「卒業」

屋上で見上げる空は、何処までも広がる青。
地上は少し風が強いのか、屋上近くにまで桜の花びらを押し上げていた。
柵越しに下を覗くと、卒業式を終えたばかりの三年生と、先輩方を取り囲む下級生とで
体育館の前は随分と混み合っている。賑やかな声が、屋上にまで聞こえていた。
 「こんな所で、何をサボってるんだ」
ゴンっと鈍い音と共に、後頭部に痛みが走る。
振り向かなくても、こんなことをするのは一人しかいない。
 「あのね、拓磨。何度も言うようだけど、殴らないで、って言ってるでしょ」
 「二年生はこの後、体育館の片付けだって言われてただろ。
 サボってるお前が悪い・・・って、おい、どうした?
 まさか、先輩が卒業するのが淋しくて、こんな所で泣いてたのか?」
頭を擦りながら振り向いた私の顔を見て、拓磨が驚いた声を上がる。
まったく、女の子の気持ちってのが、どうして判らないのかな。
こういう時には、見て見ぬ振りするのが、礼儀だと思う。
泣き顔を見られたことの、悔しさと恥ずかしさから、私はソッポを向いて反論する。
 「ち、違うよ。拓磨が殴るから、痛かったの!!」
 「今すぐで、そんなに目が赤くなるまで泣いてる奴なんて、いるのか」
拓磨は、私の憎まれ口を簡単に切り返すと、同じように柵の外を見下ろした。
後輩たちが卒業生を見送る姿が、今も続いている。
 「お前は、行かなくても良いのか?真弘先輩のとこ」
 「うん、私はここから見送るから良い。
 真弘先輩とも、祐一先輩とも、屋上での思い出がたくさんあるから、
 やっぱりここから見送るのが一番良いと思って・・・。
 拓磨も、そう思ったから来たんじゃないの?」
私よりも、二人の先輩との付き合いが長い拓磨。
もしかしたら、先輩たちの卒業を一番淋しいと思っているのは、拓磨なのかもしれない。
 「どっちかって言うと、清々してるって方が、合ってるんだけどな。
 これで、理不尽に振り回されることも、なくなるし・・・」
過去の出来事を思い出したのか、拓磨はウンザリした表情を浮かべていた。
 「その昔話。僕も、混ぜてもらって良いですか?」
拓磨の思い出話を聞いてると、フイに後ろから慎司くんの声が聞こえてくる。
振り向くと、淋しそうな笑顔を浮かべた慎司くんが、立っていた。
 「私たちの思い出の場所は、やっぱりここなんだね」
 「そうですね。気が付くと、ここへ足が向かっていました」
慎司くんも、一緒に柵の前に並ぶ。
 「色んなことがあったもんね。鬼斬丸を巡る死闘とか」
この村に来たばかりの頃を思い出して、私が言う。
 「落ち込んでイジケル珠紀とか」
その言葉に拓磨が続ける。
 「そうかと思うと、急に前向きになって張り切る珠紀先輩とか」
更に慎司くんまでもが茶化し始める。
 「あのね!!卒業するの、私じゃないから!!」
私の思い出話をしてどうするのよ。
まるで、淋しいという気持ちを紛らわすように、
わざと違う方向へと話を進めようとしているみたい。
素直じゃないなぁ、二人とも。
 「慎司くんまで・・・。なんか、真弘先輩に似てきたんじゃない?」
 「それ、あんまり嬉しくないです」
本気で嫌そうな顔をする慎司くんに、私は思わず笑ってしまった。
それぞれの胸に、きっと違う思い出が浮かんでいるんだろうね。
言葉にしなくても、淋しいと思う気持ちは、きっと同じ。
次に学校へ来るときには、もう先輩たちはいないのだから・・・。
三人がそれぞれに言葉を途切れさせ、思い出に浸っていると、
後ろから元気な声が響いててきた。
 「こんなところで、なーに黄昏てんだ、後輩ども」
 「せっかくの卒業式に、後輩の見送りもないとは、淋しすぎる」
振り向くと、卒業証書の入った筒を片手に、満面の笑みを浮かべている真弘先輩と、
静かに微笑んでいる祐一先輩が立っていた。
何で、先輩たちがここにいるの?
卒業生はみんな、体育館の前に集まっているんだと、思っていたのに・・・。
その時、驚いて呆けている私の背中を、拓磨が肘で突付いた。
 「珠紀先輩、お願いします」
慎司くんも、小さな声で促してくる。
えっ、私なの?
急に振られて焦ったけれど、小さく息を吐き出し、何とか気持ちを整える。
 「真弘先輩!! 祐一先輩!!」
精一杯の想いを、言葉に乗せて・・・。
 「卒業、おめでとうございます!!」
お祝いの三重奏が、春の屋上に響き渡った。

完(2010.04.04) 
 
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