「お礼」

お昼休みの屋上。
食事を終えてお弁当箱を片付けていると、慎司くんが、鞄の中から小さな箱を取り出した。
 「昨日、料理部で作ったんです。珠紀先輩、良かったら食べてくれませんか?」
そう言って、箱の蓋を開ける。中には、白と黒の配色が綺麗なアイスボックスクッキー。
 「わぁ、美味しそう。じゃあ、遠慮なくいただくね」
そう言って、箱の中からクッキーを一枚摘む。うん。甘くて美味しい。
 「慎司。いつの間に、料理部になんか、入ったんだ?」
そう言って、横から拓磨も、クッキーに手を伸ばす。
 「上手そうなもん、食ってんじゃねーかよ」
私たちの会話が聞こえたのか、真弘先輩もやってきて、慎司くんの横に座り込む。
 「確かに、これは上手いな」
拓磨と私の間に滑り込むように座ると、祐一先輩がクッキーの感想を口にする。
 「あ・・・ありがとうございます。料理部には、時々頼まれて、お手伝いに行くんですよ。
 作り方を教えて欲しい・・・って」
みんなからの賞賛の声に顔を赤くしながら、慎司くんはそう説明する。
慎司くんが作る料理。本当、どれも美味しいからなぁ。料理部が目を付けるのも判るよね。
 「今度、私にも教えて欲しいな。アイスボックスクッキーって、焼くの、難しいでしょ」
色違いの二枚の生地。
上手く馴染ませておかないと、生地の接着部分が剥がれて、綺麗に焼けないんだよね。
 「今日も料理部へ行く予定ですし、作り方をお教えしますから、良かったら一緒に・・・」
 「本当!!あ、それならお礼に、カップケーキをあげる。午後の授業で、調理実習があるんだよね」
今日の調理実習では、班毎に分かれてケーキを作ることになっている。
私の班では、ホールケーキではなくて、カップケーキを沢山焼くことに決めていた。
お目当ての男の子にあげたい。班員全員の、共通の意見だったりするんだよね。
慎司くんと放課後の予定を決めていると、それまで無言で手元のクッキーを眺めていた
真弘先輩が、急に大声を出す。
 「俺も何か作る!!慎司、放課後、俺も料理部へ行くからな。俺でも作れる料理、何か教えてくれ」
 「えっー!!真弘先輩が作るんですかー!!」
不安そうな顔をした慎司くんが、驚きの声を上げる。呆れ顔の拓磨は、肩を竦めて大きな溜め息を吐いていた。
祐一先輩に至っては、何処か面白がっているようにも見える。
さすがにこれは、私も心配だよ。真弘先輩が大騒ぎしたら、部活どころではなくなりそうだし・・・。
 「あ、あの、真弘先輩。料理がしたいなら、私が教えますから。家の台所なら、自由に使えますよ」
 「うっせーなー。良いんだよ。俺は慎司に教わりてーんだから。それより、お前は来なくて良いからな。
 調理室へは立ち入り禁止だ。クッキーの作り方なんて、紙にでも書いてもらえば良いだろ」
 「なんで、そうなるんですか!!」
真弘先輩から、こんな無謀な挑戦をする理由を聞き出す前に、授業を知らせるチャイムが鳴ってしまった。
---------- そして、放課後。
『絶対に来るな!!』と念を押されてはいたけれど、どうしても気になって、調理室の前まで来てしまう。
 「あーっ、真弘先輩、焦げてますよ!!」
 「うわっ、熱っちー!!」
二人の声と、何かを落としたらしい物音が、廊下にまで響き渡っていた。
これはやっぱり、加勢した方が、慎司くんのため・・・だよね?
でも、真弘先輩、私には来て欲しくなさそうだったし・・・。
調理室の扉の前で、少しだけ思案すると、私はその場を離れて、教室に向かって歩き出す。
どうして急に、料理に目覚めてしまったのかは判らない。
真弘先輩のことだから、きっと何か、考えがあってのことだとは思う。
その理由までは思いつかないけれど、私の手が必要なときが来たら、ちゃんと言ってくれるよね。
だからそれまでは、言われたとおり、大人しく待っていよう。
教室に戻った私は、窓の外を眺めながら時間を潰していた。
 「すっげー、疲れたぁ」
随分と時間が経った頃、グッタリとした表情で、真弘先輩が教室に入ってくる。
 「その様子だと、随分大変だったみたいですね。慎司くんと一緒に、何を作ってたんですか?」
 「・・・慎司からの伝言。見た目は悪いけど、味は保証する、だとよ。ほら、お前にやる」
私の問いに、真弘先輩はそう答えると、目の前に紙袋を置いた。
 「えっ、良いんですか?」
受け取った紙袋の中を覗いて見ると、不揃いな形のクッキーが入っている。
一口齧ってみると、甘いバニラエッセンスの香りと濃厚なバターの味が、口一杯に広がった。
 「あっ、美味しい」
 「ホントか?それ、俺が作ったんだぞ」
そう言って、真弘先輩が嬉しそうに笑う。
 「とっても、美味しいですよ。真弘先輩、食べてないんですか?なら一緒に・・・。
 ううん、真弘先輩には、こっちを食べて欲しいな。はい。クッキーのお礼です」
鞄の中にしまっておいた箱を取り出す。中には、調理実習で作ったカップケーキが入っている。
箱の中身を覗くと、真弘先輩が意外そうな声を出した。
 「それ、慎司にやったんじゃなかったのか?」
 「慎司くんの分は、授業が終ってすぐに渡しに行きました。これは、真弘先輩の分です。
 真弘先輩のは、チョコチップがトッピングしてあって、特別なんですよ」
慎司くんにはナイショですからね。そう言って、人差し指を唇に当てる。
 「俺だけ、特別?もしかして、最初から俺の分も・・・」
 「もちろんですよ。どうしてですか?」
質問の意味が判らずに、キョトンとした顔で聞き返してしまう。
調理実習でカップケーキを焼くことにしたのは、お目当ての男の子に食べてもらいたいから。
同じ班のみんなは、それぞれ片思いの相手や付き合っている彼氏のために・・・。
もちろん私も、真弘先輩に食べてもらいたいくて、気合を入れて作ったんだから。
 「う、うるせーな。良いだろう、何だって。ほら、食ってやるから、寄越せ!!」
真弘先輩は顔を赤くすると、私の手の中からカップケーキの入った箱を、強引に受け取った。
あっという間に1つ食べ終わると、そのまま2つ目に手を伸ばす。
そして、手に取ったカップケーキを見つめたまま、動かなくなる。
 「俺だけ・・・特別、か。初めから貰えるんだったら、わざわざ大騒ぎする必要、なかったんじゃねーか」
 「えっ、何か言いました?」
 「何でもねーよ。上手かった、って言ったんだ。だから・・・また作れよな」
照れくさそうにそっぽを向きながら、真弘先輩が小さな声で呟いた。

完(2010.07.14)  
 
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