「忍ばせた写真」

大学の講義が終わり、近くのオープンカフェに立ち寄る。
高校の頃から部活や生徒会に所属し、係やクラス行事にも積極的に参加していた所為か、
放課後に予定がないと、時間を持て余している気がして落ち着かない。
 「今日は錫也もバイトだし。哉太はまだ、撮影旅行に行ったままだよね」
夜久月子はそう独りごちると、小さく息を吐き出した。
高校を卒業した後、天文の知識を深めたいと大学に進学を決めた月子と東月錫也。
亡き父と同じ写真家を目指す道を選んだ七海哉太は、専門学校へ行きながら、
師匠と慕う写真家と共に、しばしば撮影旅行へと出掛けていた。
幼い頃からずっと一緒に過ごしてきた三人は、それぞれの夢を目指して歩き始めている。
恋人として付き合うようになった哉太が、いつも傍にいないことを淋しく感じながらも、
夢に向かって一歩を踏み出した彼を、これからもずっと応援したいと思っていた。
今はまだ、淋しいと我が儘を言って良い時ではない。
頭では判っていても、こうして考える時間が出来てしまうと、
抑えこんでいた淋しさが、すぐに顔を覗かせる。
 「連絡くらい寄越しなさいよ。哉太のバカ」
テーブルの上に出していた手帳。そこに挟んでいた写真を取り出す。
卒業式の日に撮った三人の写真。哉太、錫也。そしてもう一人の幼馴染、土萌羊。
懐かしい顔触れが、嬉しそうに微笑んでいる。
シャッターを切る月子を、愛おしそうに見つめている写真。
その後ろに隠すようにして入れられたもう一枚の写真を、そっと引き抜く。
羊に泣き顔を誂われている哉太が一人で写っている、隠し撮りされた写真。
 「泣き虫哉太。また何処かで泣いたりなんて、してないわよね」
そっと写真の哉太に触れる。そうすることで、何処か遠くにいる哉太を感じられる気がした。
その気持ちが通じたのか、テーブルの上で携帯電話が震え出す。
 「えっ、哉太?」
表示された名前には哉太の文字。慌てて電話にでると、
 『よぉ、月子、久し振りだな。オマエ、元気でやってるか?』
懐かしい哉太の声が聞こえてくる。
 「どうしたの? 急に電話なんて……」
 『あぁ、ちょっとな。で、どうなんだよ、そっちは。大学生活は楽しくやってんのか?』
 「も、もちろんだよ。 毎日楽しくて、時間があっと言う間に過ぎていく、って感じ」
だから、哉太がいなくても淋しくなんてないよ。
そんな強がりを、無理矢理に作った空元気で伝える。
 「……どうして、そんなことを聞くの?」
 『オマエは意地っ張りだからな』
月子の問いに、小さな声が返って来る。苦笑でもしているのか、息の漏れる音とともに。
それから急に声が大きくなった。
 『おい、道路の向かいを見てみろよ。サプライズプレゼントをやる』
 「サプライズ? 何を言ってるの、ねぇ、哉太」
 『良いから見てみろって。おーい、月子、こっちだ』
言われるがままに、月子は目の前の道路を見上げる。
行き交う車の向こう側で、大きく手を振っているのは……。
 「哉太」
 「そこで待ってろよ。今、そっちへ行くから」
受話器からではなく、直接声が届く。
涙で視界がぼやける向こう側に、ずっと逢いたいと思っていた人が居る。
月子はただ呆然と、信号を渡ってくる哉太の姿を、見つめていた。
 「どうして、哉太がここにいるの?」
 「撮影が予定より早く終わったからさ。家に帰るより、先にこっちへ来た。
 オマエがいるような気がしたんだ。俺の勘、当たっただろ」
大事そうにカメラのケースを抱えた哉太が、得意げに笑っている。
その視線がテーブルの上に向けられた途端、不機嫌な顔へと切り替わった。
 「あーっ、何だよ、その写真!! 俺、泣いてるじゃんか。これ、いつ撮った?」
 「こ、これは、その……。卒業式の後、可愛かったから、つい……」
 「可愛かねーよ、ちっとも。だから、これは没収する」
そう言って、テーブルに置かれた写真を取り上げた。
 「ダメ!! お願いだから、返して。哉太が一人で写っている最近の写真。
 それしかないんだもん。その写真を見ているだけで、離れていても哉太が近くに
 居てくれる気がするから、……淋しくても我慢できる」
哉太と逢えない日々に淋しさが募ると、いつも写真を取り出して眺めていた。
それだけで少し元気になれる。哉太の写真は、月子の大切な宝物だった。
今にも涙が溢れそうな顔で懇願する月子を見て、ずっと淋しい思いをさせていたことに、
哉太は漸く気が付いた。
 「…ったく、仕方ねーな。ほら」
哉太はそう言って、写真を返す代わりに、持っていた小型カメラを渡す。
 「最近のが欲しいんだろ。なら、撮らせてやるよ。俺の写真、好きなだけ撮れ」
手帳に忍ばせていた写真は、部屋においておこう。これからは堂々と入れておける。
大好きな哉太の、飛び切り笑顔の写真を。

完(2015.08.16)  
 
HOME  ◆