ザ・インタビューズ 「書き出し文を質問し、それに続く文を書く。」



「秋が崩れ去っていく、ヤツがきたのだ。今年もヤツの時代がやってくる!!」
エレベーターホールから雄叫びが聞こえてくる。ああ、今年もそんな季節なんだ。
「坪井さん、今の何ですか?」
「早紀ちゃん、聞くの初めてだっけ? あれ、営業の田中さんよ。
この時期はもう毎日の事になるから、早く慣れちゃってね」
入り口に近い場所に庶務課がある所為か、廊下からの音もよく聞こえてくる。
でも、さすがにエレベーターホールまでは、普通の声なら届くことはないのだけど。
今年入社したばかりの早紀ちゃんには、ちょっと驚きだったみたい。
先輩社員の坪井さんは、いつも面白がって揶揄うけど、あれは仕方ないと思う。
「田中さん、すごい寒がりなのよ。営業は外回りが多いから、出かける時はいつもああして
気合いを入れてるんじゃないかな」
「えーっ、寒がりだからって叫びます? 普通」
ごめんなさい、田中さん。フォローにならなかったです。
不審そうな目で入り口を眺める早紀ちゃんに、余計な事を言ってしまったと反省する。
「寒がりで外回りが嫌なら、転属願いでも出せば良いじゃないですか。
この会社、そういうの認めてますよね、確か?」
早紀ちゃんも、企画課に配属希望だって言ってたっけ。私は庶務課のままが良いな。
細かい事でも、みんなが喜んでくれたら嬉しいじゃない。
「出してるみたいよ、毎年。あんなんでも田中さん、営業成績はトップだからね。
手放したくないんじゃないの、営業部長も」
「うわっ、意外。田中さんって優秀なんですね。ぼーっとしてる人だと思ってたのに」
さすがです、坪井先輩。早紀ちゃんの不信に満ちた眼差しが、少し薄らいだよ。
そうなのよ。みんなは変わり者だって言うけど、本当はとても優しい人なんだから。
二人の会話が別の方向へと進み始めたので、そっと輪から抜けだした。
エレベーターホールには、窓の外を眺めている田中さんが立っている。
白くて厚い雲に覆われた空と、枯れ葉の舞う街並みが映る窓は、とても寒そうに見えた。
「今日は木枯らし一号が吹くそうですよ。あの……急に寒くなりましたよね」
陰が窓に映り込んでしまったのか、田中さんに気付かれてしまった。
いけない、何か話さなきゃ。焦って出てきたのは、朝の天気予報で見た話題。恥ずかしい。
「本当だよね。これから冬にまっしぐらかと思うと、僕は生きた心地がしないよ。
そうは言っても仕事しないわけにもいかないし。仕方ない、行ってこよう。いざ出陣」
私のボケボケの話題に、田中さんは人の良さそうな笑顔を浮かべてくれた。
うん、やっぱり優しい人だ。
気合いを入れてエレベーターに乗り込む田中さんに、私は後ろ手に隠していた物を
彼の手の中に押し込んだ。キョトンとした顔をしていたけれど、それでも受け取ってくれる。
「良かったら使ってください。ちょっと古いですけど、まだ使えると思うので」
使い捨てカイロ。天気予報を見て思い出した。机の中に置いたままなのを。
今日は木枯らし一号が吹く。きっと一日、外は寒い。頭を掠めるたくさんの理由。
……やっと渡せた。
「ありがとう」
締まりかける扉から、田中さんの声が聞こえた。それは、とても明るい声。


2015.05.06