「理由」

今日はずっとタイミングが悪かった。真弘先輩とは擦れ違ってばかりで・・・。
 『悪い、寝坊しちまった。間に合わねーから、お前は先に学校へ行け』
朝、真弘先輩からそう電話をもらったとき、私は一言も発することが出来ずに、電話を切られてしまった。
お昼休みには逢えると思っていたのに、屋上に現れたのは祐一先輩だけ。
 『真弘は担任に呼ばれた。説教されているはずだから、昼休み中に来るのは無理だな』
屋上の出入り口を仕切りに気にする私に、祐一先輩はそう伝えてくれた。
 『今日は、お祖母ちゃんの代わりに、村の会合に出ることになっちゃったんです。
 放課後、直接行くつもりだから、今日は一緒に帰れそうにない、って言っておきたかったのに』
夕べからすこし体調を崩しているお祖母ちゃんに代わって、村の会合に参加することになっていた。
急な代役だから、逢ったときに話しておこうと思っていたのに・・・。
 『あいつは確か、今日は掃除当番のはずだからな。待っていたら、会合の時間には間に合わないだろう。
 真弘には、俺からそう伝えておいてやる』
結局、祐一先輩に伝言を頼んでしまったので、今日一日、真弘先輩の姿を見ることはできなかった。
会合から戻って来た後、軽く夕飯を済ませると、私はそのまま居間に残って寛いでいた。
一人で考え事をしていると、頭に浮かぶのは、真弘先輩のことばかり・・・。
一日中逢えなかったことなんて、これまでにだってある。
それなのに何で、今日はこんなにも逢いたくなるのだろう。
声が聞きたいっていう理由だけでは、電話をする勇気も持てないのに。
 「そうだ!! 理由がないなら、作れば良いだけじゃない!!」
そう思った私は、急いで台所へと向かう。
真弘先輩は、お昼休みに担任の先生に呼び出されていた。
それって、大好きなやきそばパンを、今日は食べられなかったってことだよね。
美味しいやきそばパンを差し入れたら、きっと喜んでくれると思う。
手早く作ったやきそばパンを紙袋に詰めると、私は意気揚揚と家を飛び出していた。
そんな盛り上がった気分も、真弘先輩の家に近付いていく内に、どんどん萎んでいく。
時計を見たら、もう9時を回っている。この時間なら、とっくにお夕飯は済ませた後だよね。
今更、やきそばパンを渡しても、きっともうお腹一杯で、食べてはもらえない。
結局、家までは辿り付けずに、近所の公園にあったベンチに座って、途方に暮れていた。
 「・・・私、何やってるのかな」
 「だー、くそっ!! それは俺の台詞だっつーの!!」
ポツリと呟いた言葉に、まさか返事が戻ってくるとは思わなかった。
慌てて顔を上げると、そこにはずっと逢いたいと思っていた人が立っている。
 「真弘先輩!!なんで・・・」
 「なんでじゃねーよ!! これからは、出かけるときには行き先くらい、言ってからにしろ。
 毎回、探し回る身にもなれってんだ。美鶴に、ギャーギャー文句言われんの、俺なんだぞ」
不機嫌そうに言う真弘先輩の顔を、まるで夢を見ているような気分で、見続けていた。
耳に届く真弘先輩の声が、怒られているはずなのに、心地よく感じられる。
 「・・・んだよ。なんでジロジロ、こっち見てんだよ。お前、ちょっとおかしいぞ。会合で、何かあったのか?」
 「おかしく・・・ないですよ。ただ、真弘先輩がいるな、って思って・・・」
真弘先輩が傍にいてくれることが、すごく嬉しいんです。そう、心の中で付け加えた。
何だろう。真弘先輩に逢えた途端、頭がボーっとしてきちゃった。やっぱり少し、おかしいのかな。
私が真弘先輩の顔を見続けていると、不信に思った真弘先輩が、そっと私の額に手を当てた。
 「うわっ、お前、すげー熱あんじゃん。そういや、ババ様も寝込んでる、って言ってたっけな。
 風邪、移ったんじゃねーのか?」
真弘先輩は驚いた声をあげると、そのまま私の手を引いて、座っていたベンチから立たせる。
 「えっ!! ど、どうしたんですか?」
 「良いから帰るぞ」
それだけ言うと、真弘先輩は私の手を引っ張って、公園の外へと歩き出す。
まさか、熱を出していたなんて、自分でも気付かなかった。
いつもなら一日逢えないことくらい我慢できるのに、今日に限ってムリだったのは、
体調が悪くて、気弱になっていたってことなのかな。
 「だいたい、あんな所に座って、何やってたんだよ、お前」
 「やきそばパンを作ったから、食べてもらおうと思ったんです。でも、もうこんな時間だったし・・・」
そう言って、手に持っている紙袋を、掲げて見せる。
それを見た真弘先輩も、不思議そうな顔で言葉を返してきた。
 「なんで、今ごろ、んなもん作ってんだ? 明日の弁当とかにするだろう、普通」
 「だって、今日は一日、真弘先輩に逢えなかったから・・・。
 でも、それだけで逢いに行くのは、なんだか理由にならない気がして・・・」
 「そっか。そういや、今日は全然、しゃべってなかったんだっけな」
真弘先輩は、何でもないことのように、そう言った。
真弘先輩にとっては、一日くらい逢えないことなんて、特に気にすることでもないのかな。
そう思ったら、少し悲しくなる。
 「でも、俺は逢ったんだぜ。昼休み終わった後、教室まで見に行ったしよ。
 放課後も、走って帰るお前の姿が、教室の窓から見えたしな」
 「そういうの、逢ったって言いません」
 「良いじゃねーかよ。お前の姿は、ちゃんと見てんだからさ。
 昼休みは、チャイム鳴っちまってたから、声は掛けられなかったけどな。
 逢いたいから逢いに行く。理由なんて、それだけで充分なんだよ。他に何がいるってんだ」
タイミングが合わずに見かけるだけだったけれど、真弘先輩はずっと私を気にしてくれていたんだ。
逢いたいから、声が聞きたいから。理由なんて、その気持ちだけで充分なんですね。
 「・・・なら、次はからは、逢いたくなったら、そのまま逢いに行きます」
 「おぅ、いつでも良いぜ。だけど、出かける前に、連絡くらいはしろよな。
 また、美鶴に怒られるのは勘弁だからよ。それに・・・俺が迎えに行ってやれるしな」
真弘先輩は、照れたようにソッポを向きながら、小さな声で、最後にそう付け加えた。
それから、取り留めないない会話を交わしながら、家までの道をゆっくりゆっくり歩く。
まるで、私の体調を気遣うように。
不足していた真弘先輩の温もりが、私の中で満タンになるまで、ずっと手を繋いだまま。

完(2010.05.23)  
 
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