「本音」

体育が終わった後の英語の授業。これはもう、爆睡確実の時間割だ。
どうせ眠っちまうなら、机に突っ伏すよりも屋上で横になっていた方が、よく寝れるってもんだ。
そう判断した俺は、4限目の授業をサボって、屋上の出入口の屋根に登って、昼寝をしていた。
ウトウトと微睡むだけのつもりだったのに、どうやら本格的に眠っちまったらしい。
授業終了のチャイムにも気付かないまま、時刻は昼休みへと突入していた。
扉を開閉する音と話し声を耳にして、漸く現実の世界へと意識が戻ってくる。
 「拓磨先輩。珠紀先輩、来ないんですか?」
 「廊下で他の女子と話してた。面倒くさいから置いてきたけど、すぐに来るだろ。何か用事か?」
 「特に用事とかではないんです。ただ、珠紀先輩とゆっくり話せるの、この時間しかないですからね。
 顔が見られないのは、やっぱり淋しいです」
屋上にやってきた拓磨と慎司は、俺が居ることに気付かない様子で、珠紀について言葉を交わし始める。
 「ねぇ、拓磨先輩。珠紀先輩は、本当に真弘先輩と・・・その、恋人同士・・・な関係なんでしょうか?」
 「そうなんだろう。まぁ、慎司の言いたいこと、判らないでもないけど。
 選りに選って何で、ってやつだろ。あいつ、男の趣味、ホント悪いよな」
言いたい放題の後輩どもに、俺はムカついて、文句の一つも言ってやりたくなる。
 「真弘先輩が良い人だって、頭では判ってるんです。それに、珠紀先輩にも幸せになってもらいたい。
 だけど・・・」
慎司は、言葉を紡ぐ代わりに、深い溜息を吐いた。それを見た拓磨も、無言で慎司の肩を軽く叩く。
 『だけど、珠紀を幸せにするのが、どうして自分じゃないのか・・・』
慎司が飲み込んだ言葉、そして拓磨の脳裏にもあっただろう言葉。
それはきっと、こんな感じの言葉だったのだろう。
それが判ってしまった俺は、二人の前に出て行くタイミングを失った。
 「どうした、二人とも。随分と暗い顔をしているな」
 「もしかして、お腹空いてるのに、待っててくれたの?だったら、ごめんね」
重く沈んだ空気を払拭させるように、のほほんとした声が屋上に響く。祐一と珠紀の声だ。
 「あれ?真弘先輩は?」
珠紀が当たりをキョロキョロと見回して、不思議そうな声を上げる。
やばい!!俺がここから出て行ったら、さっきの会話を盗み聞きしていたのがバレちまう。
拓磨も慎司も、俺には絶対に、聞かれたくなかったに違いないから・・・。
 「・・・・・・」
俺が屋根の上で身動ぎもできずに固まっていると、何かを感じ取ったのか、祐一が口を開く。
 「・・・あいつは、授業サボってるのがバレて、担任に呼び出された。
 盛大に小言を貰ってるはずだから、ここにはこれないと思う」
 「えーっ、そうなんですか?せっかく、お弁当を作ってきたのに」
祐一が語った嘘の言い訳に、珠紀ががっかりしたような声で反応する。
珠紀が俺に、弁当を作ってきてたのか。くそっ、こんな処で昼寝なんかしたばっかりに・・・。
俺は自分の軽率な行動を、心底悔やんだ。
 「珠紀先輩のお弁当!!」
 「どうせ真弘先輩は来ないんだし、俺たちで分けても良いよな」
 「賛成だ」
そう言って群がるヤローどもに、苦笑いを浮かべると、珠紀は鞄の中から弁当の包みを取り出した。
 「仕方ないなぁ。はい。じゃあ、ちゃんと味わって食べてね」
 「っ・・・」
ずりぃ!!思わず声が漏れそうになるのを、慌てて手で抑える。
聞こえたんじゃないかと不安になって、そっと下を覗いてみたら、呆れた表情の祐一と目が合った。
 『フォローしてやったのに、これでは意味が無い。このバカが』
冷たい視線が、まるでそう罵っているようで、俺は慌てて首を引っ込めた。
見えなくなった下では、祐一と珠紀が、まだ会話を続けている。
 「そっちの紙袋には、何が入っているんだ?」
 「これは焼きそばパンです。ご飯よりもパンの方が好きなのかなって、ちょっと心配になっちゃって。
 念の為に、両方作ってみたんです」
 「そうか。なら、それは俺が預かろう。次の休み時間にでも、真弘に食べさせておく」
 「じゃあ、お願いします」
ホント、俺には勿体無いくらい、できた女だよな。
その後、和やかに続く昼休みを、俺は空を眺めながらやり過ごした。
 「なぁ、祐一。お前は、どう思ってるんだ?」
誰もいなくなった屋上。フェンスに寄りかかりながら、珠紀の作った焼きそばパンを齧る。
何も聞かずに横に座っている祐一は、俺の問い掛けに、視線を向けた。
 「俺と珠紀のこと。俺があいつの隣に居るの、やっぱりおかしいか?」
 「・・・身長差のことか?」
 「殴るぞ!!ったく、そうじゃねーよ。あいつの横に居るのが俺じゃなく、自分がって・・・。
 悔しくねーのか、って聞いてんだよ!!」
判っていてわざと茶化している祐一に、俺はつい声を荒らげていた。
そんな俺を見て、祐一は軽く息を吐くと、仕方ないなとでも言うように肩を竦める。
 「そんなことか。相変わらず、臆病なやつだな、お前は。俺は、珠紀が決めたのなら、それで良い。
 それに、お前たちは案外似合いのカップルだと、俺は思っている」
 「そっか。なら、良い」
祐一の言葉を聞いて、俺は何処かホッとしている自分に、気が付いた。
 「それにしても、良いもんだな。一人でも俺の味方をしてくれるやつがいる、ってのはよ」
空を見上げて呟いた俺の言葉に、祐一は静かに微笑んで頷いた。

完(2010.11.27)  
 
HOME  ◆