「いつもの朝」

珠紀様がいらしてから、宇賀谷家の朝はとても賑やかです。
 「美鶴ちゃーん、そろそろ行くねー」
玄関から珠紀様の元気な声が聞こえてくると、私は慌ててお台所を飛び出した。
 「お待ちください、珠紀様。
 今日は雪が降りそうなお天気ですから、必ず傘をお持ちくださいね」
 「うわっ、ホントだ。外、寒ーい。厚手のコートの方が良かったかなぁ」
開いたままになっている玄関から吹き込む風に、珠紀様は慌てて首を窄める。
 「風邪を引いてしまっては大変ですから、そうなさってください」
 「じゃあ、着替えてくるね」
珠紀様は、一度履いた靴を脱ぐと、急いで部屋へ戻って行く。
こうして珠紀様のお世話をすることが、私の楽しみなのです。
ただ一つ、問題があるとすれば・・・。
 「おーい、何をやってんだよ。遅刻すっから、さっさとしろよなー」
さっきから玄関先に佇んでいる鴉取さんの存在だけが、私にはどうしても引っ掛かる。
 「真弘先輩、ごめんなさーい。もう少しだけ、待っててくださいね」
ウンザリと迷惑そうな声を出しているくせに、部屋の中から聞こえてくる珠紀様の声に、
まんざらでもない顔で笑っている。
先の戦いで、元凶だった鬼切丸を珠紀様と一緒に破壊してから、
どうもお二人の仲が親密になったように感じるのは、気のせいでしょうか。
 「んだよ、美鶴。何か言いたそうだな」
今度は声だけではなく、表情すらもウンザリとさせた鴉取さんが、私にそう尋ねてきた。
そんなに物言いたげな顔で、見ていたのかしら。
 「いいえ、特にはなにも」
とりあえず、思っていることを口にするのは、やめておきましょう。
そう思い、首を横に振って否定する。
 「嘘つけ。さっきから、俺の顔、じーっと見てたじゃねーか」
あからさまに不快感を表しながら、突っかかった物言いを返してくる。
 「そうでしたか?私はただ・・・」
 「ただ、何だよ」
不機嫌そうに聞き返す鴉取さんに、つい意地悪心が顔を出してしまった。
 「毎朝、珠紀様とご一緒されるのですね。
 そう、申し上げたかっただけですよ」
にっこりと極上の微笑を浮かべると、私はそう口にする。
そんな私の言葉に、驚愕と含羞を取り混ぜたような表情で狼狽えると、
いつものように大きな声を上げた。
 「う、うるせー!!たまたまだよ、たまたま。
 ほら、まだ、鬼切丸の影響が残ってるだろ。だから、珠紀一人で歩かせると
 危なっかしいじゃねーか。あいつ、すぐにトラブルに巻き込まれっからよ。
 別に俺が一緒に行きたい、って言ったんじゃねーぞ。
 あいつが一緒に行きたいんじゃねーかって、そう思ってだな。
 あー、んなんじゃねー。あいつは俺が護る、って決めたんだよ。
 あいつも、俺に護らせてくれるって約束してくれたし」
初めの勢いはどんどん尻窄みになり、最後にはシドロモドロになっていた。
 「私、何もお聞きしてませんけど・・・」
真っ赤な顔で言い訳をしている鴉取さんを前に、私は大きな溜め息を吐く。
確信してしまいました。
お二人はその、恋人同士、というものになってしまわれたのだと。
もしお相手が鬼崎さんだったのなら、すぐに祝福することは難しかったかも知れません。
でも、よりにもよって何故、鴉取さんなんかを選ばれたのでしょう。
珠紀様の幸せを願い、ずっとお仕えすると誓った私としては、とても複雑な心境です。
 「真弘先輩、お待たせしました」
鴉取さんと私との間に、冷たくて気不味い無言の空気が流れている中、
明るい珠紀様の声が割って入る。
 「お、おぉ。さっさと行こうぜ。このままじゃ、遅刻しちまう」
 「じゃあ、美鶴ちゃん、今度こそ、行ってくるね」
 「珠紀様、いってらっしゃいませ。どうか、お気をつけて」
玄関を出て、珠紀様の姿が見えなくなるまで見送ると、
私は朝の用事を済ませるために、再びお台所へと戻って行く。
これが宇賀谷家にとって、いつもの朝の風景。
ただ、この日を境に、鴉取さんが玄関まで珠紀様を迎えるに来ることは、なくなった。

完(2010.12.25)  
 
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