「既成事実」

5限目が終った休み時間。
好奇心一杯の表情を浮かべた友達に、声を掛けられた。
 『珠紀ちゃん。右の首のとこ、赤くなってるよ』
 『えっ、ホント?』
鏡を見たら、首の下の方に、小さな赤い湿疹ができていた。
 『それ、もしかしてキスマークだったりして。
 お昼休みに、何してたのかなぁ?』
興味津々で話を聞きたそうにしている友達に、私は慌てて首を振る。
 「ち、違うよ、ただの湿疹だってば!!」
こんな紛らわしいところに、なんで湿疹なんてできちゃうのよ。
 「・・・なんて言うんだぜ、祐一のやつ。
 って、おい、人の話、聞いてんのか?ボケっとして。
 さっきから髪ばっかいじってるしよ。何か心配ごとか?」
友達との会話を思い出していた私は、真弘先輩の声で我に返る。
誰もいない放課後の教室。急いで帰ることもないだろうからって、
暫くここで話をして帰ることにしたんだっけ。
首にできた湿疹を隠したくて、真弘先輩の話を聞いている間、
無意識に髪を触っていたらしい。
 「ううん、何でもないです」
慌てて髪から手を離し、首を振る。
 「あれ?お前、首んとこ、何かできてる。それ、キスマークか?」
髪が揺れた拍子に、隠していた湿疹を見られてしまった。
 「違います!! 湿疹ができちゃったんです。
 気にして触ってたら、赤い部分が広がっちゃって・・・」
楽しそうな声で揶揄う真弘先輩に、私は少しムッとする。
真弘先輩まで、そんなこと言うなんて・・・。
 「判ってるから、そう怒んなって。
 お前が、俺以外の男に、そんな痕が付くまで大人しく、
 されたままになってるような女じゃない、ってことくらいよ」
 「だからって、真弘先輩まで言わなくたって、良いじゃないですか。
 友達も、相手は拓磨なんじゃないか・・・痛っ」
言葉の途中で、おでこを指で弾かれた。
 「他のヤローの名前を、お前が言うな」
今度は、真弘先輩が怒った口調で、そう言う。
私が言ったわけじゃないですよ。友達が、勝手に勘違いしただけです。
 「で、ちゃんと訂正したんだろうな?
 相手は拓磨じゃなくて、俺なんだって」
 「い、言いませんよ、そんなこと!!
 だいたいこれ、キスマークじゃなくて、湿疹なんです。
 友達にも、ちゃんとそうやって説明しました。
 納得してくれたかは、判りませんけど・・・」
どんどん声が小さくなっていく私に、真弘先輩は呆れた表情を浮かべる。
そもそも、私と真弘先輩だって、そういう関係じゃないですよ。
付き合ってはいるし、キスだって何回かはしてことあるけれど。
それ以上のことは、まだ全然、なんですからね。
首を振って否定する私に、真弘先輩は軽く息を吐くと、
何か覚悟を決めたような顔を向けた。
 「ったく、仕方ねーな」
そう言って、湿疹を隠すように押さえていた私の腕を掴んで引き寄せると、
赤くなっている部分に軽く唇を触れさせる。
 「ま、真弘先輩!!」
驚いた私は、その場で固まってしまった。
今、真弘先輩、何したの?
 「うるせーな、良いだろう、それくらい。
 これで、それは俺んだからな。
 次に聞かれたら、俺にやられたって、ちゃんと言えよ」
そう言って、ソッポを向いた真弘先輩は、まるで湿疹みたいに顔が赤い。
触れたくらいじゃ、痕にはならないんですよ、真弘先輩。
心の中でそっと言葉を返した私の顔も、きっと同じくらい赤くなっている。

完(2010.03.10)  
 
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