「七夕飾り」

サラサラと風に靡いて、笹の葉が揺れる。
子供達が飾った短冊が、翠色の中にカラフルな彩りを添えている。
果たしてそこには、どんな願いが託されているのか・・・。
気になって、手に取ってみる。一枚、そしてまた一枚と。
 『かけっこが、はやくなりますように』
 『サッカーがうまくなりますように』
 『字がきれいになって、いっぱい卓先生にほめられますように』
幼い文字で綴られた、たくさんの願いごと。どれも、叶えられると良いね。
そんな風に微笑ましく眺めていると、後ろから砂利を踏む足音が聞こえてくる。
 「珠紀様。ここにいらっしゃったのですね」
参道の脇に設けられた幾本の笹竹と、短冊を書くための小机。
その前に立って短冊を眺めていた私は、美鶴ちゃんの声に振り向く。
 「珠紀様も、短冊を飾りに、いらっしゃったのですか?」
 「うん。でも、何を書こうかな、って悩んでたとこ。もしかして、美鶴ちゃんも?」
美鶴ちゃんが手に持っている短冊を示して、私はそう尋ねた。
 「いえ、これは狐邑さんの分です。先ほど、届きました」
 「祐一先輩から?」
大学に通うため村を離れている祐一先輩。
わざわざ短冊を送ってくるなんて、少し意外な気がした。
 「守護者のみなさんも、毎年こうして、短冊に願いを託していらっしゃるんですよ 」
そう言いながら、祐一先輩の短冊を、笹竹に結ぶ。
風に揺れる短冊には、繊細な文字でこう綴られていた。
 『皆の健康を祈る』
更に、
 『季封村限定のいなり寿司を送って欲しい』
と続けられている。これ、本当に願いごと?
 「ねぇ、美鶴ちゃん。祐一先輩が送ってくれた封筒に、他に何か入ってた?」
 「いいえ。この短冊が一枚だけでしたけど・・・」
やっぱり。これ多分、ただの手紙だよ。でも、この方が祐一先輩らしいよね。
何となく可笑しくなって、私はクスクスと笑い出してしまった。
私はもう一度、七夕飾りの短冊に、目を向けることにする。
幼い文字が並ぶ中、大人っぽい文字で書かれた短冊も、幾つか含まれていることに気付く。
参拝に来た村人達の願いごとに混ざって、守護者のみんなの短冊も飾られているのかな。
根気良く一枚一枚を確かめていくと、見覚えのある文字を見つけた。
 『いつか、立派な宮司になれますように。そして、いつまでも護り続けることを誓います』
これはきっと慎司くんの短冊。後半は、お願いごとというより、誓いの言葉だよね。
 『最高級小豆で作った絶品タイヤキが食いたい!!季封村にも出店してくれ!!』
これは、絶対に拓磨。夏場のタイヤキって、美味しいのかな?
 『受験勉強、しっかりやってくださいね。来年は、絶対合格するように』
達筆な筆文字は卓さん。私たちが読むことを、見越してる感じなところも、間違いないと思う。
もう、これじゃただの伝言板じゃないですか・・・。
みんなが書いた短冊を見つけては、その都度、相槌を打っていく。
まるでここに、みんながいるみたいで、とても楽しかった。
そして何となく、物足りなさを感じる。
そう言えば、真弘先輩の短冊だけが、なかった。
見落としてしまったかも知れないと、もう一度短冊を眺めていく。
やっぱり、何処にも見当たらない。
真弘先輩なら、
 『願いごとっつーのは、自分の力で叶えるもんだ!!俺様は、カミになんか頼らねー!!』
とか言いそうだけど・・・。
 「鴉取さんの分も、ちゃんとありますよ。あの方は、毎年、同じことをお書きになります」
探すのを諦めかけていた私に、美鶴ちゃんはそう言うと、笹竹の上の方を指差す。
手を伸ばしても届かないような位置に、短冊が一枚、風に靡いて揺れていた。
目を凝らしてよく見ると、短冊一杯に文字が書かれている。
 『世界征服!!』
い、いるよね。そういうこと書く小学生って・・・。
そのとき、強い風が吹いて、笹竹に飾られていた七夕飾りが大きく揺れた。
真弘先輩の短冊も、風に揺られ、裏面がこちら側を向いて止まる。
 『背を伸ばせ!!』
同じように大きな文字で、そう書かれている。毎年同じ・・・って、あれのこと?
真弘先輩の場合、お願いごとを命令口調で書いたりするから、叶えてもらえないのかもね。
 「珠紀様も、お書きになりませんか?」
 「うん、そうだね」
私は美鶴ちゃんに促されるまま、小机に置かれた短冊とペンを手に取った。
暫く悩みに悩んだ後、思いついたお願いごとを、短冊に書き込む。
目の前に掲げて、何度か読み返した後、その短冊を笹竹に結ぶ。
 「美鶴ちゃんは、書かないの?」
 「私は、もう」
そうなんだ。さっき読んだ中に、あったのかな。美鶴ちゃんの書いた短冊も・・・。
 「そろそろ、お夕飯の仕度を・・・」
 「あっ、私も手伝うね」
用事も済んだことだし、二人で家に戻ることにする。
並んで歩いていると、美鶴ちゃんが楽しそうに微笑んでいた。
誰もいなくなったその場所で、七夕飾りがサラサラと風に靡く。
笹竹の尤も高い位置に、短冊が一枚、揺れている。
 『いつまでも、貴女の傍に・・・』
言霊で綴られたような強い願いごとが、女性文字で認(したた)められていた。

完(2010.07.09)  
 
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