ザ・インタビューズ 「書き出し文を質問し、それに続く文を書く。」



「ほらほら起きて、そろそろ冥土に到着するよ」
肩を揺すられているのに気付いて、重い瞼を持ち上げる。
河童のような顔をした船頭が僕を覗きこんでいた。他に乗船客はいない。
「三途の川を渡る船に乗った人間で、寝ちまった奴は兄ちゃんが初めてだ。
よっぽど肝の座った人生を送ってたんだな」
呆れているのか、それとも楽しんでいるのか、判断しづらい表情を浮かべて船頭が言う。
「船の揺れがあんまり気持ちが良いからさ。つい眠っちゃったんだ。
こんなにゆっくり寝たのは、久し振りだよ」
場違いだとは判っていても、とてもスッキリした気分だ。これまでの事を思えば仕方がない。
心が休まる日なんて、安心して眠れる日なんて、一日もなかったのだから。
「仕事が忙しかったとか? 眠る暇もないなんて難儀だね。たまに来るよ、そういう人間が。
馬車馬みたいに働いて、それで死んじまったら、元も子もないだろうにさ」
「そうなら良かったのにね。……僕は、人を殺したんだ。そしてずっと逃げていた。
彼女はまだ見付かっていないから、犯罪として表沙汰にはなっていないけどね。
それでも、いつかは見つかる。そう思いながら、僕は死ぬまで逃げ続けていたんだ」
毎日毎日、来る日も来る日も。今日は見つかる。今日こそは、警察が乗り込んでくる。
そうやって怯えながら生きてきた。生命を放棄して、漸く安堵する事ができたなんてね。
「ここには色んな奴か来る。今更それぐらいで驚きゃしないよ。
でも、兄ちゃんもホトホト運がないね。死んじまったらお終いなのにさ」
「自業自得だよ。冥土へ行って彼女に逢ったら、きちんと謝りたいな」
それこそ自己満足なのは判っている。今更許しを請うても、もう遅いのに。
彼女の人生を台無しにしてしまったの、僕自身なんだからね。
「そいつはムリだな。兄ちゃんは、その女には逢えないよ」
僕の後悔など意に返さず、船頭は淡々と言う。
「そうか、僕はこのまま地獄に落ちる。そこに彼女が居る筈がない。同じ場所で逢うなんて、
虫のいい話だよね」
浅はかな自分を卑下するように嗤うと、船頭はあからさまに大きな溜め息を吐く。
「兄ちゃん、何か勘違いしてるようだから言うけどさ。冥土へ渡るルートが三つあるって
知ってるか? だから三途の川って言うんだけどよ。どのルートを通るかは、生前の業に
従って決まるんだ。善行の者には橋の上を、軽罪の者には緩やかな流れの浅瀬を、
重罪の者には流れの速い深みを、それぞれ通る事になる。兄ちゃんは、船の揺れで
気持ち良く眠っちまえたんだ。何処を通ってるかくらい、判るだろう」
巧みに櫂を操りながら、水の流れを示す。穏やかに流れる川面が、船を支えている。
「そんなっ!! だって僕は、人を……彼女をこの手で……」
確かに僕は、彼女の首を締めて殺した。この手には、まだその感触だって残っている。
部屋の床下に穴を掘り、そこに彼女を埋葬した。
「兄ちゃんが殺したと思っている女は、死んじゃいなかったんだよ。ちゃんと息を吹き返して、
今もしっかり生きてる。だから、冥土に行っても逢えやしない」
「生きて……いたんだ。良かった」
船頭から語られた真実に、胸を撫で下ろす。僕は彼女を殺していなかったんだ。
今も彼女は生きている。嬉しそうな顔の僕とは対象に、船頭の表情は浮かない。
「良かったのかねぇ。もう覚えてないのかも知れないけどさ。兄ちゃんが死んじまった理由。
その女に殺されたからだなんて、随分と皮肉な話だと思わないかい」
ゴトンっという鈍い振動で、船が冥土に着いた事を知らせる。


2014.11.03