ザ・インタビューズ 「書き出し文を質問し、それに続く文を書く。」



浮世離れしたこの地に根を降ろし、もう二十年にもなる。
駅前には小さな劇場や貸しスタジオが並び、酒場に行けば夢を語る若者で溢れている。
そして、大きな道路を超えた処には、もっと怪しげな者達が集まってくる建物がある。
芸術大学。俺の職場。安住の地。
故郷を離れる時には、ここに留まるなんて、考えてもいなかった。

「センセー、これ、ここに置いておいて良い? 授業が終わったら取りに来るから」
重たい石膏を抱えた女子学生が入ってきて、思考が中断される。
窓辺に佇んで黄昏れているなんて、俺も歳を取った証拠だな。
「ヴィーナスの胸像か。どうしたんだ、それ?」
「先輩に貰ったの。後ろが欠けちゃってるから、って。ねぇ、センセー、この下に、
マッチョな身体を持ってきたら、格好良くない? 木工やってる友達に彫ってもらうの」
そう言って嬉しそうに石膏を眺める女子生徒に、俺はガックリと肩を落とした。
今時の若者が考える『芸術』は、よく判らんよ。
「好きにしろ。ただ、あんまり高くは積むなよ。落ちたら危ないからな。石膏の重さを考慮して」
「はーいはい、判ってまーす。っと、授業におくれちゃう。じゃ、センセー、この子、ヨロシク」
左手を敬礼のように掲げると、女子学生は扉の向こうへと消えていった。

室内に静けさが戻る。喧騒と静寂。この狭間に居ることが、意外に心地よいものだと、
俺はここへ来て初めて知った。
「なぁ、ヴィーナス。マッチョな身体も、案外悪くないかもしれないぞ」
机の上に放置された石像が、心なしか情けない表情を浮かべているように見えた。
「それならせめて、最後の餞に」
本来の用途であるデッサンをしてやろう。
学生の頃を思い出し、スケッチブックを広げる。


2015.08.16