「があるず・とおく」

居間の三分の一を占める雛飾り。
小さな私は、お祖母ちゃんの家へ遊びに来るたび、これが見たいと、
周囲の大人たちをよく困らせていた。
着物の色は褪せているけれど、とても大事に扱われていたことが、よく判る。
年代物であるそれらには、傷一つ付いていない。
 「珠紀が大きくなったら、この雛飾りは貴女にあげるわ」
お祖母ちゃんは、優しく微笑みながらそう言うと、いつも私の頭を撫でてくれた。
その笑顔は、飾られているお雛様に、とてもよく似ている。
もしかしたら、このお雛様って、玉依姫をモデルに作られたのかな。
雛飾りを見上げながら感慨に耽っていると、廊下を歩く賑やかな足音が聞こえてくる。
 「やぁやぁ、心の友。お待たせしちゃったかな。アリアちゃん、連れてきたよ」
 「うむ、来てやったぞ」
襖を開けて、清乃ちゃんがアリアを連れ立って現れた。
 「アリア、久し振り!!元気だった?」
 「く、苦しい。離せ、シビル・・・じゃない。珠紀、だったな」
久し振りの再会に感激して、私はアリアに抱きついていた。
苦しそうにするアリアの顔は、それでも嬉しそうに笑っている。
 「随分、賑やかですね。さぁ、白酒の準備もできましたよ。
 アリアさんにはジュースを用意しましたから、みなさん、座ってくださいな」
お盆を持ってやってきた美鶴ちゃんも加わり、女の子だけのひな祭りパーティが始まった。
 「階段に人形を並べるのが、この国の風習なのか?」
アリアは、雛飾りを珍しそうに眺めている。
 「これは、雛人形って言うんですよ。一番上がお内裏様とお雛様。
 王子様とお姫様みたいな感じですね。他の人形は従者達です。三人官女に、五人囃子」
 「と言うことは、一番上のはモナドである、この私だな。
 で、これが珠紀、美鶴、清乃の三人で、こっちの五人が・・・」
美鶴ちゃんの説明に、アリアは楽しそうに人形を指さして、思い当たる人物を当てはめていく。
アリアの言葉に、その場にいた全員の頭に浮かんだ五人囃子は、守護者みんなの顔。
 「あはは、似合う、似合う。それじゃ、アリア。お内裏様は、誰にするの?」
清乃ちゃんが、ケラケラと笑いながら、アリアに質問する。
 「お内裏様ってのはねー、好きな人のことなんだよ」
と、更に付け加えて・・・。清乃ちゃん、もしかして、白酒で酔っちゃったの?
 「そっ、そんなもの、いない!!お前こそ、どうなんだ。
 あの、昼行灯のような、手品師を好いているのだろう?」
 「昼行灯なんて、失礼しちゃうなー。そりゃ、芦屋さんは、見た目あんなんだけどさ。
 結構、優秀なんだよ。今日だって、アリアちゃん連れ出すのに、色々手配してくれたんだから」
アリアの攻撃に、清乃ちゃんが言い返す。
 「私も、あの方の何処が良いのか、理解できません」
美鶴ちゃんも、芦屋さんを思い出しながら、不思議そうな声を出す。
 「酷いな−、美鶴ちゃんまで。そうだ!!美鶴ちゃんのも聞いてなかったよね。
 清楚で奥ゆかしいタイプの美女が、思いを寄せる相手が誰なのか!!すっごい興味ある」
 「そそそ、そんな方、おりません!!」
清乃ちゃんの勢いに、美鶴ちゃんは顔を真っ赤にしながら首を振る。
涙を浮かべて、私に救いの視線を向けた。
えっと、その視線はもしかして、私に代わりに言って欲しい、ってことかな?
 「美鶴ちゃんの好きな人は・・・拓磨だよね」
美鶴ちゃんの視線に促されて口を開くと、美鶴ちゃんの顔が見る見る青くなり、
そのまま固まってしまった。 私、何か間違えた?
 「拓磨・・・って、鬼崎くん? 一時期、同じ学舎で席を隣にした」
あのね、清乃ちゃん。隣の席は、私だったと思うけど・・・。
 「あー、あれか。アインと戦っていた男だな、確か。うん、それなら、少しは判る。
 昼行灯の手品師や、態度の大きいカラスよりは、幾分、マシだと言えよう」
 「カラスって、鴉取先輩だっけ。それは、私も意外だと思ったんだぁ。
 珠紀ちゃんの趣味って、もしかして変わってる?」
真弘先輩。酷い言われようです。ここは、先輩の名誉のためにも、私がきちんと反論しなくては。
 「真弘先輩は、態度は俺様だけど、拓磨よりも頼りになるし、すごい格好良いんです!!」
 「うわっ、恋は盲目?」
ビックリした顔で、清乃ちゃんが言う。その言葉、そっくりそのまま返すよ、清乃ちゃん。
私と清乃ちゃんが、睨み合っていると、アリアが急に話題を変えた。
 「そ、そんなことより!!慎司は、どうした? 今日は、ここにはいないのか?」
 「慎司くんなら、今は神社の方におります。アリアさんが来ることは伝えてありますから、
 お夕飯の頃には、こちらにも顔を出すと思いますよ」
 「そうか。元気なのだな。なら・・・いい」
美鶴ちゃんの説明を聞いたアリアは、顔を赤くして俯いてはいるけれど、何処か嬉しそうだ。
それを見ていた私は、にんまりと微笑んでいる清乃ちゃんと目を合わせる。
きっと、私も似たような顔で笑っていると思う。
 「ふふ〜ん、アリア、それってどういう意味かな。お姉さんにも判るように、教えてくれる?」
 「う、煩い。どうしているか尋ねただけだ。慎司のことなんか、私は別に・・・」
狼狽えるアリアを、清乃ちゃんが楽しそうに揶揄った。私も美鶴ちゃんも、それを見て微笑む。
女の子が集まれば、話すことが尽きることはない。
その夜、居間の灯りは遅くまで点っており、絶え間なく笑い声が聞こえていた。

完(2010.03.03)  
 
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