「落ち葉焚き」

境内を彩る秋の色も、どんどんと色褪せ始め、新しい季節へと移り変わろうとしている。
木々に連なる枯葉たちも、その役目を終えてまた一枚、地上へと舞い降りようとしていた。
 「キリがないって、このことだよね」
たった今掃き終わった場所に、ハラリと枯葉が落ちるのを見て、私は軽い溜め息を吐く。
それでも諦めずに、竹箒を動かす手を休めなかった。
 「珠紀さま、申し訳ありません。このようなことまで、させてしまって・・・」
境内の掃除も、そろそろ終わりにしようと思ったとき、美鶴ちゃんに声を掛けられる。
いつの間に来たのだろう。掃除に夢中になっていて、足音にすら気が付かなかった。
 「ううん、平気だよ。神社は私の家でもあるんだから、これくらい手伝わせてよ。それに、ほら!!」
そう言って、集めた落ち葉の横に置かれた、大きな籠を指し示す。
 「まぁ、薩摩芋ですか?」
籠の中を覗き込んだ美鶴ちゃんは、中に入っていたたくさんの薩摩芋を見て、驚きの声を上げる。
 「美味しそうでしょ、これ。さっき、町内会長さんが届けてくれたんだ。今年は豊作なんだって」
 「それは良かったですね。私からも、後でお礼を言っておきます」
 「ねぇねぇ、それより美鶴ちゃん。美鶴ちゃんって、焼き芋、好き?」
急に話の変わった私の言葉に、一瞬キョトンとした顔をする。
それでも、すぐに質問の意味を把握したらしい。落ち葉と薩摩芋の因果関係について。
 「ええ、大好きです。特に、焚き火で焼いた薩摩芋は、格別ですよね」
美鶴ちゃんはそう言うと、にっこりと微笑んだ。
 「じゃあ、決まり!!このお芋は焼き芋にしちゃおう。私、家に戻ってアルミホイルを取ってくる」
 「私も、手伝います」
それから二人で、焚き火の準備を始めることになった。
薩摩芋をホイルに包む作業をしながら、取り留めのない会話を続ける。
 「紅葉の時期も、あっと言う間に過ぎちゃったよね。
 あんなことがあったから、季節を感じる余裕がなかっただけかも知れないけど」
境内の脇から続く林や、その先にある森や山を眺めながら、私はそんなことを口にする。
衣替えが終わった秋の帳。私はこの季封村にやってきた。
この村で、自分の運命を変える出来事に遭遇する。
玉依姫として生きる覚悟を決め、壮絶な戦いを経験していた私に、季節を感じる余裕などなかった。
 「そうですね。それに、山の神が眠りについていることも、木々の葉を散らす、原因の一つかも知れません」
 「山の神の影響?」
美鶴ちゃんの言葉で、思い出す。鬼切丸の戦いの途中で見た光景を・・・。
ロゴスの一員であるアインとツヴァイの二人が、封印域の中で見えない何かと戦っていた。
あれが山の神だと、一緒に居た拓磨が教えてくれた。
二人の力に押されるように、山の神は力を使い果たし、暫しの眠りを余儀なくされたと聞いている。
 「はい。山の神は、この自然界の中でも強力な力を持つ神のひとりです。
 山々に生息する植物が、その影響を受けないことはありません。
 眠りにつくことで、周囲へ与える神の力が薄れ、木々もその存在を保てなくなる。
 その様に少しずつ、影響が出てしまうのです。神の力というものは・・・」
玉依姫様の力も同じなのですよ。美鶴ちゃんは最後に、そう付け加えた。
そんな風に言われるような力が、本当に私にあるのかな。
鬼切丸が破壊できたのは、半分以上真弘先輩のお蔭だと思っているし・・・。
もし私の力が、誰かに影響を与えるのなら、良い方向へと導けるようになると嬉しい。
そうなれるよう、私にできることを、精一杯やろう。
 「山の神様が目覚めたら、私も一度、挨拶に行きたいな」
玉依姫として認められたら、私も山の神の姿が見えるのかな。
 「・・・それより、珠紀様。焼き芋、何本お作りになるつもりなのでしょう?」
美鶴ちゃんの呆れ声に我に返る。アルミホイルに包まれた薩摩芋が、籠の周りに山になっている。
 「えっと・・・。私たち二人と、守護者のみんな。後はお祖母ちゃんの分。だから・・・8本?」
実際の人数より、ホイルに包まれた薩摩芋の数の方が、2本ほど多い。籠の中にも、まだ残っている。
このまま美鶴ちゃんが止めてくれなかったら、全部焼き芋にするところだった。
 「残りは、大学芋にでもいたしましょうか。昨日、煎り胡麻をたくさん作りましたから」
 「賛成!!じゃあ、余った2本は、私たちで分けちゃおう。こういうのは、女の子の特権だからね」
そう言いながら、ホイルに包んだ薩摩芋を、集めた落ち葉の中に埋めていく。
 「う〜ん、ちょっと落ち葉の量、足りなかったかな」
薩摩芋が思ったよりも大きかったせいで、枯葉の間からアルミホイルが顔を出してしまう。
 「おっ、そいつは俺の出番、ってことだな。よーし、任せとけ!!」
私の独り言に返事をするように、後ろから明るい声が聞こえてくる。
 「やめておけ、真弘。お前の力では、せっかく集めた落ち葉まで、吹き飛んでしまう」
振り向くと、手に風の力を集めている真弘先輩と、その横で呆れたように窘めている祐一先輩。
更にその後ろを、拓磨や慎司くんが歩いてくる。
 「みんな、グッド・タイミング。今日のおやつは、焼き芋でーす」
私は、ホイルに包まれた薩摩芋を掲げて、高らかに宣言する。
 「ええ、本当によくいらっしゃいました。それでは、これを」
横に立つ美鶴ちゃんも、笑顔を浮かべながら、真弘先輩の手に竹箒を押し付けた。
 「あ?なんだ、これ」
 「鴉取さんがおっしゃったんですよ。任せておけ、って。だから、後はよろしくお願いしますね」
にっこり微笑む美鶴ちゃんの顔と、押し付けられた竹箒を交互に見つめ、やっと状況を把握する。
 「俺様に、枯葉集めをしろ、ってのかー!!」
 「ごめんなさい、真弘先輩。ちょっとお芋が大きすぎて、私が集めた分だと足りないんです」
今にも竹箒を手放しそうな勢いだったので、私は慌てて美鶴ちゃんの加勢に回る。
 「真弘先輩が任せろって言ったんなら、仕方ないっすよ」
 「そうですね。ここは素直に従いましょう。僕たちも手伝いますから」
 「みんなが枯葉を集めるなら、俺は焚き火の番をしておくとしよう」
 「ずるいぞ、祐一。お前は火の傍で昼寝したいだけだろーが。さっさと、お前も手伝え!!」
それから暫くの間、賑やかな笑い声が、神社の中に響き渡っていた。

完(2010.10.03)  
 
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