「甘い悪戯」

 「真弘先輩、足元、危ないです!!」
 「うわぁっ!!」
居間の襖が勢い良く開いたので、私は慌てて制止の声を上げた。
けれど、間に合わなかったみたい。
床に転がるお化けカボチャに足を取られて、真弘先輩は盛大に引っ繰り返ってしまった。
 「イテテ。んだよ、これ!!」
文句を言いながら、手近に転がっているカボチャを叩く。
 「何って、ジャックランタンですよ。ほら、可愛いくないですか?」
 「・・・不気味だろ、どっちかってーと」
テーブルの上に置いてあった手の平サイズのカボチャを掲げて見せる私に、
腰を摩りながら近寄ってきた真弘先輩は、呆れた顔をしている。
 「だいたい、そんなカボチャの提灯を、何でこんな処に並べてんだよ。危ねーだろーが」
所狭しといった状態で、床一面に転がっているカボチャを見回すと、真弘先輩は溜め息を吐いた。
襖の傍に置いたのは、確かに危険だったかも知れない。
 「それ、拓磨と慎司くんが作ってくれたんですよ」
皮の硬いカボチャを繰り抜いたのは拓磨。手先の器用な慎司くんは目と口を担当。
カボチャの顔が真弘先輩に似ている、って笑っていたことは、内緒にしておいた方が良いよね。
 「楽しそうなこと、してんじゃねーかよ。そういう時は、ちゃんと俺様も呼べ」
さっきまでの光景を思い出して微笑を受けべていると、真弘先輩が拗ねたように言う。
 「用事があるって言ったの、真弘先輩ですよ。もう、用事は終わったんですか?」
 「まぁな。もともと行きたかったわけじゃねーんだ。先にこっちの話を聞いてりゃ、断ったのによ」
チェッと舌打ちすると、傍にあったカボチャを八つ当たり気味に転がす。
 「それなら、これを参道に並べるの、手伝ってくれませんか?
 拓磨たち、台車を借りに行ってくれてるんですよ」
 「このカボチャ、神社に並べるつもりか?いくらなんでも、この洋風な形(なり)とは、合わねーだろ」
 「それはそうなんですけど。でも、集合場所としては、目立つ方が良いかと思って」
ハロウィンの夜。思い思いの仮装をした子供達が、各々の家を巡ってお菓子を貰い集める。
その行事の集合場所に、玉依毘売神社の境内が使われることになっていた。
 「当日は、私も子供たちと一緒に、みんなの家を巡ることになってるんですよ。
 見てください、仮装もバッチリ!!」
そう言って、できたばかりのとんがり帽子を被ってみる。
ランタン作りを拓磨と慎司くんに任せた私は、一人で仮装用の衣装を作っていた。
黒いワンピースを加工したドレス風の衣装と黒いマント。フェルトで作ったとんがり帽子。
最後に、境内の掃除に使っている竹箒を持てば、立派な魔女の出来上がり。
 「お前も、菓子をせびって歩くつもりか?」
仮装用の衣装を披露してはしゃぐ私に、真弘先輩が驚いたような顔を向ける。
 「せびったりなんてしません。これはただの引率です。
 子供たちだけでなんて、夜の村を歩かせるわけに、いかないじゃないですか」
そんな言い訳を口にしてみるけれど、本音を言えば、子供たちと一緒に雰囲気だけでも味わいたい。
 「んなの、保護者にやらせとけば良ーだろう。何もお前がやらなくても」
ランタン作りを誘わなかったの、まだ怒ってるのかな。
真弘先輩の声は、まだ不機嫌そうだった。
 「だって子供のお祭りなんですよ。大人が一緒だなんて、そんなのつまらないです。
 私だったら、子供たちも気兼ねしなくて、すむんじゃないかなって」
どうしてもイベントに参加したい私は、言葉を選んで真弘先輩を説得する。
そんな私の意気込みを見て取ったのか、真弘先輩は無造作に頭を掻くと、諦めたように息を吐く。
 「ガキと同目線だからな、お前はよ。ったく、仕方ねー。なら、俺もそれ、付き合ってやる。
 お前がガキどもの面倒を見るってんなら、お前の面倒は俺に任せろ」
どうせ言い出したら聞かねーんだろ。と、自分を納得させるように呟いていた。
 「・・・真弘先輩の方が、同目線だと思います」
真弘先輩の言葉に、今度は私が拗ねたような口振りで反論する。
子供たちより先にお菓子を強請っているのが、容易に想像できてしまう。
一番はしゃいでいる真弘先輩の後ろで、私はきっと呆れながらも笑っているんだろうな。
 「お前、こういうイベントごと、ホント好きだよな」
呆れたようにそう言うと、テーブルの上に置いてあったキャンディを一つ摘む。
 「あっ!!ダメですよ。それ、子供たちに配るためのお菓子なんですから」
 「うっせーな。良いだろう、1個くらい」
そう言って、包み紙を開くと、キャンディを口の中に放り込む。
 「もぉ、勝手なんだから」
 「そういうイベントなんじゃ、ねーのかよ。なら、お前はどっちが良いんだ?」
ツンっとそっぽを向いた私の手を、真弘先輩が強引に引き寄せる。
 「どっち・・・って?」
 「甘い・・・菓子か、それとも悪戯・・・」
呟くようにそう言いながら、ゆっくりと顔を近付ける。そして私は、返事をする代わりに、目を閉じた。
唇を重ねた時、仄かにキャンディの甘い味が伝わってくる。
ねぇ、真弘先輩。このキスは、どっちのつもりなんですか?
Trick or Treat。

完(2010.10.31)  
 
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