「くじ引き」

昼休みの屋上。俺たちは、珠紀の口から衝撃の告白を聞かされる。
 「今度の演劇発表会で、主役をやることになっちゃいました」
 「えっー!!」
ちょっと困ったような微笑みを浮かべている珠紀とは対照的に、
俺を含めた男共は、見苦しいほどのまぬけ面を晒していた。
 「演劇発表会は、確か来週に催されると、そう記憶していたが・・・」
一番最初に我に返って祐一が、至極真っ当な質問を口にする。
 「そうなんですよぉ。もう、練習時間が全然足りなくって・・・。
 そこでみんなにお願いがあります。
 この一週間、誰か私の練習相手になってくれないかな?」
小首を傾げてお祈りポーズを決め込む珠紀に、いったい誰が逆らえるっていうんだ!!
---------- 放課後の宇賀谷家。
居間に集まっていたのは、俺と祐一、拓磨に慎司。
更に、何処で聞きつけてきたのか、大蛇さんまでもが座ってやがる。
そして、俺たちが囲んでいるテーブルの上には、紙と鉛筆が置かれていた。
始めに沈黙を破ったのは、俺たちのまとめ役でもある大蛇さん。
 「練習時間は、今日を除いて後6日」
それに答えるように、祐一、拓磨、慎司も次々と口を開く。
 「誰が、どの曜日を担当するのかが、問題だな」
 「そんなことより、残りの一日をどうするか、ってことの方が問題っすよ」
 「僕たちは5人。練習日は6日あるわけですからね」
俺たちは、珠紀との練習に付き合う日程を決めるために、こうして集まっていた。
発表会は来週の月曜日。前日の日曜日は、丸々一日、練習時間に当てられる。
平日は、演劇部との合同練習があるから、俺たちが付き合えるのは、
せいぜい昼休みと帰宅後の数時間だけ。
珠紀と二人っきりになれるチャンスとばかりに、みんな一歩も引かないつもりらしい。
 「だー、お前ら煩い!! んなの、俺がやるに決まってんだろー!!」
 「却下」
珠紀の彼氏であるはずのこの俺様の言葉を、あっさりと四重奏が否決する。
どうしてだよ!! そもそも、劇の練習相手なんて、俺一人で充分なんだ。
それを、心の広ーい俺様が、平日の数時間くらいは、って譲ってやったんだぞ。
少しはありがたく思えってんだ!!
そう怒鳴り散らしている俺は、完全に蚊帳の外に追いやられていた。
 「まぁ、妥当なところでくじ引きっすかね。何か、それっぽいの、探してきます」
そう言って立ち上がった拓磨は、居間を出て行った。
 「なら先に、日曜日以外のところを決めてしまったらどうだ」
 「そっちはあみだくじで良いですよね。火曜日から土曜日まで振って・・・」
祐一の提案に、テーブルに置いてあった鉛筆を取り上げると、慎司が線を引きながら言う。
 「それは違いますよ、犬戒くん。土曜日は私、と決まっているのですから」
 「どうしてですか?大蛇さん」
 「土曜日の授業は、午前までしかありません。
 午後から演劇部の方との練習に参加されたとしても、いつもより帰宅時間は早いはず。
 昼休みにお付き合いできない分、土曜日は私がお相手させていただきます」
決定事項だと言わんばかりの微笑みを浮かべて、大蛇さんは当然のようにそう言った。
異議を唱えさせるつもりはないらしい。
俺たちの周りを、透明な冷たい壁が取り囲んでいる気がした。
 「わ、判りました。では、あみだくじは火曜日から金曜日ってことで・・・。
 こんな感じでいかがです?」
慎司が、引きつった笑顔を顔面に貼り付けながら、慌ててあみだくじを完成させる。
 「おーい、台所から割り箸をもらってきたぞ。先の短い割り箸を引いた奴が当たりだ」
5本の割り箸を持って、拓磨が居間に戻って来る。
 「自分が有利になるように、何か仕掛けてねーだろーなー?」
 「いや、拓磨にそんな小細工は無理だ」
 「拓磨先輩、不器用ですもんね」
不信そうに割り箸を見つめる俺に、祐一と慎司が間髪入れずに突っ込む。
 「信じてもらえてるのに・・・、なんか全然嬉しくないぞ。
 まぁ、良いっす。じゃあ、好きなの、選んでください」
複雑そうな表情を浮かべた拓磨が、俺たちの目の前にくじ引き用の割り箸を突き出した。
拓磨が持っている5本の割り箸の頭を、それぞれが1本ずつ掴む。
 「これで、決まりですね」
大蛇さんがそう言うと、互いの顔を見回して最終確認を済ませた俺たちは、無言で頷く。
 「せーの」
口々にそう掛け声を上げると、持っていた棒を一気に引き抜いた。

完(2010.05.03)  
 
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