「幸せのかたち」

春風が心地良い昼下がり。
私は人型に変化したオサキ狐のおーちゃんと、縁側で遊んでいた。
 「むーずーかーしーいー」
宙に舞ったお手玉を受け損なって、おーちゃんが覚えたての言葉を口にする。
蔵の片付けをしていたら、子供の頃に遊んでいたお手玉を見付けた。
懐かしくて、蔵から持ち出し来たら、
 「たまき、それなにー?」
と、おーちゃんが目をキラキラさせて近寄って来る。
 「これはね、お手玉、って言うんだよ」
そう言って、お手玉を三つ、器用に宙に舞わせて見せると、
 「たまき、すごーい。ぼくにも、おしえてー」
二つの尻尾を嬉しそうに揺らしながら、籠の中に残っているお手玉を手に取った。
 「じゃあ、最初は二つからね」
私の言葉に素直に頷いて、おーちゃんが持つお手玉が宙を舞う。
二人で暫くお手玉遊びをしていると、真弘先輩が縁側にやってきた。
 「おっ、二人して、何やってるんだ?」
 「真弘先輩、いらっしゃい」
真弘先輩の声に振り向くと、傍に居たおーちゃんが私の腕を掴む。
 「きょうはだめー。たまきは、ぼくとあそぶのー。まひろ、じゃましないでー」
 「んだと、こらー。勝手に決めんな!! いつ来ようと、俺の自由だろ。
 珠紀は俺んなんだよ。お前こそ、邪魔すんな」
 「ちょっと、真弘先輩。そんな恥ずかしいこと、サラッと言わないでくださいよ」
真弘先輩とおーちゃんが火花を散らす中、顔を赤くした私だけが、会話にならないことを言う。
でも私の言葉は、二人の耳には届いていないみたい。言い争いは、その後も続いている。
 「だって、まひろはがっこうで、たまきといっぱいあそべるでしょ!!」
 「うるせーな。卒業しちまったから、学校じゃもう逢えねーんだよ。
 お前こそ、影ん中でずっと、こいつと一緒にいられんだろーが」
 「いっしょだけど、あそべないもん。たまき、べんきょーばっかり。
 せっかくおてだま、おしえてもらってるのにー。またどっか、つれてっちゃうの?」
卒業式を終えたばかりの真弘先輩の声は、何処か淋しそうだった。
それを受けたおーちゃんも、拗ねた口調になる。
 「あ? なんだ、お手玉やってたのかよ。俺、これ、得意なんだぜ」
おーちゃんの様子に気付いたように、真弘先輩が話題を変える。
そして、床に散らばっているお手玉を、すべて宙に舞い上げた。
 「あー、まひろ、ずるーい!! ちからつかっちゃ、だめー」
風を操る能力を持つ真弘先輩は、軽々とお手玉を操っている。
それにおーちゃんが食付き、また喧嘩を始めてしまう。
そんな二人の様子を見ていた私は、可笑しくなって、クスクスと笑い声を漏らす。
 「んだよ」
 「たまきー?」
 「ううん、ごめんなさい。何でもないの。なんか、良いな、って思って」
 「・・・変なやつだな」
真弘先輩とおーちゃんが、不思議そうな顔で、私の顔を覗き込む。
でも、心に浮かんだこの想いを、上手く言葉にできなくて、
私は首を横に振って誤魔化してしまった。
 「たまきー、もういっかい、おてだまおしえてー。まひろ、ずるするからだめー」
 「あぁ、はいはい。じゃあ、もう一度ゆっくりやるから、見ててね」
おーちゃんにせがまれて、落ちているお手玉を拾う。
宙を舞うお手玉を目線で追い掛けると、おーちゃんは楽しそうに尻尾を振っている。
 「・・・」
お手玉の練習に夢中になっていると、柱に凭れかかっていた真弘先輩の
溜め息を吐く音が聞こえてくる。
 「あっ、ごめんなさい。二人でばっかり遊んじゃって・・・。退屈ですよね?」
慌てて振り向くと、遠い目をした真弘先輩が、所在無げにしている姿が目に留まった。
 「あぁ、悪い。そんなんじゃないんだ。
 ・・・ただ、こういうのが幸せ、って言うんだろうな。なんてことを考えてた。
 お前が居て、傍には小さな子供が居て。戯れた子供をあやしているお前を、
 こうして眺めている俺が居て。遠くない未来に、そんな光景があったら良い。
 きっとそれが、幸せな家族ってやつなんだろう、ってな」
真弘先輩が口にした言葉の一つ一つが、心の中に溶ける。
それは、私が上手く言葉にすることができなかった想いと、同じだったから。
未来を持つことを許されなかった真弘先輩。 
何気ない日常に、幸せが潜んでいることを知っている真弘先輩。
そんな真弘先輩が夢見る、未来の幸せな風景。
 「真弘先輩が想像した光景。すぐに見られますよ。
 私はずっと、先輩の傍に居ますから」
私は、祈りのような想いを込めて、言葉を紡ぐ。
いつかきっと、真弘先輩が夢見た光景が、現実のものとなりますように。
幸せな風景が、いつまでも続きますように。
真弘先輩の笑顔が、私のこの想いが伝わったことを、教えてくれる。

完(2011.06.26)  
 
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