「相合傘」

朝から降ったり止んだりの鬱陶しい雨が続いている。
 「ちぇっ、また降りだしてきやがった」
近所まで買い物に出ていた俺は、勢い良く降りだした雨に悪態を吐くと、持っていた傘を広げた。
バラバラという傘に当たる雨の音に合わせて、気持ち良く鼻歌を歌いながら歩く。
スニーカーが汚れるのも気にせず、水溜りの中をバシャバシャと音を立てながら・・・。
 「あっ、わりぃ」
勢い良く足を突っ込んだせいで、雨水が跳ね上がる。
その水飛沫が、角を曲がってきた人の服を濡らしてしまった。
着物の裾に水が染み込んで、その部分だけ色が変わっていく。
 「あれ? 真弘先輩?」
 「これは奇遇です。やっぱりあの個性的な歌声は、鴉取君だったのですね」
 「珠紀・・・と、大蛇さんが、何で」
角を曲がってきた二人組を目の前にして、俺はその場で固まったように動けなくなる。
大蛇さんが差す傘の下に、珠紀が立っている。一本の傘に二人で・・・。
いや、そんな事よりも、二人がとても絵になっているように見えた。
俺たち守護者の中で一番背の高い大蛇さん。俺とたいして違わない身長の珠紀。
その二人が並んで立つと、こんなにも・・・。その事実が、俺を固まらせていた。
 「真弘先輩? どうかしたんですか?」
 「な、何でもねーよ!! だから、何で二人が一緒なのか、って聞いてんだ」
珠紀の言葉に、弾かれたように動き出す。そうだ、固まってる場合じゃねー!!
 「そこの軒下で、雨宿りをしている珠紀さんを、散歩中の私が偶然に見付けたんですよ。
 この雨は当分止みそうもありませんからね。送って差し上げることにしたんです」
来た道を指し示しながら、大蛇さんがそう説明する。あの余裕の微笑、すげームカつく!!
だいたい、この雨の中を散歩だと? 嘘くせー。何か裏がありそうで嫌なんだよな、この人は。
 「雲が切れてたから、家まで持つと思ったのに。急に降りだしてきちゃって、困ってたんです。
 大蛇さんが通り掛かってくれて、本当に助かりました」
大蛇さんを見上げながら、珠紀がにっこりと微笑を向ける。
チェッ。もう少し待っててくれたら、俺が通り掛かったのによ。
似合いの距離を目の当たりにして、俺は拗ねたようにそっぽを向く。
 「いえいえ。珠紀さんのお役に立てたのなら、光栄ですよ。
 それでは、私はここでお役御免となりましょう」
 「すみません。ここまで送ってくれて、ありがとうございました」
そっぽを向いた俺の横で、そんな会話を交わすと、珠紀はそのまま大蛇さんの傘から
飛び出してくる。俺の傘を目掛けて・・・。
 「バカッ、何やってんだよ!!」
慌てて珠紀に傘を差し出す。
 「これじゃ、真弘先輩が濡れちゃいますよ」
珠紀が濡れないようにと差し出した傘を、今度は珠紀が押し返す。
傘の柄を持った俺の手を包み込むように、小さなその手を重ねる。
 「うわっ」
 「きゃっ」
珠紀の手の温もりを自覚した瞬間、持っていた傘を離してしまった。
その反動で、傘が大きく珠紀の方向へと傾いていく。
 「わりぃ」
珠紀にぶつかる寸前で、何とか柄を掴んで体制を立て直す。
 「ったく、何してんだよ、お前は」
手を離したのは俺の方なのに、八つ当たり気味に強く言い放つ俺を、
珠紀はにっこりと笑顔を浮かべて見返した。可愛いじゃねーかよ。
 「だって、真弘先輩と帰りたかったんです。おしゃべりしながら帰れたら、絶対楽しいし。
 送ってもらったらダメですか? もしかして、何処かへ行く途中だったとか? それなら・・・」
小首を傾げてお伺いを立てる珠紀は、俺の返事を待たずに、もう一度大蛇さんの方を見る。
大蛇さんなんかに、取られて溜まるか!! 俺は慌てて口を開く。
 「ダメじゃねーよ。珠紀は、俺が送る。これは彼氏である俺様の役目だからな。
 大蛇さんには悪いが、珠紀は俺が連れて帰る」
 「ええ、どうぞ。珠紀さんがそれを望んでいるのなら、私に異論はありません」
俺の啖呵に、大蛇さんは余裕綽々の笑顔で答える。ホンット、ムカつく!!
 「じゃ、じゃあ、ほら行くぞ。雨の中にずっと立ってると、風邪引くからな。
 お前に風邪、引かせるわけにもいかねーだろ」
さっさと引き離すべく、俺は珠紀を連れて歩き出そうとする。
 「あの・・・真弘先輩。傘の位置、ちょっと高過ぎませんか?」
 「そ、そんなことねーよ」
珠紀との身長差がないことが気になって、傘を高い位置に掲げ持っていた。
まさか、珠紀に見破られるとは・・・。
 「ムリに腕を伸ばしてるように、見えますけど」
 「だから、そんなことねーって、言ってんだろ!!」
姑息な手段を取っていることが、恥ずかしくなる。そのせいで、つい声を荒げてしまった。
そんな俺の様子に気付いていないのか、傘の柄を持った俺の腕に、珠紀は自分の手を絡ませる。
 「手を伸ばしてると、腕が組めなくて淋しいです。お願いですから、もう少し下げてください」
そう言いながら、俺の腕を組み易い位置まで下ろす。な、何しやがるんだよ、おい。
言葉を失って口をパクパクさせていると、珠紀がひょいと下から俺の顔を覗き込んだ。
 「真弘先輩、顔が赤いですよ? 雨に当たって、熱が出てきたんじゃ」
心配そうな珠紀の顔がすぐ近くにあって、更に顔が真っ赤になっていることを自覚する。
それを誤魔化すように、俺は珠紀の手が絡んでいる腕を強く引き、さっさと歩き出した。
 「赤くなんかなってねー!! こ、これは大蛇さんの、あの裏のありそうな笑顔に、
 ムカついて熱くなってるだけだ。ほら、帰るぞ。さっさと歩け」
 「ちょっと真弘先輩!! 歩くの速いですよ」
引き摺られるように歩く珠紀が、抗議の声を上げた。俺は聞こえない振りをして、そのまま歩き続ける。
雨を遮る傘の位置は、背丈よりもほんの少し上。それを支える腕には、珠紀の手が添えられている。
 「まったく。完全に私の存在を無視しているくせに、しっかりダシには使うのですね。
 雨はとっくに止んでいますけど、教えてなんてあげません。いつまでも、二人で相合傘を
 していれば良いんです」
俺たちを見送っていた大蛇さんの珍しく拗ねたような呟きは、家路へ向かって歩き出した
俺たちの耳には届かない。
傘で遮られた空には、大きな虹が架かっている。それに気付くのは、もう少し後のこと。

完(2011.07.24)  
 
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