「ツミ ト バツ」

 「勝手にしろ」
俺はそう言い残し、珠紀をおいて保健室を後にする。
勢い良く閉じられた扉の音が、無言の怒りを表していた。
怒り? 誰に対しての・・・?
俺の言い訳も聞かず、心にもないことを言った、珠紀に対してか?
いや、違う。そんなんじゃない。
言い訳をしなきゃなんないことをしちまった俺に・・・。
珠紀を泣かせちまった俺に・・・。
珠紀の言葉に、押さえられなくなった感情をぶつけて、
更に傷付けちまった俺に・・・。
そんな俺に対して、無性に腹が立つ。
だから、この怒りは俺に向けられたものであって、扉はただの八つ当たりだ。
ことの発端は、慎司が連れてきた転校生の女子と、俺が一緒にいるところを、
珠紀に目撃されたこと。
それだけだったら、特に問題はなかったんだろうけどな。
その女子が帰国子女だったってのもあって、馴れ馴れしさが少し度を越していた。
その光景を見ちまった珠紀がその場を逃げ出し、すぐに後を追い駆けた俺は、
あいつが保健室に逃げ込んだところを、ようやく捕まえる。
だが、あいつは俺の言い訳なんか、聞いちゃくれない。
挙句の果てに、祐一や拓磨にも同じことをする、なんて言いやがった。
自分のことは棚に上げるのか、って罵られそうだが、
やっぱりそれだけは許せない。
珠紀が他のやつに触れられるのを、黙って見てられるほど、
俺の心は寛大じゃねーからな。
そして、その感情を珠紀にぶつけちまった。
俺の言葉が届かないんだったら、仕方ない。
 「勝手にしろ」
と。
次の授業が体育だったのを思い出し、慌てて体育着に着替えていると、
席を外していた祐一が戻って来た。
 「何をしているんだ、真弘」
 「んだよ、祐一。見りゃ、判んだろ。次の授業のために、着替えてんだよ。
 お前もさっさと着替えなきゃ、遅刻するぞ」
今日の体育は、サッカーだったよな、確か。
思いっきり走り回れば、少しは気分も晴れっかな。
 「さっき、昇降口のところを、珠紀が歩いていたぞ。
 顔色が悪かったから、早退かもしれない」
 「・・・珠紀が?」
祐一の言葉に、俺は着替えの手を止める。
珠紀が、早退? そういや、さっき逃げ込んだのは、保健室だったよな。
てっきり手近な教室に飛び込んだ先が、たまたま保健室だった、くらいに
しか思っていなかったけど・・・。本当に、保健室に用事があったのか、あいつ?
顔色が悪かったことすら、俺は気付かなかった。
自分のことで一杯一杯で、俺は珠紀のことすら、見れてなかったってのか。
ったく、何が、他のやつに触れられたくない、だ。これじゃ、彼氏失格じゃねーかよ。
 「わりぃ、祐一。俺も、早退。後、頼む」
体育着の上に上着を羽織ると、慌てて教室を飛び出した。
いつも通っている通学路を辿って、宇賀谷家へと向かう。
途中、珠紀に逢うことはなかった。
宇賀谷家に着いて俺は、扉の前で少しだけ自問する。
珠紀に逢って、何て言えば良い?どんな顔して逢えってんだ?
あいつを護るって誓った俺が、こんなにも不甲斐ないってのによ。
それでも、あいつの顔を見て、安心したかった。
家に戻ってるって判れば、それだけで良い。
そうやって自分を納得させたってのに、珠紀のやつは、まだ戻っていなかった。
 「珠紀様なら、まだ学校からお帰りではありません。あの、何かあったのですか?」
応対に出た美鶴が心配そうに尋ねたが、「何でもねーから、気にするな」とだけ告げると、
また学校への道程を戻っていく。
あのバカ。また、何処かでトラブルにでも巻き込まれてんじゃねーだろうな。
だから、あいつを一人にはしたくないんだ。
学校に近い道程の途中で、林へ抜ける小道へと向かう足跡が、雪の上に残っていた。
こんな時間に通るやつなんて、他にいねーよな。
林を抜ければ、宇賀谷家のある神社までは近道だしよ。
一瞬のうちにそう判断すると、俺はその足跡を辿るうように、小道に向かって駆け出す。
そして見つけた。斜面を滑り落ちた雪の跡と、その下にいる珠紀の姿を・・・。
 「やっぱり誰かに来てもらわないと、無理かなぁ?」
斜面の下を覗き込むと、肩に乗せたおさき狐と会話してている珠紀がいた。
どうやら、落ちた拍子に足を挫いたらしい。
何とか立ち上がってはいたが、足を庇っていて、斜面を登れずにいる。
手を貸してやろうと口を開きかけたとき、珠紀がまたおさき狐に声を掛けた。
 「おーちゃん、真弘先輩以外なら誰でもいいから、誰か呼んでき」
 「珠紀!! 」
俺は、言葉を遮るように、大声で珠紀の名前を呼んだ。
珠紀が俺以外のやつを頼る。そいつのところへ行ってしまう。
そんなこと、させて溜まるか。
珠紀を失うことだけは、俺から珠紀を奪うことだけは、絶対に抗ってやる。
珠紀の傍にいられるのなら、何だってしてやるよ。たとえ、神を敵に回してもな。
そして俺は、もう一度珠紀を手に入れるために、斜面を駆け下りた。

完(2010.03.06)  
 
 ☆ このお話は、「ことのはごろも」の管理人 ことは 様とのコラボ作品として完成しました。
   心より感謝致します。 あさき
 
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