「面影」

パッタン、パッタンとはたきをかける音が、不規則に響いてくる部屋を、そっと覗いてみる。
部屋の中では、やる気の無そうな仕草で、真弘先輩がはたきをかけていた。
 「真弘先輩、もう少し真面目にやってくださいよ」
 「だーってよぉー。なんで俺様が、わざわざ人の家、掃除しなきゃなんねーんだ?」
 「良いじゃないですか。卓さんにはいつもお世話になってるんですよ、私たち。
 こんな大きな家の大掃除、一人でやってたら、今年中になんて終りませんよ、きっと」
守護者の纏め役でもある卓さんに、日頃の感謝を込めて、みんなで大掃除を手伝うことになった。
提案者は私。他のみんなも、もちろん賛成してくれた。若干一名を除いては。
 「私の担当は終りましたから、この部屋の掃除、手伝いますね。二人でやれば、あっという間ですよ」
 「仕方ねーな。お前がそう言うなら、協力してやるよ」
私の申し出に、少しだけ機嫌を治した真弘先輩は、再びはたきを振り回し始めた。
 「うわっ、やべっ!!」
さっきよりは規則的になっていたはたきの音が急に止むと、真弘先輩の声に合わせて、
バサバサと物が落ちる音が響く。慌てて振り向くと、棚に積んであった本が、床に散乱していた。
 「だー、くそっ。力、入れすぎちまったか。わりぃ、珠紀。元に戻すの、ちょっと手伝え」
そう言ってはたきを放り出すと、散らばった本を拾い出す。
随分と乱雑に収納していたんだな。真弘先輩がはたきをかけたくらいで、落ちてしまうなんて・・・。
何だかそれが、卓さんらしくない気がして、私は不思議に思った。
ここに置いてあるのは、どんな本なんだろう?片付けを手伝いながら、手にした本のページを捲ってみる。
『伝承の中の神隠し』。『神隠しと失踪』。『現代に受け継がれる神隠しの謎』。
目次のページには、幾つもの『神隠し』の文字が並んでいる。卓さんは、神隠しについて調べていたの?
 「おい、何か落ちたぞ」
本の隙間から、小さな紙のような物が滑り落ちる。真弘先輩が拾い上げてくれたそれは、一枚の写真だった。
着物姿で優しく微笑んでいる清楚な女性と、その女性に手を引かれている男の子が写っている。
 「これ、卓さんですよね。何となく、面影ありますし。一緒にいるのは、お母さんでしょうか?」
 「じゃねーか。面影っつったら、こっちにもあるしよ」
真弘先輩は興味なさそうに、私に写真を手渡した。それからまた、散らばった本を拾うことに専念する。
 「でも、どうしてこんな所に挟んだままに、なってたのかな。ちゃんと飾ったら良いのに」
 「それには、触れない方が良い。元の場所に戻しておけ」
写真を飾れる場所を探していた私に、視線を本に向けたまま、真弘先輩がボソリと呟く。
 「でも、本の間なんて、おかしいですよ。せっかく見つけたんですし、せめて卓さんに渡すとか」
 「お前さ。贄の儀について、何処まで知ってる?」
真弘先輩は、まるで私の言葉を遮るように、脈略のないことを聞き返す。
『贄の儀』。その言葉が、先ほど目にした本に書かれていた『神隠し』と、頭の中で合致する。
 「ど、どうしたんですか、突然。それについては・・・あの・・・まだ」
まだ、きちんと把握できてはいない。お祖母ちゃんや代々受け継いできた玉依姫がしてきたこと。
分家筋である美鶴ちゃんに強いてきたこと。それから、真弘先輩に課してきた運命(さだめ)。
すべて、当代玉依姫である私が、背負っていかなければならないこと。
私の心はまだ、それらを受け入れられないでいる。それでも、いつかはきちんと、知らなければいけない。
 「じゃあ、生贄に選ばれるのが、どんな人間かは判るか?」
 「えっと・・・霊力が強い人」
鬼斬丸を鎮め、封印を強化するために、必要とされた贄の儀。
捧げられるのは人間の生命。特に霊力の強い人間の血が、尤も適していると言われている。
 「この村で、霊力が強いやつ、って言ったら誰か、判るよな?」
話の流れに着いていけない。
私は、真弘先輩の質問の意図が判らずに、それでも思い当たる人物の名前を口にする。
 「お祖母ちゃん、ですか?」
 「玉依姫や分家筋以外に、だ」
 「守護者のみんな?」
 「俺の命は、最後のギリギリまで残されてただろ。他に考えられるのは誰だよ!!」
イライラしたように、真弘先輩が言葉を荒げる。
玉依の関係者や、守護者以外に。それなら村人の中にだって、霊力の強い人はたくさんいただろう。
だからこそ、ずっと贄の儀が続いてきたのだから。
 「俺たちの力が、どうやって受け継がれてきたと思う?」
 「えっ、それは。ご両親のどちらかに、守護者の血が・・・。あっ!!」
村人の中で、一番霊力が強い人間。それは先代の守護者、もしくは当代守護者の血縁者。
 「もう、判っただろ。守護者の力に目覚めてなくても、持っている霊力は膨大だ。
 特に大蛇家の血筋は特別だったらしい。大蛇さんを見れば、お前にだって・・・」
卓さんのお母さんが贄の儀の犠牲者に。信じられない。信じたくない。お願いです。嘘だと言ってください。
 「そんなの・・・嘘・・・ですよね?」
 「さあな。お前もいずれ、蔵の蔵書は読むんだろ。だったらそのとき、嘘かどうか、知ることになる。
 だから、ちゃんと知識がつくまで、大蛇さんに家族の話しはするな」
蔵の蔵書。贄となる運命を課せられた真弘先輩は、幼い頃からそれらを読むことを義務付けられていた。
その真弘先輩が言うんだ。それはきっと、紛れも無い事実。
卓さんは、知っているのかな。知っていて、それでも私やお祖母ちゃんの傍に、居てくれるのかな。
 「おや、掃除の手が止まっているようですね」
何となく沈んだ気持ちでいると、後ろから卓さんに声を掛けられた。私は慌てて、写真を本の間に挟む。
 「他の方々は、もう終られたみたいですよ。後はこの部屋だけですから、早々に片付けてくださいね。
 先ほど、言蔵さんが差し入れを持ってきてくださったんです。ここが終ったら、お茶にしましょう」
そう優しく微笑んで、卓さんは部屋を出て行った。
その笑顔が、さっき見た写真の女性の顔と重なって、何だかとても悲しい気持ちになってしまう。
そのとき、頭の上で、パタパタとはたきをかけられた。
 「・・・だとよ。さっさと、やっちまおうぜー」
 「ちょっと真弘先輩、やめてくださいよ。汚いじゃないですか!!」
 「あはは、わりぃ、わりぃ。でもよ、お前は、そうやって笑ってろ。暗い顔なんか、似合わねーぞ。
 それに、お前が普通にしてることが、大蛇さんにとっては救いになるんだろうしな」
そう言って笑う真弘先輩に、私は少しだけ心が晴れた気がした。

完(2010.09.19)  
 
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