「ずっと一緒に」

明るい日差しの下にある芝生を避けて、木陰にあるベンチを選んで座る。
途中で買ったジュースを一口飲むと、ホッと息を吐き出した。
冷たさが身体を通り過ぎていく感覚を味わいながら、少し疲れていたことを実感する。
 「やっぱり大学って広いね」
周囲を見回しながら、夜久月子は横に座る東月錫也に声を掛けた。
 「随分と歩きまわったから、月子、疲れただろう」
卒業式を間近に控えた休日。
入学が決まっている大学の下見を兼ねて、二人はキャンパス内を歩き回っていた。
教室のある学部棟。図書館。学生食堂や購買部。入部を希望している弓道部の道場。
広いキャンパスで迷わないようにと、錫也が構内図を見ながら案内してくれた。
 「行きそうな場所はだいたい見て回ったと思うけど。どうかな、場所は覚えられそう?」
 「大丈夫だよ。ホント、錫也は心配性なんだから」
錫也を安心させるように、ニッコリと笑ってみせる。でも、本当は少しだけ不安だった。
大学は高校とは違う。ある程度将来を見据えておかなければいけない。
錫也の希望は天文台で働くこと。同じ星に携わる仕事であっても、研究職に就きたい
月子とは異なる部分がある。同じ専攻でも、高校の様に同じ授業ばかりとはいかない。
傍に錫也が居ないことが、不安でもあり、淋しくもあった。
 「心配に決まってるだろ。ここは星月学園とは違うんだから。
 今までのようにずっと一緒ってわけにはいかないんだよ」
月子の不安を錫也が言葉にする。そんな不安を打ち消したくて、月子も慌てて口を開く。
 「そんなことないよ。お昼を一緒に食べたり、朝や帰りは一緒に居られるでしょ」
 「もちろん朝は一緒に行く。……だけど、他はどうかな。授業によっては昼休みが
 合わないこともあるだろうし、授業が終わった後も、月子は部活だろう。
 俺もバイトを始めようと思っているんだ。夕方からは少し忙しくなる」
 「錫也、アルバイトするの?」
意外な言葉を耳にして、月子は錫也の顔を覗き込む。
少し照れくさそうにしている錫也と目が合った。
 「うん。これから入り用になるしさ」
 「そう……なんだ」
高校を卒業した後も、錫也との関係は変わらないと思っていた。
幼い頃からずっと月子の傍に居た錫也。
そんな錫也が、着実に前を歩き始めていることを知って、月子はショックを受けていた。
置いていかれてしまった気がして、悲しくなってくる。
 「……錫也は、それで良いの?」
堪らなくなって、月子は絞りだすような声を出す。
 「月子、どうしたの? 何でそんな泣きそうな顔して……」
 「私は嫌だよ。ずっと錫也と一緒に居たい。授業がバラバラでも、時間がなくても、
 少しだって良い。錫也の傍に居たいの」
錫也の言葉を遮って、自分の想いを伝える。そうしなければ間に合わなくなる。
錫也、お願い。私を置いて行かないで。ただそれだけを一心に思いながら……。
月子の想いを受け取った錫也は、大きく息を吐き出した。
 「あー、情けないな、俺は。お前を不安にさせてたことにすら、気付かないなんてさ。
 ごめん、月子。俺も少し緊張してるんだ。その……、話があってさ」
 「話……って?」
不安に瞳を揺らす月子を安心させるように、真っ直ぐに見つめる。
 「月子が考えているようなことじゃないから、安心して。
 だいたい、俺が耐えられるわけないだろう。月子が傍にいないなんてさ。
 だけど我慢しようとは思ってるんだ。せっかくの大学生活なんだし、
 月子の行動を狭めたくはないからね」
 「そんなの!!」
錫也の気遣いは理解できる。けれどそれで錫也が遠くへ行ってしまっては、
何の意味もなくなってしまう。
縋り付くような勢いで声を上げる月子を、錫也は優しい微笑みで見返していた。
それから一度だけ、ゆっくりと瞬きをする。覚悟を決めるために。
 「うん、だからさ。……月子。高校を卒業したら、俺と一緒に暮らさない?」
 「えっ?」
不安で歪ませていた月子の顔が、キョトンとした表情に切り替わる。
何を言われたのか理解できていないと、その表情が語っていた。
錫也は軽く息を吐きだすと、月子にも伝わるようにゆっくりと話し始めた。
 「言っただろう、俺はヤキモチやきなんだって。
 月子が俺と一緒に居ない間、他のヤツと一緒に居ると思うと、正直面白くなんかない。
 だけど、夜には俺の傍に帰って来る。それなら我慢するよ。……少しだけなら」
 「……錫……也」
今度は月子にも伝わった。錫也の話を聞きながら、瞳から涙が溢れ出してくる。
 「ごめん。行き成りだったよな。月子の気持ちも考えないで、俺……。
 お前が嫌なら、今の話は聞かなかったことに……うわっ」
月子の涙を見て、今度は錫也の方が慌てだす。
子供の頃から一緒に過ごしてきたからといって、一緒に暮らすなんて行き成り過ぎる。
急に言われても月子だって困るだろう。
そう思って、錫也が淋しそうな表情を浮かべた途端、月子は錫也の首に抱き付いた。
 「嫌だなんて言ってないよ。凄く嬉しい。私も錫也とずっと一緒に居たい」
 「そっか。……良かった」
安堵の息を吐き出すと、腕の中にいる月子の背中に手を回し、ギュッと強く抱きしめる。
もう二度と、この温もりを離さない。そう誓って……。
暫くお互いの存在を確かめ合った後、漸く月子は錫也の腕から解放された。
 「でも、高校の卒業式はもうすぐだよ。今から住む処なんて」
先ほどまで夢見心地に浸っていたはずなのに、急に現実的なことが気になり始める。
その変わり身の早さに、錫也は明るい声で笑う。そして大きく頷くことで請け合った。
 「それなら大丈夫。実はもう幾つか候補を決めてあるんだ。
 だけど、こういうのは俺一人で決めるものでもないよね。
 ちゃんと月子の好みも反映したいし、その中からどれが良いか選んでよ。
 そうだ、候補の物件はここから近い場所にあるんだ。今から見に行かないか」
 「今から? そうだね。見に行きたい。錫也が選んだ処なら、間違いないと思うけど」
ぴょんっと飛び跳ねるようにベンチから立ち上がる。
早く行こう、と差し伸べる月子の手を、錫也は迷うことなく握り返す。
これからもずっと、二人で一緒に居よう。その思いが、二人の手を固く結びつけていた。

完(2012.08.19)  
 
HOME  ◆