ザ・インタビューズ 「書き出し文を質問し、それに続く文を書く。」



「いやんばか〜ん、どこ見てるのよ〜」
「なんだバカヤロー、ふざけんなこのヤロー」
「ギャハハハハハ、ギャハハハハハ」
土産物屋の片隅で見付けたのは、昔流行った笑い袋と、二番煎じのように売りだされた
類似商品。すっかり埃を被っている処を見ると、店主にすら忘れられているらしい。
『見本』という文字も色褪せて消え掛かっているが、商品自体に問題はなさそうだ。
ザラついた音声が、不格好な巾着袋から流れてくる。
「手当たり次第に試すの、止めてよね。恥ずかしいから。店中に響き渡ってるよ」
他に客などいないと思っていた。
駅前の土産物屋なんて名ばかりで、殆ど人の降りない駅では、毎日が閑古鳥状態だ。
驚いて振り向くと、ついこの間まで同級生だった少女が立っていた。
「煩いな。どうせ店番してるの、婆ちゃんだけだろ。耳が遠くて聞こえないよ」
「またそんな事言う。その可愛げのない性格で、寮生活なんて本当に出来るの?」
鄙びた温泉場しか観光資源のないこの町には、中学までしか学校はない。
高校へ進学したいのなら、二時間掛けて通うか、全寮制の学校を選ぶほかはない。
僕はこの春から寮生活をする事になっている。彼女はこの町に残る事を選んだ。
「可愛げがないのはお互い様だろ。って言うより、女で可愛げない方が致命的だ。
ほら、この笑い袋。オマエの笑い方にソックリじゃないか。大口開けて笑ってる感じが」
目の前にぶら下がった巾着袋を押すと、誇張された笑い声が流れてくる。
「えーっ、似てる? 私、こんな笑い方?」
「似てる、ソックリ」
さすがにここまで酷くはないが、クラスで一番大きな声で笑っていた。
ついこの間まで見ていたはずなのに、とても懐かしく思えてくる。
「そこまで言われると、何か親近感が湧いてくるな。私、これ買ってくる」
「買うのか、それ? 変なヤツだな、オマエ」
「放っといてよ。自分と似てる物が埃被ってると思うと、何か嫌なの」
商品棚に一つだけ残されていた笑い袋を掴むと、彼女はレジへと向かっていく。
元々一緒に買物に来たわけでもない。彼女の精算を待たずに、僕は店を後にした。
そのまま真っ直ぐ駅へ向かう。ホームには始発電車が待っている。
土産物屋に立ち寄ったのは、電車が発車するまでの時間潰しだった。
僕は今日、この町を出る。高校の寮に入って、新たな人生をスタートさせる為に。
「あっ、いたいた。良かった、間に合って」
発車ベルの音が鳴り響く中、窓を叩く彼女に気付く。
慌てて開けると、持っていた紙袋を投げ入れてきた。
「それ、あげる。何か楽しい事や嫌な事があったら、それを押して。
私も一緒に笑ってあげるから」
手を振る彼女が、どんどん小さくなっていく。
誰もいない車内に、彼女の笑い声だけが響いていた。
何度も何度も。僕の涙が乾くまで。


2015.05.17