「役割」

昼食をすませた後、居間でのんびりと寛いでいたら、襖がガタガタと揺れる音に気が付いた。
 「た、珠紀様。申し訳ありません。この襖を、開けていただけませんか?」
更に、美鶴ちゃんの困っている声まで聞こえてくる。
私が慌てて言われた通りに襖を開けると、目の前に大きな平たい箱を抱えた
美鶴ちゃんが立っていた。
 「ありがとうございます。両手が塞がっていたものですから・・・」
そう言いながら、抱えていた箱をテーブルの上に置く。
 「その箱、何が入っているの?」
 「ふふ。良いもの、ですよ」
私がした興味津々の質問に、美鶴ちゃんは笑顔でそう答えると、箱の蓋を開けてくれた。
 「えっ、これ・・・。こいのぼり?」
 「はい。数日後には、端午の節句がございますから」
美鶴ちゃんが持ってきた箱の中には、鮮やかな色をした”こいのぼり”が入っていた。
 「でも、これって男の子のお祝いじゃなかったっけ?」
お祖母ちゃんの子供はお母さんだけだし。そして、私も一人っ子。
男の子なんていないのに、何で我が家に”こいのぼり”なんて、あるの?
 「神社に参拝される方は、男女問わずいらっしゃいますから・・・。
 私が宇賀谷家にお世話になり始めた頃、そう言ってババ様がご用意されたのですが。
 多分これは、守護者の方々のためではないかと・・・」
 「そっか。みんな、男の子だもんね」
 「男の子って言われて納得できんのは、慎司だけだろーけどな」
私の言葉に返事をするように、後ろから声が聞こえてくる。
振り向くと、ウンザリ顔の拓磨が立っていた。
 「拓磨!!何で?」
 「毎年な。こいつを泳がせてやんのが、俺の役目だからだよ」
 「鬼崎さん。今年も、お願いしますね」
 「おぅ。力仕事は、任せとけ」
美鶴ちゃんの言葉に快く答えた拓磨は、こいのぼりを抱えて庭に降りて行った。
 「もうすぐ、鴉取さんと狐邑さんもいらっしゃいますよ」
 「二人も、何か担当してるの?」
この流れで二人の名前が出てくる、ってことは、そういうことだよね。
 「森へ行って、槲の葉を取ってきてくださるんです。
 洗って乾燥させなければいけませんから、毎年、少し早めに届けてくださいます」
 「そっかぁ。ってことは、大蛇さんや美鶴ちゃんも・・・」
 「私たちの担当は当日に・・・。
 大蛇さんは柏餅に合うお茶を用意してくださいますし、
 私は柏餅やお料理をお作りしています」
みんな、それぞれ役割分担ができているんだ。
去年まではここにいなかったのだから、仕方ないってことは判っているけれど。
でも、みんなが何かしているのに、自分が参加できないのは、やっぱり少し淋しい。
 「私も何かやる!! 料理の手伝いと、それから、えっと・・・。
 あっ、買物!! これは私に任せて。 当日に必要な物は、すべて買ってくるから」
 「では、僕は荷物持ちを担当しましょう。 僕だって、何か役割が欲しいです」
宮司修行を終えたばかりの慎司くんが、そう言いながら居間へ入ってくる。
そう言えば、慎司くんも去年までは、この季封村にはいなかったんだ。
この話を聞いて、淋しい思いをしたのは、きっと私と一緒。
 「もちろんだよ。当日はたくさん買う予定だし、頼りにしてるからね」
私がそう言うと、慎司くんは嬉しそうに笑ってくれた。そして・・・。
 「慎司くん。鴉取さんに、殴られないと良いね」
美鶴ちゃんの小さな呟きを耳にして、そのまま笑顔を固まらせていた。
 「きっと大丈夫。真弘先輩、そんな心の狭い人じゃないよ。・・・多分」
私の言葉は、慎司くんにとって、フォローにはならなかったみたい。
すっかり泣きそうな顔になっていた。
---------- そして、5月5日。
 「んめー!! この柏餅、最っ高にうめーな」
私の隣に座った真弘先輩は、両手に持った柏餅を、美味しそうに頬張りながら叫ぶ。
 「いや、このいなり寿司も、絶品だ」
目の前に座る祐一先輩も、そう言いながら、いなり寿司を口に運ぶ。
 「そうですね。今日は、日本茶を選んだのは、正解でした」
そんな二人を交互に眺めていた私と目が合った卓さんが、そう言って微笑む。
更にテーブルの周りを見回していたら、頭を擦りながら拓磨に懇願している、慎司くんの姿が見えた。
 「拓磨先輩。来年は絶対に返り討ちにしたいんです!!
 あの拳を押さえ込むための技を、僕に伝授してください!!」
 「おっ、随分やる気だな。よし、判った。とっておきの秘策を教えてやる。
 後輩を舐めてると痛い目に合うってこと、あの先輩には身をもって知ってもらうぞ」
ヒソヒソ声で会話する二人の後輩は、熱い握手を交わしていた。
 「良いですね、こういうの。男の子のお節句だなんて、少し悔しいかな」
みんなの様子を見回して、羨ましくなった私は、小さく呟いていた。
その代わり、女の子のお祝いとして、桃の節句があるのだけれどね。
 「あ?何言ってんだ、お前。今日はこどもの日だろ。
 男も女も関係ねーよ。今日は、すべての子供が祝われる対象だ!!」
真弘先輩はまるで宣言するかのように、そう言って笑った。
そうか、今日は端午の節句の他に、こどもの日でもある。
誰が楽しんでも良いんだよね。
私は、もう一度、居間に集まったみんなの顔を眺めてみた。
宇賀谷家の居間は、いつも通りの賑やかさ。
庭では、こいのぼりが気持ち良さそうに、風に靡いて泳いでいる。

完(2010.05.08)  
 
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