「怪力サムソン」

ゴールデンウィークを過ぎた頃から、日差しが徐々に暖かさを増している。
外を歩いていると、冬の制服では少し暑く感じるようになっていた。
 「ただいま」
学校から帰ると、部屋には寄らずに、そのまま真っ直ぐ居間へ行く。
高校を卒業してから浪人生活を送っている真弘先輩が、卓さんの指導を受けながら、
そこで受験勉強をしているはずだから。
 「あぁ、サボってる」
襖を開けて中を覗くと、真弘先輩は縁側に座って、空を見上げていた。
 「休憩だよ、休憩。只今、おやつタイム、真っ最中」
私の声に振り向いた真弘先輩は、そう言うと、私に囓りかけのアイスを振って見せる。
 「お前も、一口食うか?」
 「良いんですか?じゃあ、遠慮無く」
急いで帰ってきたせいで咽喉が乾いていたので、真弘先輩の申し出をすぐに受け入れた。
差し出されたアイスに口を付けると、何故か真弘先輩が顔を赤くする。
 「う、旨いか?」
 「冷たくて、美味しいです。今日、暑かったですもんね」
私が囓ってしまったアイスを、暫く眺めていた真弘先輩は、まるで自棄になったみたいに
口に入れると、あっという間に食べ尽くしてしまった。
 「本当、今日はアッチーよな。髪が伸びてきちまってウザイし、そろそろ切りに行くか」
食べ終わったアイスの棒を咥えながら、伸びた前髪を鬱陶しそうに引っ張っている。
サイドの髪を後ろに括っている真弘先輩の髪型を見て、私は少しだけ腑に落ちなかった。
 「私が先輩の髪を結んだとき、すぐに嫌がって取っちゃったのに、自分では良いんですか?」
 「あれは、お前が悪戯しただけだろ!!リボンはいらねーんだよ、リボンは」
一緒に帰る約束をしていたのに、迎えに行った真弘先輩は、机に突っ伏したままお昼寝中。
挙句の果てに、やきそばパンを私に横取りされる夢まで見ていた。
暫くは大人しく起きるのを待っていたけれど、夢の中に出てくる自分のイメージの悪さに、
つい悪戯心が芽生えて、眠っている真弘先輩の髪にリボンを結んでしまった。
もちろん、目が覚めたときには、散々怒られてしまったけれどね。
 「可愛かったのに」
 「男に可愛さは必要ねー」
あのときのことを思い出したのか、真弘先輩は拗ねたようにそっぽを向く。
 「あれからずっと伸ばしたままだから、切らないんだと思ってました。
 そう言えば卓さんも長髪ですよね。もしかして、守護者の力の源は髪の毛なんですか?」
 「んなの、あるわけねーだろ。大蛇さんのは、ただの趣味だ、趣味。
 ったく、俺たちは怪力サムソンかっつーの」
何気なく口にした言葉に、真弘先輩が揶揄うように笑った。
卓さんの髪の長さって、趣味だったの?確かに、よく似合っているけれど。
それに、とても綺麗だから、きっと手入れも大変なんだろうな。
そう思って自分の髪を見ると、毛先が少し傷んでいるような気がした。
 「もうすぐ夏が来るし、その前に私も切りに行こうかな」
 「お前はダメ」
夏が来る前に少し切り揃えておこうと思ったのに、何故か真弘先輩が異を唱える。
 「えっ、どうしてですか?もしかして、玉依姫の力の源って・・・」
 「だーから、サムソンから、いい加減離れろって!!」
 「冗談ですってば。本気にしないでください。でも、玉依姫ってみんな、髪長かったんですか?」
巫女の仕事や、舞を踊るときには、確かに髪が長い方が様になる。
だから私も、思い切り短くするつもりは、初めからなかった。
 「んなの、知らねー。ただ・・・好きなんだよ、俺が。お前の長い髪」
そっぽを向きながら、ぼそりと呟くように言う。
驚いて真弘先輩の顔を覗こうとすると、耳まで赤くなっているのが判った。
 「じゃあ、切るのは止めておきます」
卓さんや美鶴ちゃんに、髪に良いトリートメントを紹介してもらおう。
真弘先輩が、もっと私を、好きになってくれるように。
 「その内、岩くらい軽く持ち上げられるような、怪力女になれるぞ」
 「サムソンから、離れるんじゃなかったんですか」
まるで照れ隠しのように憎まれ口を利く真弘先輩に、私も少し拗ねた声で反撃する。
それからお互いの顔を見合わせると、暫くの間、笑い続けていた。

完(2010.10.24)  
 
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