「祈り」

満開の桜の花が、風に靡いて、一斉に花弁を舞い上げる。
それはまるで、門出を祝う花吹雪のように・・・。
 「おい、荷物、本当にこれだけで良いのか?」
空に舞う花弁を見上げている祐一の背中に、声を掛けて現実に引き戻す。
そうでもしなければ、立ったまま眠るという、傍迷惑な特技を披露しかねない。
 「あぁ。必要な物は、既に送ってある。後は、移動に必要な物だけで、充分だ」
俺の言葉で現実に戻って来た祐一は、ベンチに置いてある荷物に、視線を向ける。
ここは、季封村と外の世界を繋げる唯一の場所。村の入り口にあるバス停留所。
そこに、俺たち守護者、珠紀、それに美鶴までもが揃っていた。
大学へ通うために、季封村を離れることになった祐一を見送るために。
 「祐一先輩。すぐにまた、逢えますよね?ゴールデンウィークとか、夏休みとか」
既に目から大粒の涙を零している珠紀が、祐一を見上げている。
昨日あれだけ、俺の前で泣きじゃくって、『明日は絶対、笑顔で見送ります!!』
なんて言ってたくせに。んな顔、見せてんじゃねーよ。
 「そうだな。暫くは、学校や家の周囲にも慣れる必要がある。
 ゴールデンウィークには難しいと思うが、夏休みには戻ってこよう」
 「それなら、手紙を出しても良いですか?これまでみたいに、色々相談に乗ってください」
 「もちろんだ。俺も、返事を書こう。困ったことがあれば、いつでも俺を頼るといい。
 俺の力が必要とあれば、すぐに戻ってくる。遠慮はいらない。何でも言って欲しい」
そう言って、優しい眼差しを珠紀に向ける。
これまでってのは、今までもしてたって意味だよな。色々相談って、何をだよ。
珠紀のやつ、俺には言えないようなことでもあるってのか?くっそー、何かムカツクぞ。
 「だーいじょうぶだって、祐一。こいつの面倒なら、俺に任せろ。つーか、俺の役目なんだよ、もともとな」
俺は、珠紀の腕を強引に引っ張って、二人の間に割って入った。
 「あぁ、よろしく頼む。それから、弟や妹のことも」
そんな俺の嫉妬心を読んだみたいに、祐一は何処か余裕のある笑みを浮かべると、
傍にいる拓磨、慎司、美鶴の顔を順に見回す。
 「おや、私のことは頼んでくれないのですか?」
視線を向けられなかった大蛇さんが、とぼけた口調で言葉を挟む。
 「いや、大蛇さんには、逆に真弘の面倒をお願いしたい。
 何処かに当たらないと止まらないこの性格。この先も、みんなには迷惑を掛けると思う。
 真弘が暴走したら、止めてやって欲しい」
 「そっちですか。自信、ありませんねぇ」
真顔で俺の面倒を頼む祐一に、軽く溜め息を吐きながら大蛇さんが応じる。
んだよ、それ!!俺の性格、そんなに扱い辛いってのか!!
 「うるせー!!俺様は、誰にも面倒なんか見てもらわなくたって、平気なんだよ!!
 珠紀のことも、拓磨たちのことも、安心して俺に任せとけ。
 お前は自分のことだけ心配してりゃ、それで良いんだよ!!」
そう言って、祐一の肩甲骨辺りに、軽く拳をぶつける。
俺の言葉に、心底嫌そうな顔をする拓磨たちの姿が、目の端に留まった。
お前ら、後で絶対殴ってやるからな。軽くなんて言わずに、本気で行くから覚悟しとけよ。
 「自分の心配?俺には何か、不安に感じるようなところが、あるのか?」
 「・・・自覚なしかよ」
不思議そうな顔で俺を見返している祐一に、俺はがっくりと項垂れる。
祐一は、自分の中にある血の力について、何処か持て余しているように見えるときがある。
他と違うことに怯え、そしてまた、何かを諦めているようにさえ、俺の目には映っていた。
過去の歴史の中で、季封村の村人達は、鬼斬丸の封印を守り、玉依姫を守護するために、
異形の力と共に生きることを受け入れた。
そして、異形の力を持った俺たちに、生かされる理由が与えられる。
封印維持と玉依姫の守護。そのためだけに生きろ、と。
祐一は、この『生かされる理由』に、守護者の中の誰よりも、執着していた。
異形であるがために他とは違う。しかし、怯える必要はない。
封印を守るため。玉依姫を護るため。そのためだけに己があるのだと。
だが、鬼斬丸は破壊された。封印を守る必要が、なくなってしまった。
玉依姫は、伴侶となる護り手を得た。もう、傍に仕える必要はない。
祐一がこの現実をどう受け入れたのか、いや、今でもまだ受け入れられずにいるのか、俺には判らない。
ただどうか、この先に続く未来が、祐一にとって優しい現実であることを、祈ってやりたい。
 「いつもみたいにぼけーっとしてっと、大学でイジメられるぞ。
 隣で俺がフォローしてやれねーんだから、少しはしっかりしろ、ってことだ」
 「お前に言われるとはな。では、イジメられたら、泣いて帰ってきてやる。お前が慰めてくれ」
 「やーなこった。背中蹴飛ばして、送り返してやるに決まってんだろ」
 「そうか。それも、悪くはないな」
何処か遠くを見つめるような目で、小さく微笑むと、祐一はそう呟いた。
今からホームシックに掛かってんじゃねーよ。外の世界へ行くと決めたのは、お前自身なんだからな。
 「仕方ねーな。今だけ、貸してやる」
そう言って、祐一の目の前に、珠紀を押し出した。
 「あ、あの、祐一先輩。来年は、私たちも同じ大学を受けます。それまで、待っていてくださいね」
 「あぁ、楽しみにしている。一年なんてすぐだ。受験に失敗しないよう、俺もできるだけ協力しよう。
 特に真弘と拓磨は、気を緩めることがないようにな」
珠紀の言葉に嬉しそうに微笑むと、珠紀の頭に手を伸ばす。おい、それはやり過ぎだぞ!!
恨めしそうに睨んでいる俺に気付いたのか、祐一は俺たちにも矛先を向けた。
くそっ、それは貸しにしといてやるから、いつか返せよな。
その時、こちらに向かってくる、一台のバスが見えてきた。
全員で別れを惜しんだ後、やってきたバスに乗り込んで、祐一は、生まれ育ったこの村を出て行く。
手を振って見送る俺たちに、優しい笑顔を残して。
もし、この世界に創造主という名の神がいるのなら、俺の願いを聞いてくれ。
どうか、俺の親友が抱えている心の傷を癒すための、何かを、誰かを、与えてやってほしい。
俺には、珠紀がいる。運命だと諦めた”生”も、俺の手の中に残った。
だから今度は、祐一の心を救ってほしい。自分を偽らず、思いのまま笑えるように。
小さくなるバスに向かって、両手一杯に手を振りながら、俺は心の中でそう祈り続けた。

完(2010.09.05)  
 
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