「スケジュール帳」

久し振りに顔を出した太陽に誘われて、お昼休みはまた、みんなで屋上に集まっていた。
空気は少し冷たかったけれど、空の下にいる方が、教室の中にいるより開放感があって、気持ちが良い。
 「珠紀先輩、そのノート、可愛いですね」
食べ終えたお弁当箱を鞄に仕舞っていると、斜向かいに座っている慎司くんが、明るい声を出す。
 「あぁ、これ。スケジュール帳だよ。昨日、文房具屋さんで一目惚れして、買っちゃったんだ」
鞄から飛び出していたスケジュール帳を取り出すと、表紙がよく見えるように掲げ持つ。
 「もう来年のカレンダーなんて、買ってるのか?今年はまだ、あと一ヶ月もあるぞ」
隣でクロスワードパズルを解いていた拓磨が、意外そうな顔をする。
 「判ってないなぁ、拓磨は。こういうのは、早い時期から買い換えるものなんです。
 来年の予定をいっぱい書き込んで、楽しみを増やしていくのが、良いんじゃない」
 「ちなみに、どんな予定を書き込んだのか、聞いても良いですか?」
 「えっと・・・それは・・・」
ふふん、なんて、拓磨に笑って見せていた私は、慎司くんの質問に言葉を詰まらせる。
私の動揺に気付いたように、フェンス前で雑誌を眺めていた真弘先輩も、
お昼寝をしていたはずの祐一先輩も、私に視線を向けている。もちろん、隣に座る拓磨も。
みんなの視線を浴びながら、慎司くんの天使のような笑顔の前で、私は降参するしかなかった。
 「・・・期末テストと・・・終業式」
昨日家に帰ってから、スケジュール帳に予定を書き込もうとして、ハタと気が付いた。
書き込める予定が・・・ない。
真弘先輩とは、毎日のように登下校を一緒にしたり、週末を家で過ごしたりはしているけれど。
待ち合わせをして何処かへ行ったりすることは、まだ一度もなかったりする。
いつか、『デート』という文字を、ハートマーク付きで書けたら良いのにな。
そんな風に、私は思っているのに・・・。
 「うっわ、情けねー。もっと他にあんだろーが。楽しいイベントとかよぉ」
真弘先輩が、バカにしたような大声を出す。貴方が言うんですか、真弘先輩!!
 「あ、ありますよ。楽しいイベントくらい!!クリスマスでしょ。それからお正月だって!!」
真弘先輩の言葉が悔しくて、苦し紛れに言い返していると、
何かを思いついたような顔で、慎司くんが口を挟む。
 「あの・・・。自分から頼むのは、おかしいのかも知れませんが・・・。
 クリスマスとお正月の間に、一つ書き加えてもらえませんか?僕の・・・誕生日があるんです」
 「えっ、ホント?わぁ、いついつ?」
そう尋ねながら、さっそく12月のページを捲る。
 「27日です」
 「27日ね。・・・慎司くん、誕生日・・・っと。あっ!!」
12月27日の欄に慎司くんの誕生日を書き込んでいると、行き成りスケジュール帳を取り上げられた。
 「真弘先輩!!ちょっと、何してるんですか。返してくださいよ」
 「うっせーな。良いだろ、少しくらい」
私の文句を軽く受け流し、真弘先輩はスケジュール帳に何かを書き始める。
真弘先輩が書き終わったページを満足そうに眺めていると、今度はそれを祐一先輩が奪う。
そして、さらっと何かを書き記したかと思うと、そのまま拓磨に手渡した。
 「ほら」
拓磨も何かを書き込むと、そのまま私にスケジュール帳を返してくれる。
いったいみんなして、何を書いていたのだろう?そう思いながら、ページを捲ってみた。
5月11日の欄に、『鬼崎拓磨 18』と、無骨な字で書かれている。最後の数字は、年齢かな?
同じページの19日の欄には、繊細な字で『祐一』と名前だけが記されていた。
更にページを捲っていくと、8月のページが目に飛び込んでくる。
日付を現す『17』の文字を塗り潰すような勢いで丸が書かれ、更に枠を飛び出すくらいの大きさで、
『鴉取真弘先輩様生誕際 盛大に祝え!!』という文字が躍っていた。
みんな、自分の誕生日を書き込んでいたんだ。
何だかそれがおかしくて、クスクスと声を漏らして笑ってしまう。
家に帰ったら、美鶴ちゃんや卓さんにも誕生日を聞こう。清乃ちゃんにも、電話してみようかな。
 「それで、お前はいつなんだよ。・・・誕生日」
みんなが書いたスケジュール帳を眺めていると、フイに真弘先輩が尋ねた。
顔を上げてみると、真弘先輩の他に、祐一先輩や拓磨、そして今度は真剣な顔をした慎司くんも、
私のことを見つめている。
 「6月・・・28日です」
視線に圧倒されながら、それでも何とか言葉を返す。
 「じゃあ、そのノートに、でっかく印でも付けておけ。どうせ他に、祝ってくれるやつもいねーんだろ。
 俺たちがその分、パーッと盛大に祝ってやる。だから、しっかり予定しておけよ」
 「そうだな。俺もその日は、大学から戻って来るとしよう」
 「誕生日ケーキは、僕に任せてくださいね。特大サイズのを作りますから」
 「・・・欲しいもんとかあったら、早めに言えよ」
私の返事に、真弘先輩、祐一先輩、慎司くん、拓磨が順に声を掛けてくれる。
 「ありがとう・・・ございます」
来年の私の誕生日。みんなが祝うと言ってくれた。
それがとても嬉しくて、素直な気持ちでお礼を伝える。
 「ほら、さっさと書いちまえ」
そう言って渡されたペンで、自分の誕生日の欄に印を付ける。
その日をとても、楽しみに思いながら・・・。

完(2010.09.26)  
 
HOME  ◆