「重大任務」

学校からの帰り道。
真弘先輩とおしゃべりをしながら歩くのは、いつもならとても楽しいはずなのに。
今日は少しだけ気が重かった。
 「んだよ、さっきから暗い顔して。話も上の空で、生返事ばっか返すしよ。
 どっか、具合でも悪いのか?」
会話の反応が鈍いことに気付いた真弘先輩が、心配そうに私の顔を覗き込んでいる。
 「何でもないんです。ごめんなさい」
私が慌てて首を振っても、大きな溜め息を吐くだけで、信じてはくれなかった。
 「どうしたってんだよ。何か心配事でもあんのか?」
 「本当に違うんです。あの・・・ただ、もうすぐ期末試験だな、って思って」
 「あ?期末試験?お前、何言ってんだ?もしかして、熱でもあんじゃねーのか?」
私の言葉に、真弘先輩は呆気にとられたような顔で、熱を測ろうと額に手を伸ばしてくる。
私は曖昧に微笑んで見せながら、昨日の夜に交わした卓さんとの会話を思い出していた。
――――― 昨夜。宇賀谷家の居間。
お祖母ちゃんの部屋から戻ってきた卓さんが、少し疲れた顔をしていたのが気になって、
お茶を出しながら、それとなく声を掛けたのが始まり。
 「卓さん、どうかしたんですか?お祖母ちゃんに、何か言われたとか?」
 「あぁ、珠紀さん。すみません。心配を掛けてしまいましたね。
 でも、大丈夫ですよ。ババ様とは、いつもの報告だけです。ただ・・・」
卓さんは苦笑を浮かべると、少し言いにくそうにしている。
私はどうしても言葉の続きが気になって、先を教えてくれるようにと、卓さんに詰め寄った。
そんな私に、仕方ないですね、と小さく呟いて、卓さんは諦めたように話しだした。
 「今日、学校から呼び出しを受けたので、行ってきたのですよ。
 その報告が、ババ様にも耳の痛い話だったので、少しお小言をいただきました」
 「学校に呼ばれたって、何かあったんですか?」
守護者のまとめ役でもある卓さんは、私たちに何かあると、学校から呼び出しを受けることがある。
最近は祟神や溺神の姿も減っていて、学校を抜け出して鎮めに行くことも、なくなっていた。
学校に居るときのみんなのことを思い返してみたけれど、特に心当たりは見付からない。
考えあぐねていると、卓さんが溜め息混じりに、思いも寄らない言葉を口にする。
 「それはもちろん、鴉取くんの成績のことです。
 今度の期末試験の出来が悪ければ留年させると、担任の先生に脅されました。
 ババ様からも、まとめ役としての力を充分に発揮せよ、とお達しがありましてね。
 そこでひとつ。珠紀さんにお願いしたいことがあるのですが、協力していただけませんか?」
――――― 再び、放課後の家路。
 「・・・おい!!っとに、どうしたんだよ、さっきから。そんなに期末が心配なのか?」
真弘先輩の大声に、私はハッとして我に返る。
さっきよりも心配そうな顔で、真弘先輩が私を見つめていた。
 「あっ、ごめんなさい。でも、真弘先輩は心配じゃないんですか?」
担任の先生がわざわざ卓さんを呼び出したということは、相当大変な状態なんだと思う。
なのに、肝心の真弘先輩は、それをまるで気にしていない。本当に大丈夫なのかな。
 「俺が?心配なんかするわけねーだろ。俺を誰だと思ってる。鴉取真弘先輩様だぞ。
 んなの、授業聞いてりゃ、試験なんて簡単にクリアできんだよ」
胸を張って宣言すると、真弘先輩は天真爛漫な顔で笑っている。
もぉ、人の気も知らないで・・・。そう思っていたら、つい不機嫌な声を出してしまった。
 「祐一先輩じゃないんですから、そんなの真弘先輩にはムリです」
 「んだとー!!祐一ならできて、何で俺じゃムリなんだよ!!」
私につられるように、真弘先輩もムッとした顔で言い返してくる。
売り言葉に買い言葉。私の声もどんどん大きくなっていく。
 「だって、祐一先輩は日頃から、ちゃんと勉強してるじゃないですか!!」
 「嘘だ!!あいつ、授業に関係ねー本ばっか、読んでんだぞ」
 「それでもできるから、祐一先輩は凄いんですよ。真弘先輩なんて、いつも雑誌ばっかり・・・。
 あっ、そうだ。真弘先輩が職員室に呼ばれてた、って拓磨がら聞きましたよ。
 担任の先生にお説教されてたって。そうなんですか?」
休み時間に友達と話していると、楽しそうに笑いながら拓磨が教室に入ってきた。
何か面白いことがあったのかと尋ねたら、職員室で担任の先生から、
授業態度についてお説教されている真弘先輩を見たと、嬉しそうに教えてくれた。
 「くっそー!!んなとこ、見てんじゃねーよ。拓磨のやつ、覚えてろ!!」
 「・・・やっぱり、本当なんだ」
拓磨に対して八つ当たり気味の言葉を口にしている真弘先輩を見て、
私は拓磨の話が本当だったと確信する。
そんな私を振り返ると、真弘先輩は少し怒った顔で私を睨みつけた。
 「んだよ、さっきから!!祐一のことばっか褒めるし、拓磨の言葉は無条件に信じやがる。
 お前の彼氏は俺なんだからな。俺のこともちゃんと見ろ!!」
 「だったら、さっき言ったこと、証明してください」
話が良い方向へ転がりそうな気がして、私は真弘先輩の言葉に乗っかることにする。
これで真弘先輩がやる気を出してくれたら、期末試験の勉強をしてくれるかも知れない。
 「あ?さっき言ったことってなんだよ?」
急に静かな口調で言葉を返した私に、真弘先輩は拍子抜けしたような顔をする。
私は何もなかったかのように微笑むと、真弘先輩への約束事を口にした。
 「試験なんて簡単にクリアできる、です。真弘先輩、ちゃんと言いましたよね。
 有限実行。忘れないでくださいね。約束ですよ」
 「うっ・・・それは・・・だな。・・・あーっ、判ったよ。やってやる。なんだ、試験くらい。
 俺様にかかれば、朝飯前だっつーの。・・・くそっ。何でこんなことになったんだ?」
真弘先輩は観念したように項垂れると、二つ返事で約束してくれた。
そして狐に抓まれたような顔で、しきりに首を傾げている。
そんな真弘先輩を楽しそうに眺めながら、私は昨夜の卓さんの言葉を思い出していた。
 『珠紀さんにお願いします。どうか、鴉取くんのやる気を出させてください。
 大丈夫ですよ。珠紀さんが言えば、絶対に勉強する気になります。
 それでも心配ですか?そうですね。それなら、守護者の誰かを、思い切り褒めてみてください。
 彼は単純ですからね。それだけで、簡単に熱が入ります』
卓さんの作戦が成功したことで、私は自分の責任を果たせと、ホッと胸を撫で下ろした。

完(2011.01.30)  
 
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