「金木犀」

秋の香りに誘われて、参道にある樹木の前で立ち止まる。
 「うわぁ〜、金木犀の良い香り」
朝の支度が珍しくスムーズに整ったから、いつもより10分ほど早く家を出る。
参道の入り口にある階段を下りたところが、真弘先輩との待ち合わせ場所。
その途中にある金木犀の木から、甘い香りが漂っていた。
 「まだ、ちょっとだけ早いし。寄り道しちゃっても、大丈夫だよね」
腕時計で時間を確認すると、吸い寄せられるように木に近付く。
両手を広げて、そっと抱きしめるように、樹木の中に身体を沈めた。
 「お前、何やってんだ?」
 「きゃっ」
急に後ろから声を掛けられて、慌てて振り向く。
誰もいないと思ってたのに!!
 「ま・・・ひろ先輩」
立っていたのは、目を細めて訝しそうな顔をした真弘先輩だった。
何で、こんなに早くにいるの?待ち合わせ時間まで、まだ10分もあるのに。
 「早く来すぎたからな。境内に座って待ってようと思ったんだが・・・。
 お前、いつもそんなことしてたのか?」
 「してません!!私も、今日はちょっと早かったから・・・」
まさか見られていたなんて、恥ずかしい。
 「で、んなところに顔突っ込んで、何してたんだ?」
 「香りを付けようと思って・・・。金木犀、良い香りだから」
普段は香水なんて付けないけど。こういう自然な香りなら良いかな、って。
学校へ着く前に、香りも飛んじゃうだろうから、ほんの少しの楽しみだけど。
 「それで、頭に花、くっつけてんのか」
呆れた声でそう言うと、真弘先輩は、私の髪に付いた花を取ってくれる。
気が付いたら、髪にも制服にも、金木犀の花が付いていた。
 「確かに、金木犀もいい香りだけどな。お前のも・・・嫌いじゃないぞ」
制服に付いた花を払ってると、真弘先輩が赤い顔でそう言った。
 「えっ、私のって・・・」
 「あっ、違う。変な意味じゃないぞ。その、シャンプーとか、そういうやつでだな」
変な意味っていうのがよく判らなかったけど、赤い顔で慌ててる先輩がとても可愛くて・・・。
思わず、真弘先輩にしがみつくと、そのまま先輩の胸に顔を埋める。
 「私だって、先輩の匂い、大好きですよ」
 「うわっ、バカ、離せ!!朝っぱらから何やってんだ、お前!!」
 「何でですか?こうしてると、すごく安心するのに・・・」
慌てた真弘先輩が、一瞬私を引き離そうとする。
構わず私がそのままでいると、すぐに観念したように背中に腕を回した。
 「金木犀は香りで、俺は匂いかよ。言葉の選び方に気をつけろ」
拗ねたようにそう言うと、抱きしめていた腕に力を入れる。
その後、学校で逢った拓磨に、
 「あれ?真弘先輩。今日は何だか甘い匂いがするっすね。何か食いました?」
と突っ込まれていた。

完(2009.10.31)  
 
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