。
月子の乗ったバスには間に合わなかったけれど、街を散策していれば
何処かで逢えるかも知れないと、それぞれの買い物を楽しむ事にする。
そして、先程の中華まん屋で、漸く月子を見付ける事が出来た。
 「そんな事より、月子。俺のピザまん、一口食べない?
 どっちにしようか、お前、ずっと迷っていただろ」
哉太の狼狽振りから、意識を他へ向けさせるように、錫也が別の話題を振る。
月子の目の前に、口を付ける前のピザまんを差し出した。
 「錫也、どうして判ったの? だって、どっちも好きなんだもん。
 滅多に街まで出てこないし、すっごい迷ったんだよ。
 でも、結局、定番の肉まんにしちゃった」
月子は差し出されたピザまんを一口齧ると、
手に持っていた食べ掛けの肉まんを、錫也の目の前に差し出す。
 「やっぱり、ピザまんも美味しい。
 はい、今度は錫也の番。ちょっと囓っちゃってるけど、気にしないよね?」
二人が中華まんを囓り合っているのを見た哉太も、
自分の持っている中華まんを月子の目の前に差し出した。
 「じゃあ、俺のも食うか? カレー肉まん」
 「カレー……肉まん?」
 「また、マニアックな処を攻めるな、哉太は」
哉太の選択に、月子と錫也は顔を見合わせて、笑いあった。
それでも、カレー肉まんの味に興味を示して、月子は哉太の中華まんを一口齧る。
 「あ、意外に美味しいかも」
 「ホント? 哉太、俺にも一口頂戴」
 「ちょっと待て。俺の分がなくなる」
月子を挟んでやり取りを交わす二人に笑顔を向けると、
満足そうに食べ終わった感想を口にする。
 「寒い日の中華まんって、本当に美味しいよね」
幸せそうな顔の月子を見て、錫也と哉太もつい笑顔になってしまう。
 「判った。今度、調理場を借りて、俺が作ってやるよ。
 そうしたら、もう悩まなくても良いだろ」
錫也の言葉に、月子と哉太は同時に、『わぁーい』と喜びの声を上げる。
程なくして学園行きのバスがやってくると、今度は三人で家路へと向かった。

完(2010.12.29)  
 
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