「晴れますように」

窓の外に広がる空は、一面を灰色に染め上げていた。
厚い雲から落ちる滴は、一向に止む気配がない。
登校前にチェックした天気予報でも、梅雨が明けるのは当分先の話だった。
窓辺に佇んで外を眺めていた東月錫也は、小さく息を吐き出すと、自分の席へと戻っていく。
教室に入ってきたばかりの幼馴染、七海哉太を見付けて、声を掛けた。
 「おはよう。哉太が遅刻じゃないなんて、珍しいね」
 「そんなに遅刻ばっかりしてねーぞ。今日だって、いつもより早く起きられたんだ。
 ほら、毎日雨ばっかりで、夜に天体観測をしないだろ。暇だから星の写真を眺めててさ。
 そうこうしてる内に眠っちまうんだよ。早く寝る分、早く起きられる。これが自然の法則」
そう言ってしたり顔をする哉太に、錫也は少し呆れた表情を浮かべる。
 「哉太の場合、規則正しい生活を送る方が遅刻しないですむのか。今度からはそれでいこう。
 それより、ちゃんと布団の中で寝てる? 写真集を見たまま床で寝るなんて、風邪を引くよ」
 「うわぁ、出たよ、おかん。俺の心配なんて必要ない、っつーの」
うんざり顔で錫也の小言を締め出すと、視線を窓の方へと向ける。
さっきまで錫也が見上げていた雨の空。
 「週末には晴れっかな?」
誰かに聞かせるつもりもない哉太の呟きに、耳聡く錫也が反応する。
 「週末? ああ、羊が帰って来るんだっけ。
 久し振りの日本だし、こっちに居る間は晴れてくれると良いよね」
春の間だけ一緒に過ごした親友。土萌羊。
今は父親の研究を手伝うため、アメリカで過ごしている。
その羊が、来週に行われる学術研究会に参加する父親の助手として、
一緒に日本へやってくることになっていた。
 「あれ、そうだったか? すっかり忘れてたな、俺。
 天気が良かったら、何処かへ遊びに行こうと思ってたんだけど。そっか、羊が来るのか」
わざとらしい言い方をする哉太。錫也の方を見ようともしない。
一緒にいると喧嘩ばかりしていた二人。
その二人の喧嘩をいつも止めていた錫也には、羊の帰国を一番楽しみにしているのが
哉太だということも、よく判っていた。
 「哉太も行くだろ。羊を迎えに空港まで。その為に天気まで心配していたくせに」
 「ち、ちげーよ。だから俺は何処かへ遊びに……」
 「何だ、哉太は行かないのか。じゃあ、俺と月子だけで行こうかな」
図星を言い当てられて慌てる哉太を見て、つい悪戯心が芽生えてしまった。
もう一人の幼馴染でもある夜久月子。彼女の名前を出せば、哉太がどういう反応をするか、
錫也には簡単に想像ができた。
 「行かないなんて言ってないだろ!! 俺も行く。
 だいたい、あのドジで方向音痴な月子の相手を、錫也一人に任せるのは忍びないからな。
 それに羊が来たら、またアイツにちょっかい掛けるに決まってるんだ」
錫也の想像通りの反応を見せる哉太の後ろから、当の月子が顔を覗かせた。
 「私がどうかした?」
 「うわっ、何処から出てきた!!」
真後ろから声が降ってきて、教室中に響くほどの大声を出す。
 「えっ、ドアからだよ」
急に大声を上げる哉太に、キョトンとした顔で答えながら、月子は教室の扉を指さした。
そんな二人の間に割って入るように、錫也がすかさず話題を変える。
 「おはよう、月子。何か急いでただろ? 時間は充分あるのに、走ってる姿が窓から見えたよ」
 「錫也、おはよう。あのね、これを見てもらおうと思って、急いでたの。ジャーン!!」
弾んだ声で効果音を付けると、鞄の中から白い人形のような物を取り出した。
それを眺めるようにして、錫也と哉太は同時にその人形の名前を口にする。
 「……てるてる坊主?」
 「そう、てるてる坊主。可愛いでしょ。はい、これが錫也の分。こっちは哉太の分。
 ちゃんと部屋の窓に吊るしておいてね」
鞄から取り出したてるてる坊主を、二人に配り始める。
それを受け取った哉太は、てるてる坊主の顔を眺めながら、呆れた声を出した。
 「うわっ、相変わらず不器用だな。顔が歪んでるぞ。どことなくオマエに似て……イタッッ」
哉太の軽口にムッとして叩くと、月子は怒った声を出す。
 「何よ、不器用なのは、哉太だって同じでしょ!!」
 「俺ならもっと上手く作れる!!」
哉太と月子が言い合いを始めてしまうと、傍で見守っていた錫也が、
頃合いを見計らって止めに入る。二人の掛け合いは、今に始まったことではない。
錫也にとっても日常茶飯事で、止めに入るタイミングも慣れたものだった。
 「はいはい、二人共、そこまで。それならこうしようよ。放課後、三人でてるてる坊主を作る。
 週末は絶対に晴れるように、特大サイズのを作ろう」
 「賛成!!」
錫也の提案に、二人は満面の笑みで答えを返す。
――― そして週末。
シートベルト着用のランプが消灯し、機内に漂っていた緊張が和らいでいく。
手にしていた携帯電話の電源を入れると、程なくして待ち受け画面が表示された。
 「やっとまた、キミに逢えるんだね。なんだか待ち遠しいな」
そこに写っていたのは、巨大なてるてる坊主を抱えて微笑んでいる月子と、
その両脇で同じように笑顔を向ける錫也と哉太の姿だった。

完(2012.12.23)  
 
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