「奉納の舞」

  ひらひらと 天より舞い散るは 真白き華の
   薄紅色に染まりし、桃源の里
    燃ゆる炎に朽ち果て逝くは
     廻りし時代(とき)を ふたたびの白き世界へ

意識が身体を離れていく感覚を味わう。
自分が自分でなくなるような、他の誰かに身体を明け渡していく感じ。
身体が自然に舞い始める。頭ではなく、身体が振りを憶えている。
これって、玉依姫としての記憶なのかな。
そして、更に意識が離れていくと、先程まで居た拝殿ではなく、
何処か知らない場所に辿り着く。そこに居るのは、三柱のカミ。
 「・・・ふぅ」
一通り舞を終えると、周囲の景色や音が、一気に戻ってくる。
大きく息を吐き出して呼吸を整えていると、拝殿の入り口に人の気配を感じた。
誰もいないと思っていたので、慌ててそちらを振り向くと・・・。
 「よぉ、お疲れ」
入り口の横に座っていた真弘先輩が、そう言いながら軽く手を上げる。
 「真弘先輩!! いつから居たんですか? 私、全然気付かなかった。
 気配を消してるなんて、ズルイです」
 「んなことするかよ。どっちかってーと、意識飛ばしてたのは、そっちだろ。
 ・・・目の前にちゃんと居んのに、手の届かない処へ行っちまってるよーな感じでよ」
真弘先輩は拗ねたように言うと、そっぽを向いた。
やっぱり、意識がないように見えるのかな。恥ずかしい格好とか、してなかったよね。
そんな事を考えながら、真弘先輩の横に座り込む。
 「やっぱり、そんな風に見えちゃいますか?
 舞の稽古を始めると、いつも違う場所に居る気がしてくるんです。
 神殿のような厳かな場所で、三柱のカミが見守る中、舞を披露してる。
 そんな感じがしてきて」
 「三柱のカミ?」
 「はい。舞が終わると、それぞれが近付いて来るんですけど。
 いつもそこで終わっちゃうんです。何だか夢を見てるみたいで」
いつも同じ処で意識が戻ってくる。
もう一度、舞の稽古を始めても、また初めからの繰り返し。
そしてまた、カミ達が近付いてきて終わりを迎える。
あの後、いったい何があったんだろう?
私が不思議そうに首を傾げていると、真弘先輩はあっさりとその答えを口にする。
 「それは多分、奉納の舞だ。
 玉依姫は、三柱のカミに鬼切丸の力を分け与える前に、
 神殿で封印解放の儀式を行ったとされている。
 その時に、八百万のカミに奉納したとされている舞が、それだ」
 「そうなんですか!!」
あの後、三柱のカミが近付いてきて、玉依姫は鬼切丸の封印を解く。
あれだけの力の解放だもの。制御するのは、きっと簡単ではなかったはず。
私が視ようとしないのは、その時のことを怖いと思っているからなのかな。
 「もうすぐ玉依姫襲名の儀がある。
 その時に、お前も同じ奉納の舞を踊るんだろう。
 しっかりやれって、玉依姫のお告げなんじゃねーのか」
 「そう・・・ですよね」
真弘先輩の言葉にそう返すと、そのまま俯いてしまった。
玉依姫を正式に継ぐこと。そのお披露目として、襲名の儀を執り行うこと。
お祖母ちゃんに言われてから、美鶴ちゃんや卓さんにも手伝ってもらって、
巫女修行や玉依の知識について、ずっと勉強してきた。
少しは身に付いてるとは思うのに、不安の方がどんどん増していく。
 「んだよ、暗い声なんか出して。どっか、具合でも悪いのか?」
 「そう言うんじゃないです。ただ・・・私が玉依姫になって、本当に良いんでしょうか」
何も知らないただ女の子が、行き成り玉依姫だと言って、受け入れてもらえるのだろうか。
鬼切丸を巡る戦いの時も、私はずっと下ばかり向いて、みんなの力にはなれなかった。
そんな私が、守護者の大事な玉依姫になんて、なってしまって良いのかな。
ずっと抱えていた不安を、とうとう口にしてしまった。
真弘先輩、きっとガッカリしただろうな。こんな弱音しか出てこない玉依姫なんて。
俯いたまま涙を堪えていると、頭の上に暖かい物が乗せられた。
気になって顔を上げると、そこには真弘先輩の手があった。
私の頭をポンポンっと叩くと、最後はそのまま後ろへ軽く押し出す。
 「なーに、バカなこと言ってんだ、お前。良いも悪いもねーだろ。
 もうお前は、俺たちにとっては、立派な玉依姫なんだからよ」
 「でも、私・・・」
 「あ? この鴉取真弘先輩様が、お前を玉依姫だって認めたんだぞ。
 なんか、文句でもあんのか?」
更に泣き言を口にする私に、真弘先輩はいつもの不敵な笑顔を向ける。
戦いの最中、何度も怖くて挫けそうになる私を、勇気付けてくれたあの笑顔だ。
私が俯いていると、いつもそうやって引っ張っていってくれる。
 「大丈夫だって。俺が保証してやる。だいたい、あの鬼切丸を破壊したんだぞ。
 これ以上の玉依姫がいるかよ。・・・まぁ、半分は俺様の力だけどな」
 「・・・それさえなければ、格好良かったのに」
照れ隠しのように付け加えられた言葉に、私はわざと不満そうな声を出してしまった。
本当はとても嬉しかったのに、素直にそれを伝えるのが、恥ずかしかったから。
 「煩せーよ、バーカ。んな、憎まれ口が叩けるんなら、もう元気になったんだよな」
 「はい。まだ自信はないですけど、私なりに頑張れそうな気がします」
 「あんま気張んなよ。お前は、やりたいようにやれば、それで良いんだ。
 後は、俺たちに任せておけ。守護者ってのは、そのために居るんだからな」
真弘先輩はそう言うと、私を安心させるように大きく頷いた。
 「頼りにしてます」
大丈夫。真弘先輩が付いていてくれるなら、玉依姫襲名の儀も、無事にやり遂げられる。
真弘先輩の言葉に勇気を貰った私は、玉依姫になることが少しだけ怖くなくなっていた。

完(2011.04.28)  
 
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