「通り雨」

 「困ったなぁ、どうしよう」
空を見上げると、さっきよりも雨足が強まった気がする。
雲行きが怪しくなってきていたので、早々に学校を後にしたのに、途中で雨に降られてしまった。
慌てて民家の軒下に避難したけれど、雨は当分止みそうにもない。
あぁーあ、本当についてない。こうなったら、雨が小降りになるのを、待つしかないよね。
肩を竦めて溜め息を吐くと、諦めの気分で空を見上げる。
 「大きな溜め息吐いんなぁ。お前、こんなところで、何やってんだ」
雨の音に掻き消されて、人の気配に気がつかなかった。急に声を掛けられて、ビックリする。
そこには、大きな傘を差した真弘先輩が、立っていた。
 「なんだ、真弘先輩かぁ。先輩こそ、何してるんですか?」
 「あぁ、俺は大蛇さんとこの、帰りだ」
真弘先輩は、春に高校を卒業してからは、卓さんに受験のための勉強を教わっている。
そういえば、先輩が卒業してから放課後に逢うのって、何だか久し振りです。
こんな偶然が待っているのなら、突然の雨も悪くないかも・・・。
 「急に降りだしたからな。大蛇さんから傘、借りてきて良かった。ほら、これ使え」
そう言って、強引に傘を私に渡すと、そのまま雨の中を走り出していく。
 「えっ、何で?先輩は?」
 「俺は良い。その傘、大蛇さんに返しといてくれよ。じゃな」
どうしたって言うんですか、真弘先輩。
せっかく逢えたのに・・・。久し振りに一緒に帰れると思ったのに・・・。どうして。
 「待ってください、先輩!! 逃げなくても良いじゃないですか。私、何かしたんですか?」
走り去る真弘先輩を追って、私も雨の中を飛び出した。
真弘先輩から渡された傘は、差すことも忘れて握られたままになっている。
追い駆けてきた私の足音に気がついて、真弘先輩が振り向いた。
同じように雨の中に立っている私を見て、チッと舌打をすると、こちらに戻ってくる。
私の腕を強引に掴むと、そのまま軒下まで引っぱって行った。
 「お前が濡れたら、傘貸した意味、ねーだろうが!!」
 「だって、真弘先輩、何も言わずに行っちゃうから・・・」
また一人で、何かを背負ったまま走っていってしまうのではないかという思いが、私を不安にさせる。
お願いですから、急にいなくなったり、しないで下さい。
 「悪かったよ、そんなつもりじゃ、なかったんだ。これは、お前が何かしたとか、そういうことじゃなくて・・・だな。
 その・・・俺の問題だ」
頭を無造作に掻きながら、真弘先輩は言い辛そうに言葉を濁す。
 「先輩の・・・問題?」
 「あー、くそ、だから・・・。こういうのは、男の方がでかくないと、サマになんねーだろ!!」
投げやり気味にそう怒鳴ると、真っ赤な顔でソッポを向いた。
えっ?先輩の問題って・・・。もしかして、一緒に傘に入るときの身長差、ってこと?
 「そんなこと、全然、平気なのに」
 「そんなこと、って言うな!!これは男のプライドの問題だぞ!!」
私の言い方に傷ついたように、真弘先輩が憤慨する。
 「だって、そんなこと、ですよ。私、先輩がちっちゃいってことも全部含めて、真弘先輩のこと、好きなんですから。
 それよりも、先輩と一つの傘に入ったり、一緒に手を繋いで歩いたり、そういうことができない方が、
 ずっとずっと、嫌です」
 「ちっちゃい・・・って、強調するな、バカ」
私の言葉に、真弘先輩は小さな声で照れたようにそう呟いた。
だって、本当のことなんですよ、先輩。
私は、真弘先輩の、子供っぽくて俺様なところも、時々大人っぽくて格好良くなるところも、
全部ひっくるめて、先輩が大好きなんです。
だから、私と一緒にいるときは、どうかありのままの真弘先輩でいてください。
暫くの沈黙の後、真弘先輩は、私が持っていた傘を奪い取る。
 「通り雨だから、待ってれば、その内止むだろうけどな。さすがに、濡れた服のまま立ってたら、風邪引いちまう。
 お前に風邪引かせたら、美鶴に絞め殺されそうだし。仕方ねー、今日だけ、特別だぞ」
赤い顔のまま、何だか判らない言い訳を口にする。そして、ポンっと広げた傘を、私に差し出した。
真弘先輩の横に、私を入れてくれるために・・・。
 「いくら美鶴ちゃんでも、絞め殺したりはしないと思いますよ、先輩」
 「お前は、美鶴の怖さを知らないから、そんなことが言えるんだ」
そんな取り留めのない会話をしながら、ゆっくりと歩き出す。家路に向かって。二人で一つの傘を差しながら。

完(2009.10.13) 
 
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